第13話
文字数 1,808文字
叫びながらジャンプすると、落下する勢いを利用して、真正面から叩きつけるように打ち下ろす。
「てっぺん真ん中、大当たりっ!!」
木刀は、額のど真ん中に当たり、首は血しぶきを上げながら真っ二つになる、とはいかないまでも、見事に額を割って怪物は苦悶の叫びをあげる、はずだった。
バギィッと不快な音がして、割れたのは木刀のほうだった。
「マジか……」
渾身の一撃はボサボサ頭を打ち据えるどころか、首を包むオーラに遮断されてしまい、吹き飛ばされてしまった。
今や八個の首の瞼は、すべて開かれていた。十六の瞳からは紫の雷のような光が発せられ、玉座の間は禍々しい光に満ちていく。その光の中に三人は照らし出された。十六の眼球が健たちを捉える。
首たちの長い髪や髭は、地上の摂理に逆らい、天井に向って逆立っている。まるで黒い炎のように。
吹きつけてくる風が勢いを増し、健たちを薙ぎ倒そうとする。轟音が耳朶(じだ)を撃ち、音で耳が壊れそうだ。
八つの首が目を覚ました。
おおおおお、おおおおおおおお。
地獄の底から響いてくる亡者の声。聞いたものを地獄に引き摺(ず)り込む、呪詛の呻きだ。
三人は足を地に植えつけられてしまったかのように、動けなくなった。
気のせいか、叫びと同時に首が大きくなった気がした。
おお、おおおお。
気のせいじゃない! 首たちが近づいてきてるんだ!
「逃げろーーっっ‼」
佳亜が叫んだ。その声が健の足を絡み取っていた縛(いまし)めを破ったかのように、足がふっと軽くなった。三人は揃ってくるりと身を翻すと、全速力で逃げ出した。
走り出す瞬間、妙な声を聞いた気がした。
「ほほ、ほほほほ」
風の音と、将門の呻きと、自分自身の息遣いが交差する中、どこからか響いてくる高らかな女の笑い声。逃げ去りざま、健は後ろを見た。
首たちの横に、痩せこけた康葉と早苗が立っているのを。土気色の顔で、唇にはぞっとするような笑みを浮かべながら。健は彼女たちから目を逸らすと、無我夢中で駆け出した。
走って、走って、走った。あの首から、あの間から、そして最後に見たものから。
三人は暗闇の迷路を走り抜け、どうにか出口まで辿り着いた。どかっと地面に身体を投げ出す。
しばらくの間、誰も口を利かなかった。心臓が胸を破って突き出そうだ。
どのくらいの間、そこにそうしていたのか。ようやく佳亜が口を開いた。
「失敗……かな」
応えるものはいなかった。
ガラガラガラ、ぐつぐつぐつ。
大笑いだ。心底楽しい。彼は、込み上げてくる愉悦に身を委ねた。
食の喜びではなく、勝利の快感だ。覚えてるぞ、覚えてる。この喜びを覚えている。
ガラガラガラ、ぐつぐつぐつ。
彼の笑いとともに、影たちも笑った。
おうよ。笑え笑え、みんな、笑え。
無駄な殺戮は好まない。己の快楽のためにだけ、そんなことをする気はない。けれど彼は、やつらがもう一度やってくることを望んだ。性懲りもなく、またここへ。そうすれば、やつらを殺す大義名分ができる。
今度は、八つ裂きにしてくれよう。
「うわあ……噂では聞いたことあったけど」
「ほんとに金持ちなんだな……」
健と大和は、ぽかんと口を開いて、見上げた。翌日の日曜日、三人は佳亜の家で相談することにしたのだった。
大きくておしゃれという噂は本当だった。シンプルな白壁に黒い柵門。全体的に硬質な感じのする建物。スタイリッシュという言葉がぴったりくる。
「家って感じじゃないな……」健は言った。
「うん……」
恐る恐る大和がインターフォンを鳴らすと、「はい?」という軽やかな女性の声が聞こえてきた。
「あ、あの、佳亜くんの、友達、なんですけど……」
「あら、はーい。今開けるから、そのまま入ってね」
蝶がひらひらと舞うような声だ。どこかからカチリという音が聞こえて、黒い柵の門が静かに横に開いていく。
「自動だ」
「すご」
健と大和は感嘆の声を上げた。
「実は、うちにも自動ドアあるんだ」
健は声を潜めて大和に言った。
「どうせ、締りの悪いドアが、勝手に開いたりするんでしょ」
「……」
二人はぎこちない動きでカメラの下を通過すると、中に入った。同じ制服を着て、同じ学校に行って、同じように授業を受けていても、一歩学校を離れるとこんなに違うんだ、と健は改めて思った。
玄関の前まで来ると、何とはなしに服をはたいて埃を落とす。ばたんという音がして扉が開いた。
