第7話

文字数 920文字

私がハンドボールコートに到着すると、見知った顔がいくつかあった。

「九郎」

声を掛けてきたのは同じソフトテニス部で一学年上の、丸(マル)先輩だった。

「チワッス」

私は部内のしきたりの形式で挨拶をした。

「にんにちはです」が極端に短縮され、先のような挨拶になるのだった。

「うちのクラスと戦うのは、どうやら貴君のクラスみたいだな」

「先輩はハンドボールに出場されるのですか?」

先輩はうなづき、「どうだ、少しは強いのか?」と言葉を続けた。

「どうでしょうか。一応ハンドボール部の人間が一人いるにはいるみたいですが」

私はクガオミトのことを念頭に置きながら返答をした。

正直に述べれば、クガオミトのハンドボールの腕前に関しては体育でのわずかな時間しか見たことがなかった。

シロウトのそれではないなとは思うが、それでは、その腕前は同じハンドボールをやっている人間と比べてどうなのかというと判断のしようがなかった。

「そうか。それなら少しは良い試合になるかな。うちのチームには長(オサ)がいるからな」

オサ先輩はハンドボール部所属だった。

先のインターハイ県予選大会を終え引退したとはいえ、これまでの多くの高校生活の時間をハンドボールに費やした人だ。

ついこの間入部したばかりのクガオミトが敵うような相手とは思えなかった。

「後輩の君が勝ち上がったのだから、先輩として恥ずかしい姿を見せるわけにはいかないな」

マル先輩は余裕すらうかがえる笑みを湛えて、「それじゃあ」と、参加するチームメイトたちの方へ歩き出した。

間もなくクガオミトがハンドボールに参加する他のクラスメイト達と姿を現した。

私の前を通りすがるクガオミトに声を掛けた。

「おい、大丈夫か?、君のところの先輩と戦うみたいじゃないか」

「ああ、オサ先輩だろう?、ボクも先ほど挨拶をしたよ」

クガオミトはうわの空だった様相とは打って変わり、いつもの飄々とした雰囲気になっていた。

「勝てそうか?」

クガオミトは笑った。

「勝負は時の運というだろう?、誰にもわからんさ。まあ、せいぜい見応えのあるゲームになるよう努力はするよ」

ハンドボールコートで試合前のアップを始めたクガオミトの姿を見ながら、私は他人事ながら不安な心持ちでいた。(第8話へ)
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