第17話
文字数 1,724文字
そう言って佳亜は、白木の矢をリュックから取り出した。羽の付け根に鈴がついている。
「なんだか良さげだな」
つくづく財力のあるヤツは頼もしい、と健は思った。
「あと、実はこんなのも家にあったんだ。じゃん!」
「弓⁉」
健と大和の声が重なった。佳亜の手の中で、滑らかな黒の曲線がきれいな弧を描いている。
「すごい! どうしたの⁉」
「探してみたら、お父さんの部屋にあった。どっかの外国で買ったんだと思う。まぁ念のため、持ってきてみた」
「すごいな……」
「健、僕の木刀、渡しとくよ。健のはこないだ砕けちゃっただろ」
そういって、健に大和が自分の木刀を渡した。
「サンキュ」
ぱらぱらと雨が降ってきた。見上げると、小山は雨にけぶり、黒に近い灰色でその威容を見せている。
「行こう」
「行こう」
「行こう」
洞穴に入った瞬間から、風が轟々と激しく吹きつけてきた。首にはわかっているのだ。訪問者の存在が。吹きつける豪風は歓迎の証だ。
三人はしばらくの間無言だった。
「なあ、健」
沈黙に耐え切れなくなったのか、佳亜が言った。風の音に負けないようにしゃべるので、自然と大声になる。
「何?」
「その、早苗って子の苗字わかる?」
「えーっと、たしか石見(いわみ)」
「何? それがどうしたの」
「……俺、その子からラブレターもらったことある」
「ラブレター⁉」
健と大和が唱和する。
「うん。半年くらい前に、家のポストに入ってた」
「それでどうしたの?」
「別にどうも」
「えぇっ‼」
「だって、そうだろ。どうすればいいわけ?」
「……わかんない」
「返事の手紙を書くとか」
大和が言った。
「わざわざ? きみとお付き合いはできないけど気持ちは嬉しいよ、とか?」
「…………」
「やだよ、俺。そういうことすると、喜んでもらえるどころか逆ギレされたりするんだぜ。それか『お返事くれるなんて脈あり』って勝手に判断して、ストーカー化するとか」
「……そっか」
「だから、そのままにしとくのが一番良いんだよ。きりがないもん、いちいち対応してたら」
「…………ふうん」
説得力のある言葉だった。きりがない、というのが引っかかるけど。
健と大和が、それぞれの考えにふけって押し黙ってしまったそのとき、ゴウと一際大きな風が吹いた。
首の間が近い。風がさらに勢いを増してきて、まるで壁のようだ。禍々しい瘴気が、濁った渦を作りながら流れてくる。だけど臆している者はいなかった。
佳亜は、紅茶色の瞳を踊るように輝かせている。大和は、眼鏡を白く曇らせている。健は……一応、妹のことを考えている。
首が八個だって、今度は負けない。
三人は、首の間に足を踏み入れた。八個の首は、依然としてそこに在った。
見るなり健は目を見張った。両隣から、大和と佳亜の息を呑む気配が伝わってくる。
首たちはさらに成長していた。こないだは生首に肩がついているくらいだったのに、今度は腹まで伸びている。八つとも同じように。
そして瞼はすでに開いていた。十六の同じ瞳が一様に剥き、紫の光で三人を睨みつけている。
「……大和、佳亜……」
健が言った。
「うん」
「ああ」
おおおおおおおおおおおお。
八つの首が、地獄の底から響いてくるような声で猛った。
「せーのっ‼」
健は懐中電灯をしっかりと構え、スイッチを入れた。ピカッという閃光にドームが包まれる。その途端、咆哮が苦しんでいるような響きを帯びた、と健は思った。だけどそれを確認する間もなく、右手をフル回転させ、懐中電灯を素早く点けたり消したりする。ビカッ、ビカッ、ビカッ。眩い光が連続する。
その様子を横目で見ながら、大和はダダダダダと、頭、首、腰、左手首、それから右手、自分の身につけているすべての懐中電灯のスイッチを入れた。 計五つの閃光で、辺りが一気に明るくなる。
