さらば、博士刑事
文字数 2,283文字
博士刑事こと、数田は海岸線を走る鈍行列車に揺られていた。車窓には、どんよりと曇った空と、それを映す濁った深緑の水平線が広がっている。せめて潮の香りでも楽しもうかと窓を開けようかと思ったが、この頃の列車は窓が開かない。せっかくの休暇を利用しての旅行だが、道中は全く面白くもなかった。流れる景色を見ながらタバコを吸うとか、酒を飲むとかで、旅情を楽しむことも、今の世では出来ない。ただ、座って移動している。本当は山ほど忘れたいことがあったが、じっとしていると、思い出してしまう。
「結局、ボスのあれはなんだったんだろう?」
ロッカーで隠れている間にボスと刑事が対面し、ボスが振り向きざまにサングラスをかけると、面談している刑事がいきなり無口になる。ボスは何か催眠術でもかけているのだろうと思っていたが、洗脳っぽく感じてとても不気味に思っていた。途中で監視するのを止めたかったが、おそらくボスに感づかれているだろうと感じていたし、監視を止めたほうが、取り返しのつかないことになると思えたから、監視を続けていた。だが、ボスは自分が覗き見していたことを気がついてなかったようだし、覗き見をしたことを咎めようともしなかった。
「まあ、突然の休暇は良かったよ。あんな変なとこは、離れたほうがいい。」
休暇届には東北に行くと書いたが、九州に来た。行き先を明かすことは、危険と思われたからだ。離れて考えたほうが、俯瞰で見ることができる。影響がある範囲で考えたら、影響に飲み込まれる。情報化社会で空間距離に意味がなくなったようなことが言われるが、離れていることは、逃れる為の一歩であるのは間違いない。
逃れて、じゃあ忘れたかというと、電車の窓辺から過ぎ去っていく景色を見ながら、事件について考えていた。九十七の死体数から素数を出したが、あの死体は、生きていた証拠がない。よって虚である。そうなると、割り切れない「素数」でなく、実数ではない複素数、「虚数」を概念として持ち出すべきである。
虚数は英語表記ではイマジナリーナンバーとなる。想像上の数字といったところで、実在しないとされている。しかし、実在しないが、表記され、実数の対として実現できる。無いけど、実に対して無いのに在るのだ。まさに虚といえる。あの一連の死体は、本当に虚だ。虚が九十七体も現れたということは、その虚は、無視しても良いが、確実に存在し、厄介で在るということを如実に表している。虚だから考えても無駄なのだが、だからこそ捨て置けない。虚数は、二乗して答えがマイナスになる元の数iという立ち位置である。つまり、ありえないことが存在意義なのである。ただ、ありえない存在が、存在を導き出すのに、重要になるのだ。ボスが解けない事件に数学を持ち出そうとしたのは、間違いでは無い。数学は表現できないものに数や記号をつけることである。だが、デタラメな九九をしたところで死体が増えるわけでも消えるわけでも無いし、素数表を持ち出したところで、答えには導かれない。死体を虚数としておけば、実態という答えが出てくる。答えはすでにある。そっくりな死体の、生きている方だ。生きている人間をマイナスとして、あるべきじゃ無い死体をiとすれば、その虚を二乗すれば、生きている存在のマイナス存在となる。この考えをステファニーに入力すれば答えが出る。
実際、ボスはステファニーとそういった会話をしていた。
「・・・意味のない死体は、生きた人間がいてこそ、意味がなくなる。これを説明するには、体験するしか無い。そして、意味がない方が残る必要がある。意味がある方は、ダメだ。どうしても・・」
ステファニーは黙ったままだった。青色の光がまるで、話を聞いているように渦を巻いて光っていたが、その光は青から白へと色の温度を上げていた。じっとりと熱のこもった空気が留まっていた。薄暗いロッカーからのぞいていたが、のぞいていることを後悔した。
電車は別府駅に着いた。降りた客は平日の昼日中で、たった二人だった。二両後ろで一人、中年男が降りた。視界に入ったが、見ないように努力した。なにやら不吉な感じがしたからだ。本当は立ち止まって、不吉な予感を考えればよかったのだが、電車が着いたプラットフォームで立ち止まるのは、死ぬのと一緒だと思えたので、階段を駆け下り、改札口まで急いだ。改札口を出ると、人の流れがあり、自分がその中に埋もれてしまうことができた。こうなると、立ち止まることができるし、考えることもできる。
「面倒臭い、休みだし、忘れよう。」
そう言うと駅前でタクシーを拾い、昼からやってる温泉町の風俗街に向かう。電話で予約は取っている。客もまばらな昼は安いのだ。それに、他の客に汚されてない嬢と遊ぶことができる。数学だの、存在だの、意味だの忘れて、柔らかな女の体に身を沈めるのだ。
数田は刑事だから、やはり途中で気がついた。尾行するタクシーがいる。尾行される覚えがないので、たまたまだろうと思おうとしたが、ソープランド・グレイシャスの前でタクシーは二台止まった。数田は一気に嫌な汗をかいた。いまから汗を流すからと思おうとしたが、機能しないのではとナーバスになった。タクシーから降りて、立ち向かうつもりで、もう一台から降りてくる客の方を見た。
