笑い刑事 原井

文字数 1,391文字

 被害届や捜索願は出なかったが、6月20日の午前中には現場の九十七体の遺体が散乱する画像がインターネット上に出回ってしまった。朝四時といえど、人は行動するし、便利な道具も出回っている。SNSでは「何らかの人体実験が行われた。それを処分する警察、国家が絡んだ陰謀」として話題となっていた。
 「こりゃ、すごいな、空撮だ。ドローンだ。で、遺体もドロンしましたね、ククク、ふふふふ、あははははは、い、ひひいひひひ!」
 「・・・何が可笑しい?」
 ボスは戸惑う様子もなく、自分の冗談に笑い出す原井刑事を静かに見つめる。原井は箸が転んでも笑う年頃は十年前に過ぎたが、今だにちょっとしたことでも笑い続ける。まるで笑いに対するボリュームが壊れた様に、笑う事をコントロール出来ない。
 「でも、事件の遺体が消えちゃうなんて、あり得ないでしょ!しかも、すでに骨壷って、早っ!宇梶先輩ってうっかりしすぎしょ?てか、死体撮るのにドローンたまたま飛ばす奴もいないっしょ?でも受ける!はははははは、いひひひひひヒッ!」
 山上は目をカッと開く、それだ、朝四時にドローンを飛ばすなんてあり得ない。たまたま事件の現場に居合わせたというのも考えにくい。ここに犯人の手がかりが現れた。
 「原井、それだ。ドローンの動画は犯人からの挑戦状だ。ボス、これはサイコパスな愉快犯による我々に対する挑戦状です。」
 「・・・何のために?」
 「わははははは、何のために!あはははははは!そんなの、驚かせるためじゃないですか!犯人は犯行後に、現場にいたんですよ!でも、犯人はおどろいたでしょうね!宇梶先輩がトラック借りてきて、新人警官といっしょに死体を荷台に投げ込んでる様子、考えただけでも笑えてくる、いひひひひひひひひ。絶対犯人は、何か仕掛けてきますけど、また、うっかり宇梶先輩がやらかしますよ、ウッカリを!楽しみだ!あははははは」
 山上は笑う原井と反比例して顔を顰めていく。
 「何が面白いのか、俺には全くわからないし、死体のことで笑うお前に腹がたつが、お前の推理はいつも正しい。ボス、この画像の出所を調べましょう!」
 ボスは窓際に立ち、ブラインドの隙間から見える眩しい世界をじっと見つめている。
 「・・・奴を呼べ、マイコン操作が得意な碇を」 
 「ボス、碇ですか、パーソナルコンピューターを使いこなす碇ですね!」
 「お前らダッセ!マイコンとか、コンピューターとか、あははははは、いひひひひひ。」
 「原井、もう用は済んだ。出てっていいぞ。」
 山上は不愉快な顔して虫を追い払う様に原井を追い出そうとした。ボスが窓から振り返り、原井をじっと見る。
 「・・・原井、ありがとう。」
 原井は一瞬、笑い顔を凍らせたが、ボスの感謝の言葉が可笑しくなって、すぐに笑い出した。腹を抱えて転がる様に出て行った。
 「・・・山さん、あいつは何でいつも笑ってるんだ?・・」
 「ボス、知りませんよ!うっかりにしろ笑いにしろ、まともな奴がいない!」
 「・・・まとも?・・・」
 山上は一番まともじゃないのが目の前にいる事に気がついた。ボスは確かにそういったハードボイルドな雰囲気はあるが、何も考えてない。まるで内容が陳腐だが映像が優れた古い映画の様だ。だが、そういったエモーショナルな映画は支持を得て、後世に残る。
 「・・・飯にしよう。チャーハンとライスを頼んでくれ・・・」
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