第1話
文字数 2,445文字
私の盟友にして、好敵手(ライバル)である久我臣人(クガオミト)を評することは簡単ではない。
確かに彼の見栄えは、私のそれと同じく、大量生産されるもやしのように、どこのスーパーマーケットで購入したのか区別がつかない、十把ひとからげの男子高校生のそれである。
しかし、彼を評するとき、彼の「中間のなさ」が他と一線を画させる。
例えば彼は、校内中間テストの数学で百点満点中、二点という赤点を取る。
その一方、全国模試の国語で全国八十七位、偏差値七十という好成績を修める。
「ボクはエービー型だからね。集中力のムラが激しいのだよ」
クガオミトは、ステレオタイプ(思い込みや固定概念)を憎む発言をする一方で、自身をカテゴライズ(分類)して表すことに抵抗がない発言をする。
「血液型は占いではない。統計学なのだよ、という紋切り型の説明がある」
クガオミトはいつも含みを持たせた言い方を心がけているような話し方をする。
「ボクに言わせれば、血液型の分類が、占いだろうが、統計学だろうがどちらでも良いのだよ」
クガオミトはそう言って校内の購買部で買ったパックのカフェオレをストローでひと吸いし、喉を潤わせてから言葉を続けた。
「対話を行うこと。それ自体が主旨であり、個々の話題なんぞに意味なんて持たせようと思っていないのだから」
「しかし、それだと君の会話のディティール(詳細)には意味がないということにならないかい?だとすれば、君の言った、対話自体にも意味がなくなり、対話できる距離にあることこそが意味あるものにならないかい?」
クガオミトは私の意見に耳を傾けると目を開き、とても嬉しそうな顔をした。
「なんだ、九郎(クロウ)氏。君は実にセンチメンタル(感傷的)な発言をするじゃないか」
クガオミトは決して私の発言を揶揄しているわけではない。
クガオミトにとって、センチメンタルなことは決して軽蔑すべきものではない。
いや、むしろ、クガオミトの存在自身がセンチメンタルであるといっても過言ではない。
「クロウ氏。的外れな人物評価は控えてもらいたいものだな」
クガオミトは、自身がセンチメンタルな性格であることを決して認めない。
私はそれを決してクヨクヨした性格であるとか、心の弱い人間といったニュアンス(意味)で彼を評しているのではなかった。
しかし、それぞれが理解したとする、ひとつの語彙やひとつの概念といったものは結局どこまでいっても、自分と他者ではまったく同一の輪郭を持って囲われていないものなのだろうと思いたち、私は無意味な論争を避けることにした。
「ところで君は全校球技大会の種目はもう決めたのかね?」
私は別の話題をクガオミトに振った。
「うむ。そのことだが、体育の時間中に委員長から相談を受けたよ」
「委員長から?、いったいどうして?」
「ソフトボールの参加志望者が定員より多いから、私にハンドボールの方に出場してくれないかといったものだよ」
「ふうん。なるほどね。しかし、まあ、その提案は合理的ではあるように聞こえるね」
私の言葉を聞いて、クガオミトはさらにパックのカフェオレをひと吸いすると、「ううむ」と歯切れの悪い返答をした。
「だってそうだろう?、君は現役のハンドボール部員だ。ソフトボールに出場するより活躍できるのは明らかじゃないか」
クガオミトはため息をついた。
「クロウ氏。人が雅を失ったら、終わりじゃないか」
「どうして、君がハンドボールに参加すると雅を失うことになるんだい?」
そもそもクガオミトが言った「雅」の定義があいまいであるが、基本的に彼の使う言葉はレトリックでしかないので、こちらで勝手に解釈して会話を進めることが話の腰を折らないためにも肝要である。
「ハンドボール部員がハンドボールでシロウトと戦う。圧勝しても、情けをかけてもどちらにしても見栄えの良くない話だと君は思わないかい」
「君は自分が負けることは想像しないのか?」
