第20話

文字数 1,733文字

 頭の中に、その言葉が響いた。途端、暴風の渦が巻き起こった。将門の首を中心として、核ミサイルが爆発したようだった。
「う、うわっ、うわっ。何⁉」
「何が起こったんだ⁉」 
 空気の弾丸が、雨あられのように健たちを撃つ。壁の土がぽろぽろと崩れていく。土や小石が跳ね回るように踊っている。今
 この空間全体が、首を中心として鳴動を始めたのだ。
「ね、ねえ……ここ、崩れないよね……」
「ま、まさか……生き埋めなんて、冗談じゃないよ」
 空砲と土や石が飛び交う中で、健は必死で目を凝らして中心にいる将門を見ようとしたが、まともに目を開いていることができない。
 やがて風の勢いが衰えて、少しずつそれが見えてきた。
「うっ……」
 そこにいたのは、首ではなかった。胴、手、足。五体揃った完全な人間の輪郭だった。
「予想が当たった……」
 佳亜が言った。将門は、堂々たる体躯に、すでに武具と防具をつけていた。
  目の前には、完全に復活を遂げた平将門がいた。
 全身を、血とも見まがう鮮やかな緋と、闇の黒のものものしい鎧で覆っている。右手には、健の身長を軽く凌(しの)ぐ長剣。発せられる気迫は、生首のときの比ではなかった。
 坂東の武者、関東の覇王。将軍 平将門。新皇だ。
 早苗と康葉はいつの間にか将門の後方に回っていて、健たちを嘲笑っている。
 再び風がぐんと強く吹き始めた。将門は、ぎょろと岩のような目玉で健たちを見回すと、ぐいと近づいてきた。
 心臓が悲鳴を上げた。体から何もかも逃げ出していってしまいそうだ。

 将門が近づいてくる。巨躯から風を発しながら。
 健は思わず目を瞑ってしまった。耳を引き裂く轟音と共に、体がばらばらにされたような衝撃を感じて、後ろに吹っ飛んだ。一瞬、体が浮遊する頼りなさを感じた。地面からも突き放されたような感覚だった。その次に、今度は全身に殴りつけられたような痛みが走った。
 誰かが俺を、猫じゃらしみたいに千切って、振って、飽きてその辺に放り投げたんじゃないか? 痛い、痛い、いてええええ。
 健たちは、三人同時に将門に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられたのだった。
 涙が出た。口の中で血の味がする。鼻からも、赤い液体が垂れていくのがわかる。
 将門はまっすぐに健に向かってくる。どうやら、最初の犠牲者は健に決めたらしい。
 がしゃり、がしゃり。近づいてくる。
 突然、がしゃんという音が止まった。
「⁉」
 風が吹いている。将門が発するそれではなく、逆のほうから。
「大和!!」
 いつの間にか大和が起き上がり、ミニ扇風機を将門に向けて回している。そして信じられないことに、玩具みたいな頼りない、プラスチックの羽根が作り出す回転が、豪風を将門に投げつけていた。
「大和! ……すごい!」 
 オオオオオンン、という苦悶の呻きが響いた。
 大和は眼鏡の奥の目を剥き、歯を食い縛った。吹きつけてくる将門の豪風に耐えながら、両腕で扇風機を支えて風を作り出している。ミニ扇風機の風は豪風の刃となり、将門の風を正面から叩き割った。
「くらえ! ×××××だ!」
 大和が叫んだ。風の音が凄まじくて聞き取れなかった。だが確かに、大和の声が響いた瞬間、扇風機の勢いが増した。
「大和!」
 健が叫んだ。声を出すと、腹が裂けるほど痛い。
「健! 手伝って!」
「ったって、どうすれば……」
「僕のリュック開けて! 中に団扇があるから!!」
 健が急いで大和のリュックを開けると、大きな団扇が入っていた。それも二枚。お寿司屋さんに飾ってあるような、赤くて馬鹿でかいやつだ。
「それで扇いで! 佳亜も起こして!」
 健は、そこらで伸びているはずの佳亜を探した。体中のどこもかしこも痛いが、再び、火をつけたような高揚感が満ちてきていた。
「佳亜! 起きろ! おい!」
 カフェモカのような佳亜の後ろ頭を見つけて、健は叫んだ。
「うるっさい……起きてるよ」
「起きてたんなら、早く起きろよ!」
「……様子を伺ってたんだよ」
 そのとき、びたーんと横面をビンタされたような痛みが走った。将門の風が盛り返し、勢いを増したのだ。
「早く手伝ってーー!」
「了解‼」
 健と佳亜は互いに散って、思いっきり腕を振った。団扇がぶうんぶうんと唸りを立て、大風を起こし始める。
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