「どういうことだ?虚数が現れたら、俺はどうなるんだ?・・・もうやけだ!おい、おまえ、一緒にどうだ?そのつもりだろ?どっちが先に挿入するか、じゃんけんで決めようぜ。負けた方が口だ。まあ、女からしたら、おんなじだろうけどな。」
「結局、ボスのあれはなんだったんだろう?」
ロッカーで隠れている間にボスと刑事が対面し、ボスが振り向きざまにサングラスをかけると、面談している刑事がいきなり無口になる。ボスは何か催眠術でもかけているのだろうと思っていたが、洗脳っぽく感じてとても不気味に思っていた。途中で監視するのを止めたかったが、おそらくボスに感づかれているだろうと感じていたし、監視を止めたほうが、取り返しのつかないことになると思えたから、監視を続けていた。だが、ボスは自分が覗き見していたことを気がついてなかったようだし、覗き見をしたことを咎めようともしなかった。
「まあ、突然の休暇は良かったよ。あんな変なとこは、離れたほうがいい。」
休暇届には東北に行くと書いたが、九州に来た。行き先を明かすことは、危険と思われたからだ。離れて考えたほうが、俯瞰で見ることができる。影響がある範囲で考えたら、影響に飲み込まれる。情報化社会で空間距離に意味がなくなったようなことが言われるが、離れていることは、逃れる為の一歩であるのは間違いない。
逃れて、じゃあ忘れたかというと、電車の窓辺から過ぎ去っていく景色を見ながら、事件について考えていた。九十七の死体数から素数を出したが、あの死体は、生きていた証拠がない。よって虚である。そうなると、割り切れない「素数」でなく、実数ではない複素数、「虚数」を概念として持ち出すべきである。
虚数は英語表記ではイマジナリーナンバーとなる。想像上の数字といったところで、実在しないとされている。しかし、実在しないが、表記され、実数の対として実現できる。無いけど、実に対して無いのに在るのだ。まさに虚といえる。あの一連の死体は、本当に虚だ。虚が九十七体も現れたということは、その虚は、無視しても良いが、確実に存在し、厄介で在るということを如実に表している。虚だから考えても無駄なのだが、だからこそ捨て置けない。虚数は、二乗して答えがマイナスになる元の数iという立ち位置である。つまり、ありえないことが存在意義なのである。ただ、ありえない存在が、存在を導き出すのに、重要になるのだ。ボスが解けない事件に数学を持ち出そうとしたのは、間違いでは無い。数学は表現できないものに数や記号をつけることである。だが、デタラメな九九をしたところで死体が増えるわけでも消えるわけでも無いし、素数表を持ち出したところで、答えには導かれない。死体を虚数としておけば、実態という答えが出てくる。答えはすでにある。そっくりな死体の、生きている方だ。生きている人間をマイナスとして、あるべきじゃ無い死体をiとすれば、その虚を二乗すれば、生きている存在のマイナス存在となる。この考えをステファニーに入力すれば答えが出る。
実際、ボスはステファニーとそういった会話をしていた。
「・・・意味のない死体は、生きた人間がいてこそ、意味がなくなる。これを説明するには、体験するしか無い。そして、意味がない方が残る必要がある。意味がある方は、ダメだ。どうしても・・」
ステファニーは黙ったままだった。青色の光がまるで、話を聞いているように渦を巻いて光っていたが、その光は青から白へと色の温度を上げていた。じっとりと熱のこもった空気が留まっていた。薄暗いロッカーからのぞいていたが、のぞいていることを後悔した。
電車は別府駅に着いた。降りた客は平日の昼日中で、たった二人だった。二両後ろで一人、中年男が降りた。視界に入ったが、見ないように努力した。なにやら不吉な感じがしたからだ。本当は立ち止まって、不吉な予感を考えればよかったのだが、電車が着いたプラットフォームで立ち止まるのは、死ぬのと一緒だと思えたので、階段を駆け下り、改札口まで急いだ。改札口を出ると、人の流れがあり、自分がその中に埋もれてしまうことができた。こうなると、立ち止まることができるし、考えることもできる。
「面倒臭い、休みだし、忘れよう。」
そう言うと駅前でタクシーを拾い、昼からやってる温泉町の風俗街に向かう。電話で予約は取っている。客もまばらな昼は安いのだ。それに、他の客に汚されてない嬢と遊ぶことができる。数学だの、存在だの、意味だの忘れて、柔らかな女の体に身を沈めるのだ。
数田は刑事だから、やはり途中で気がついた。尾行するタクシーがいる。尾行される覚えがないので、たまたまだろうと思おうとしたが、ソープランド・グレイシャスの前でタクシーは二台止まった。数田は一気に嫌な汗をかいた。いまから汗を流すからと思おうとしたが、機能しないのではとナーバスになった。タクシーから降りて、立ち向かうつもりで、もう一台から降りてくる客の方を見た。
「どういうことだ?虚数が現れたら、俺はどうなるんだ?・・・もうやけだ!おい、おまえ、一緒にどうだ?そのつもりだろ?どっちが先に挿入するか、じゃんけんで決めようぜ。負けた方が口だ。まあ、女からしたら、おんなじだろうけどな。」