シロウトに?、とだけ言って、クガオミトはストローを甘噛みしていた。
「つまり君はハンドボールに参加することが君自身にとって損しかないと思っているんだね」
「まあ、そうだね」
クガオミトはあっさり認めた。
「やれやれ。どうして君はそんなにうぬぼれが強いんだ。クラスメイトと部活関係者以外は君のことなんて知らないんだぜ。全校球技大会で君が活躍しようが、無様な姿を見せようが何の感想も持ちやしないよ」
「クロウ氏、辛辣だな」
しかし、言葉とは裏腹にクガオミトは楽しそうに見えた。
「どうしたんだ?、皮肉をわからん君でもあるまいし」
「いや、君の言う通り、全校球技大会で活躍しようがしまいがどうでもいいことだと思い直してね」
「そうさ。全校球技大会なんて、生徒の誰もが楽しみにしている校内行事(イベント)とは限らないんだよ」
私は家から持参している緑茶の入った水筒をカバンから取り出し、喉を潤した。
「開催される競技は男子はソフトボールか、ハンドボール。女子はバレーボールかバスケットボール。体育で修練する種目かつそれぞれ男女で屋内競技と屋外競技が一つずつ。いかにも合理的な教員主導なイベントじゃないか」
「そうだね。しかし、涙ぐましいとも思えないかい?、新学年のクラス替えのタイミングでクラス内の結束を固めるのにはまさにうってつけのイベントだよ。外敵を作ることで内輪をまとめる。独裁者が戦争にも用いる手法だ」
私は間もなく再開される午後からの授業に備えて、水筒をカバンに仕舞った。
「だから、君がハンドボールに出場することなんて、やはりたいした問題じゃないんだ」
「そうだな。前向きに検討してみると委員長には伝えることにするよ」
クガオミトはそう言うと、パックのカフェオレを飲み干してクズカゴに放った。
そうしてクガオミトは自身の席に戻りながら、「軟式(ソフト)テニス部所属で悩む必要のないクロウ氏がうらやましいよ」と先程の私の発言に対する報復をした。(2話へ)
確かに彼の見栄えは、私のそれと同じく、大量生産されるもやしのように、どこのスーパーマーケットで購入したのか区別がつかない、十把ひとからげの男子高校生のそれである。
しかし、彼を評するとき、彼の「中間のなさ」が他と一線を画させる。
例えば彼は、校内中間テストの数学で百点満点中、二点という赤点を取る。
その一方、全国模試の国語で全国八十七位、偏差値七十という好成績を修める。
「ボクはエービー型だからね。集中力のムラが激しいのだよ」
クガオミトは、ステレオタイプ(思い込みや固定概念)を憎む発言をする一方で、自身をカテゴライズ(分類)して表すことに抵抗がない発言をする。
「血液型は占いではない。統計学なのだよ、という紋切り型の説明がある」
クガオミトはいつも含みを持たせた言い方を心がけているような話し方をする。
「ボクに言わせれば、血液型の分類が、占いだろうが、統計学だろうがどちらでも良いのだよ」
クガオミトはそう言って校内の購買部で買ったパックのカフェオレをストローでひと吸いし、喉を潤わせてから言葉を続けた。
「対話を行うこと。それ自体が主旨であり、個々の話題なんぞに意味なんて持たせようと思っていないのだから」
「しかし、それだと君の会話のディティール(詳細)には意味がないということにならないかい?だとすれば、君の言った、対話自体にも意味がなくなり、対話できる距離にあることこそが意味あるものにならないかい?」
クガオミトは私の意見に耳を傾けると目を開き、とても嬉しそうな顔をした。
「なんだ、九郎(クロウ)氏。君は実にセンチメンタル(感傷的)な発言をするじゃないか」
クガオミトは決して私の発言を揶揄しているわけではない。
クガオミトにとって、センチメンタルなことは決して軽蔑すべきものではない。
いや、むしろ、クガオミトの存在自身がセンチメンタルであるといっても過言ではない。
「クロウ氏。的外れな人物評価は控えてもらいたいものだな」
