第8話

文字数 1,805文字

「そうだよ、生きてるよっっ! だから言っただろ!」
「言ってないよーー‼」
 気がついたら小山の入り口の辺りで、二人でへたり込んでいた。健が口を開いた。
「あれを、見てもらいたかったんだ。……ごめん。俺一人じゃ、どうしていいかわからなくて」
「……うん」

 場所を健の部屋に移し、健はこれまでのことを全て大和に話した。あの小山の辺りで、妹とその友達を見かけたこと、それから康葉の様子がどうもおかしくて、最近は異常なほど痩せてきたこと。昨日意を決して、あの小山に行ってあの首を見つけたこと。そしてもしかして平将門ではないかと思い、歴史に詳しい大和に相談しようと思ったこと……。
「そうだよ、間違いないよ! あれは平将門だよ! あのボサボサの長い髪や髭、それにあの迫力。あれは絶対、将門だ」」
「やっぱり⁉」
どうやら、根拠は健とそう変わらないらしい。
「すごい……。将門の首だよ、本物だあー」
 大和は、舌の先で唇を舐めながら、何度も眼鏡を押し上げている。興奮のためか、レンズが曇っている。
「将門の幽霊……?」
「幽霊っていうのかな。千年も昔に死んだんだから」
「じゃあ、何?」
「うーん。わかんないけど、怨念っていうか執念の固まりっていうか……。妖怪かな? 首だし」
 ピンポン玉みたいな軽い口調で言った大和だったが、言った後、ことの重大さに気がついたのか、顔色が変わった。
「将門が、甦ろうとしてるのかな……」
「甦って、何すんの? 世界征服?」
「ちょっと広すぎるんじゃない? 将門のいた平安時代って、世界っていうか、日本の全体像も知らなかったはずだし」
「じゃあ、日本征服?」
「うん、そのくらいが妥当だよ。それかもっと狭い範囲かもよ。昔だって、関東地方の新皇だったわけだから」
 何がどう妥当なんだ、と健は思った。
「それでさ。このままいったら、妹とその友達、ヤバいと思う」
「え。ヤ、ヤバいって?」
「多分さ、生気っていうか、生体エネルギーっていうか、何かそういうのを吸い取られてるんだと思う、首に。で、将門は復活しようとしてるんじゃないかな」
「そ、そうかもしれない。康葉のやつ、みるみる痩せてってるんだ。早苗って子も」
「うん。ヤバいよ、ホントに。もしかしてさ、今はまだ首だけだけど、これからどんどん生気を吸い取っていって、首だけじゃなくて体も出てくるんじゃないの」
「そういえば康葉のやつ、『だんだんおっきくなってる』って言ってた……」
「やっぱり」
 今はまだ宙に浮かぶ首だけだが、それが徐々に成長している。首の次に、胸が、腹が、手が、足が。出現していき、ついには将門が復活する……。そうして康葉は、そのための食料なのだろうか。
「だめだよ! 関東征服だろうが茨城支配だろうが知らないけど、だめだ!」
「うん……だめだね」
「だめだよ」
 部屋に沈黙が舞い降りた。天井の古い蛍光灯が、時折り鳴らすパチッという音がやけに大きく響く。窓の外は、すでに夕闇に包まれていた。
 部屋の中は、沈黙を固めて凝縮させたような重い空気が漂っていた。
「親は気づいてないの? 娘のおかしな様子に」
「ぜんぜん気づいてないと思う。康葉のやつ、親の前ではいつもと変わらないんだ」
「じゃ思い切って、親に言ってみるとか」
「信じてもらえるかどうか……。へタすれば俺のほうが、頭おかしくなったんじゃないかって心配されそう」
「そうか……親が気がついたときには、手遅れか」
 テオクレ……そんなことには、させられない。顔を上げて、健は大和を見た。大和も健を見返した。
 二人の視線がぶつかった。しばらくそうしていた後、どちらからともなく頷いた。
「何とかしよう。僕たちで」
「……ありがとう」
 健がペットボトルのお茶を掲げると、大和もそうした。二つのお茶は、カチンという小気味の良い音を立てて触れ合った。
「何か、きっかけがあったんじゃない? 妹があそこに行くようになった」
「うーん……きっかけ……うーん……あ、もしかして」
「何?」
「康葉、一ヶ月くらい前に、小学校の社会見学で東京に行っんだ。たしか、そのとき」
「あっ わかった!」大和も眼鏡を輝かせた。
「大手町の首塚!」
 二人の声が合わさった。
「そう、それ見たらしいんだ。この町に深い関わりがあるってことで」
「それだよ! そういえば、うちの小学校でも行った」
「俺も。多分、市内の小学校ではみんな行くんだろうな」
「そのときに、将門の霊が取りついちゃったとか」
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