第18話

文字数 1,688文字

 その絶大な効果に佳亜自身が驚いた。成田山の朱炎は瞬く間に風に乗り、炎の舌は次々に首を黒い炎の塊へと変えていった。
 首たちは次々と、断末魔の叫びを上げた。将門の顔をした七つの首は、光に呑まれ、塵芥(ちりあくた)となって消えていった。この世のものでない存在だけが持っている、憤怒と憎悪で顔を歪ませながら。
「やった‼」
 健たちは叫んだ。七つ目の首が姿を消すと、一つだけが残った。

おおぉーーー のおぉーーー れええぇーーーーー

 呪詛の声と共に、最後に残った本物の将門の首は、ずいと健たちのほうに踏み出した、首しかないのだから「踏み出した」というのはおかしいのだが、健にはそう感じられた。
 むんと眼窩(がんか)からとび出した目が、雷撃の眼光を放って健たちを睨(ね)めつける。
 はあっっ‼
 首が吼えた。体中の穴という穴が開くような叫びだった。それを合図に、風が一段と強く吹く。
 健は懐中電灯を放って木刀を手に取った。大和も、身につけていた懐中電灯をすべて外して放った。もう電灯は役に立たない。それから胸ポケットからナイフを取り出した。佳亜はすでに消えている蝋燭を放り投げると、胸の前で拳を固めた。

 手に、脇に、背中に、じっとりと汗が滲(にじ)んでいる。握った木刀の先がわずかに揺れた。その瞬間、健は大声を上げて将門に向って突っ込んだ。
「わあああああっっっ」
 ジャンプして飛び上がり、刀を振り上げ、叩き落す! こないだ佳亜がやったのを真似したのだ。
 ぐああぅっ
 呻きとも、肉と骨が歪んだ音とも取れぬ、重低音が聞こえた。手から腕を、生き物の肉に触れたおぞましい感触が走り抜ける。まともに一撃が入ったのだ。
「やった!」
 続いて大和がナイフを放った。だが聞こえたのは、ガギッという金属と金属がぶつかり合う不快な音だった。
「あっ!」
 康葉だった。けれどそれは一見して、妹の康葉だと思える姿ではなかった。やつれてこけた顔の中で、赤い唇が耳まで裂けたように吊り上っている。大きな瞳は歪んで、目尻には、小学生にはあり得ないような無数の皺が刻まれていた。邪悪、といってもいいほど醜い顔だった。
「おい」
 健が言葉を失っていると、佳亜が横から肩を突いた。はっと我に帰る。
「あの、妹が手に持ってるのは何?」
「えっ」
 言われてみると、康葉は確かに何かを持っている。それで大和のナイフを跳ね返したのだ。それは包丁を括りつけた竹だった。
「家の包丁と、箒の柄だ……」
「多分、あれは薙刀(なぎなた)だ! 滝夜叉姫は、薙刀が武器なんだ」
 大和のその言葉を肯定するかのように、康葉はにたりと笑った。健は今度こそ目を背けてしまった。その一瞬の隙を逃さず、康葉が健に向って跳んだ。文字通りの跳躍だった。
 健に向かって、光る刃を振り下ろす。
「くっ!」
 健は木刀を横一文字に薙ぎ、妹の一撃を受け止めた。木の砕ける嫌な音がして、手に衝撃が走る。康葉は、間髪置かずに再び薙刀を振り上げた。
「康葉っ‼ 俺がわかんないのか‼」
 わからないようだった。おおおおおおという呻きを上げると、再び健に向かって跳ぼうとしている。
「康葉っ!」
 康葉の動きが止まった。いつの間にか後ろに回りこんでいた大和が、後ろから羽交い絞めにしている。
「おおおおお、おおおお」
「ぐあっ、くそっ、強い」
 康葉が手足を振り動かして暴れる。大和が、眼鏡がずれるのも構わずに回した腕に力を込める。文化部員の細い腕で。
「大和、そのまま放すなよ!」
 佳亜が、康葉の腕に手刀を叩き込んだ。康葉の顔が歪み、薙刀を取り落とす。佳亜はそれを足で蹴飛ばしながら、腹に一撃を見舞った。
「ぐおぅっ……」
 呻き声をあげると、ぐったりして動かなくなった。
「その辺に寝かせとけよ」
 佳亜に言われて、大和が康葉の身体をそっと地面に横たえた。
「お、おい。大丈夫なのか」健が言った。
「大丈夫だよ、気を失っただけ」
「…………」
 どうか後で俺が怒られたりしませんように、と健が祈ったそのとき、背後で気配がした。三人が同時に振り向く。康葉に気を取られていたその間に、首はまた大きくなっていた。
「なんてこった……」
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