クガオミトは、自身がセンチメンタルな性格であることを決して認めない。
私はそれを決してクヨクヨした性格であるとか、心の弱い人間といったニュアンス(意味)で彼を評しているのではなかった。
しかし、それぞれが理解したとする、ひとつの語彙やひとつの概念といったものは結局どこまでいっても、自分と他者ではまったく同一の輪郭を持って囲われていないものなのだろうと思いたち、私は無意味な論争を避けることにした。
「ところで君は全校球技大会の種目はもう決めたのかね?」
私は別の話題をクガオミトに振った。
「うむ。そのことだが、体育の時間中に委員長から相談を受けたよ」
「委員長から?、いったいどうして?」
「ソフトボールの参加志望者が定員より多いから、私にハンドボールの方に出場してくれないかといったものだよ」
「ふうん。なるほどね。しかし、まあ、その提案は合理的ではあるように聞こえるね」
私の言葉を聞いて、クガオミトはさらにパックのカフェオレをひと吸いすると、「ううむ」と歯切れの悪い返答をした。
「だってそうだろう?、君は現役のハンドボール部員だ。ソフトボールに出場するより活躍できるのは明らかじゃないか」
クガオミトはため息をついた。
「クロウ氏。人が雅を失ったら、終わりじゃないか」
「どうして、君がハンドボールに参加すると雅を失うことになるんだい?」
そもそもクガオミトが言った「雅」の定義があいまいであるが、基本的に彼の使う言葉はレトリックでしかないので、こちらで勝手に解釈して会話を進めることが話の腰を折らないためにも肝要である。
「ハンドボール部員がハンドボールでシロウトと戦う。圧勝しても、情けをかけてもどちらにしても見栄えの良くない話だと君は思わないかい」
「君は自分が負けることは想像しないのか?」
シロウトに?、とだけ言って、クガオミトはストローを甘噛みしていた。
「つまり君はハンドボールに参加することが君自身にとって損しかないと思っているんだね」
「まあ、そうだね」
クガオミトはあっさり認めた。
「やれやれ。どうして君はそんなにうぬぼれが強いんだ。クラスメイトと部活関係者以外は君のことなんて知らないんだぜ。全校球技大会で君が活躍しようが、無様な姿を見せようが何の感想も持ちやしないよ」
「クロウ氏、辛辣だな」
しかし、言葉とは裏腹にクガオミトは楽しそうに見えた。
「どうしたんだ?、皮肉をわからん君でもあるまいし」
「いや、君の言う通り、全校球技大会で活躍しようがしまいがどうでもいいことだと思い直してね」
「そうさ。全校球技大会なんて、生徒の誰もが楽しみにしている校内行事(イベント)とは限らないんだよ」
私は家から持参している緑茶の入った水筒をカバンから取り出し、喉を潤した。
「開催される競技は男子はソフトボールか、ハンドボール。女子はバレーボールかバスケットボール。体育で修練する種目かつそれぞれ男女で屋内競技と屋外競技が一つずつ。いかにも合理的な教員主導なイベントじゃないか」
「そうだね。しかし、涙ぐましいとも思えないかい?、新学年のクラス替えのタイミングでクラス内の結束を固めるのにはまさにうってつけのイベントだよ。外敵を作ることで内輪をまとめる。独裁者が戦争にも用いる手法だ」
私は間もなく再開される午後からの授業に備えて、水筒をカバンに仕舞った。
「だから、君がハンドボールに出場することなんて、やはりたいした問題じゃないんだ」
「そうだな。前向きに検討してみると委員長には伝えることにするよ」
クガオミトはそう言うと、パックのカフェオレを飲み干してクズカゴに放った。
そうしてクガオミトは自身の席に戻りながら、「軟式(ソフト)テニス部所属で悩む必要のないクロウ氏がうらやましいよ」と先程の私の発言に対する報復をした。(2話へ)
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