「こ、こんにちは!」
「てっぺん真ん中、大当たりっ!!」
木刀は、額のど真ん中に当たり、首は血しぶきを上げながら真っ二つになる、とはいかないまでも、見事に額を割って怪物は苦悶の叫びをあげる、はずだった。
バギィッと不快な音がして、割れたのは木刀のほうだった。
「マジか……」
渾身の一撃はボサボサ頭を打ち据えるどころか、首を包むオーラに遮断されてしまい、吹き飛ばされてしまった。
今や八個の首の瞼は、すべて開かれていた。十六の瞳からは紫の雷のような光が発せられ、玉座の間は禍々しい光に満ちていく。その光の中に三人は照らし出された。十六の眼球が健たちを捉える。
首たちの長い髪や髭は、地上の摂理に逆らい、天井に向って逆立っている。まるで黒い炎のように。
吹きつけてくる風が勢いを増し、健たちを薙ぎ倒そうとする。轟音が耳朶(じだ)を撃ち、音で耳が壊れそうだ。
八つの首が目を覚ました。
おおおおお、おおおおおおおお。
地獄の底から響いてくる亡者の声。聞いたものを地獄に引き摺(ず)り込む、呪詛の呻きだ。
三人は足を地に植えつけられてしまったかのように、動けなくなった。
気のせいか、叫びと同時に首が大きくなった気がした。
おお、おおおお。
気のせいじゃない! 首たちが近づいてきてるんだ!
「逃げろーーっっ‼」
佳亜が叫んだ。その声が健の足を絡み取っていた縛(いまし)めを破ったかのように、足がふっと軽くなった。三人は揃ってくるりと身を翻すと、全速力で逃げ出した。
走り出す瞬間、妙な声を聞いた気がした。
「ほほ、ほほほほ」
風の音と、将門の呻きと、自分自身の息遣いが交差する中、どこからか響いてくる高らかな女の笑い声。逃げ去りざま、健は後ろを見た。
首たちの横に、痩せこけた康葉と早苗が立っているのを。土気色の顔で、唇にはぞっとするような笑みを浮かべながら。健は彼女たちから目を逸らすと、無我夢中で駆け出した。
走って、走って、走った。あの首から、あの間から、そして最後に見たものから。
三人は暗闇の迷路を走り抜け、どうにか出口まで辿り着いた。どかっと地面に身体を投げ出す。
しばらくの間、誰も口を利かなかった。心臓が胸を破って突き出そうだ。
どのくらいの間、そこにそうしていたのか。ようやく佳亜が口を開いた。
「失敗……かな」
応えるものはいなかった。
ガラガラガラ、ぐつぐつぐつ。
大笑いだ。心底楽しい。彼は、込み上げてくる愉悦に身を委ねた。
食の喜びではなく、勝利の快感だ。覚えてるぞ、覚えてる。この喜びを覚えている。
ガラガラガラ、ぐつぐつぐつ。
彼の笑いとともに、影たちも笑った。
おうよ。笑え笑え、みんな、笑え。
無駄な殺戮は好まない。己の快楽のためにだけ、そんなことをする気はない。けれど彼は、やつらがもう一度やってくることを望んだ。性懲りもなく、またここへ。そうすれば、やつらを殺す大義名分ができる。
今度は、八つ裂きにしてくれよう。
「うわあ……噂では聞いたことあったけど」
「ほんとに金持ちなんだな……」
健と大和は、ぽかんと口を開いて、見上げた。翌日の日曜日、三人は佳亜の家で相談することにしたのだった。
大きくておしゃれという噂は本当だった。シンプルな白壁に黒い柵門。全体的に硬質な感じのする建物。スタイリッシュという言葉がぴったりくる。
「家って感じじゃないな……」健は言った。
「うん……」
恐る恐る大和がインターフォンを鳴らすと、「はい?」という軽やかな女性の声が聞こえてきた。
「あ、あの、佳亜くんの、友達、なんですけど……」
「あら、はーい。今開けるから、そのまま入ってね」
蝶がひらひらと舞うような声だ。どこかからカチリという音が聞こえて、黒い柵の門が静かに横に開いていく。
「自動だ」
「すご」
健と大和は感嘆の声を上げた。
「実は、うちにも自動ドアあるんだ」
健は声を潜めて大和に言った。
「どうせ、締りの悪いドアが、勝手に開いたりするんでしょ」
「……」
二人はぎこちない動きでカメラの下を通過すると、中に入った。同じ制服を着て、同じ学校に行って、同じように授業を受けていても、一歩学校を離れるとこんなに違うんだ、と健は改めて思った。
玄関の前まで来ると、何とはなしに服をはたいて埃を落とす。ばたんという音がして扉が開いた。
「こ、こんにちは!」