さらば、デカ刑事

文字数 1,225文字

 大木は道に迷っていた。三メートルの視界から見れば、世界はずっと見晴らしが良いのだが、しかし、全く知らない街に来てしまったのか、覚えがない景色が続く。道路があり、車はまばらに走っている。古い商店街の奥に住宅街が広がっている。遠くには山が見え、頭上には電線が張り巡らされている。背の大きな大木にとっては、ずっと下にある人の顔より電信柱が身近な存在となっている。新しい町に入って気がつくのは、電信柱の表情、老朽化程度、木肌、もしくはコンクリートの白け具合などが一番先に目に入る。大木にとっては、それが一番目につく町の情報である。人が使うものは160センチの視界に合わせてデザインされているが、大木は三メートルの視界にある。つまり、人の町は蚊帳の外なのだ。特殊であると言うことは、世界がずっと手の届かないところに離れているのと一緒である。大きく育ったために、ずっと疎外感を感じていたが、中学生のときに二メートル超えだしてから、疎外感は超えられない壁を築いてしまった。一番見晴らしが良い視界を長身という身体で持ち合わせているのに、人が住まう社会がずっと遠くになってしまっている。だから、大木は世界に関心が薄い。だが、目に映る景色は、愛すべきものだとも思っていた。それは理屈ではなく、感覚でそう思っていた。関心がなくても、愛せるのである。
 そんな愛すべき世界が、全く身の覚えがないものになりつつあった。どうにも見える範囲が狭いのだ。角度が違うからだろうか?記憶と不一致する視界。しかし、何か、懐かしさのようなものも感じている。これは、ずっと昔に感じたものだ。急に世界の影が増えている。見えない部分が増えている。視線を下に下ろすと、自分の長かった影が、ずいぶん小さくなっている。見渡すと壁がそそり立っており、電柱が伸びている。そして、目の前に大きな人が現れた。自分と同じ目線の人物が出てきた。世界が縮んだが、仲間が現れた。大木は相手の顔を見て考えた。人の顔を久々に見た。それはサングラスをかけた小太りだが、ぴっちりとしたスマートなスーツを着た男だった。
 「・・・大木、お前はそうなるのか、ないものが、ないものとして、失えば、マイナスになる・・・特殊な例だな。デカ刑事はいなくなった。俺はこれで安心だ。お前はゲートを見たはずだ。しかし、それは忘れてしまうだろう、きっと、アメリカの飲み物と家に帰る・・」
 大木は気がついた。自分の背丈が普通になっているのを。さっきの男はだれだろう?声は聞いたことがあるが、それは前の自分の世界であって、今の自分の世界ではない。だから、わからない。ただ、あったことがあるような気がした。
 大木は生まれ変わった気がした。実際、生まれ変わったように、大きかった体の過去が無くなってしまった。空を見上げると、世界は以前より、ずっと広かった。見晴らしが悪いことに一瞬、恐怖を感じたが、それ以上に、人の世界が自分に戻ってきたようで、心強かった。
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