「くらえ!」大和は腕を滅茶苦茶に振りながら、走り出した。走りながら視界の端で、いくつもの将門の顔が、ぐにゃりと歪むのを見たような気がした。
佳亜は、成田山の、たいまつみたいな太い蝋燭を両手で握った。燃え盛る朱色の炎が、洞穴内を赤く染め上げる。
「ああああああああ」
手の中で燃え盛る炎と同じように、喉からも叫びの炎を燃え立たせ、佳亜は首の中へ突っ込んだ。
「なんだか良さげだな」
つくづく財力のあるヤツは頼もしい、と健は思った。
「あと、実はこんなのも家にあったんだ。じゃん!」
「弓⁉」
健と大和の声が重なった。佳亜の手の中で、滑らかな黒の曲線がきれいな弧を描いている。
「すごい! どうしたの⁉」
「探してみたら、お父さんの部屋にあった。どっかの外国で買ったんだと思う。まぁ念のため、持ってきてみた」
「すごいな……」
「健、僕の木刀、渡しとくよ。健のはこないだ砕けちゃっただろ」
そういって、健に大和が自分の木刀を渡した。
「サンキュ」
ぱらぱらと雨が降ってきた。見上げると、小山は雨にけぶり、黒に近い灰色でその威容を見せている。
「行こう」
「行こう」
「行こう」
洞穴に入った瞬間から、風が轟々と激しく吹きつけてきた。首にはわかっているのだ。訪問者の存在が。吹きつける豪風は歓迎の証だ。
三人はしばらくの間無言だった。
「なあ、健」
沈黙に耐え切れなくなったのか、佳亜が言った。風の音に負けないようにしゃべるので、自然と大声になる。
「何?」
「その、早苗って子の苗字わかる?」
「えーっと、たしか石見(いわみ)」
「何? それがどうしたの」
「……俺、その子からラブレターもらったことある」
「ラブレター⁉」
健と大和が唱和する。
「うん。半年くらい前に、家のポストに入ってた」
「それでどうしたの?」
「別にどうも」
「えぇっ‼」
「だって、そうだろ。どうすればいいわけ?」
「……わかんない」
「返事の手紙を書くとか」
大和が言った。
「わざわざ? きみとお付き合いはできないけど気持ちは嬉しいよ、とか?」
「…………」
「やだよ、俺。そういうことすると、喜んでもらえるどころか逆ギレされたりするんだぜ。それか『お返事くれるなんて脈あり』って勝手に判断して、ストーカー化するとか」
「……そっか」
「だから、そのままにしとくのが一番良いんだよ。きりがないもん、いちいち対応してたら」
「…………ふうん」
説得力のある言葉だった。きりがない、というのが引っかかるけど。
健と大和が、それぞれの考えにふけって押し黙ってしまったそのとき、ゴウと一際大きな風が吹いた。
首の間が近い。風がさらに勢いを増してきて、まるで壁のようだ。禍々しい瘴気が、濁った渦を作りながら流れてくる。だけど臆している者はいなかった。
佳亜は、紅茶色の瞳を踊るように輝かせている。大和は、眼鏡を白く曇らせている。健は……一応、妹のことを考えている。
首が八個だって、今度は負けない。
三人は、首の間に足を踏み入れた。八個の首は、依然としてそこに在った。
見るなり健は目を見張った。両隣から、大和と佳亜の息を呑む気配が伝わってくる。
首たちはさらに成長していた。こないだは生首に肩がついているくらいだったのに、今度は腹まで伸びている。八つとも同じように。
そして瞼はすでに開いていた。十六の同じ瞳が一様に剥き、紫の光で三人を睨みつけている。
「……大和、佳亜……」
健が言った。
「うん」
「ああ」
おおおおおおおおおおおお。
八つの首が、地獄の底から響いてくるような声で猛った。
「せーのっ‼」
健は懐中電灯をしっかりと構え、スイッチを入れた。ピカッという閃光にドームが包まれる。その途端、咆哮が苦しんでいるような響きを帯びた、と健は思った。だけどそれを確認する間もなく、右手をフル回転させ、懐中電灯を素早く点けたり消したりする。ビカッ、ビカッ、ビカッ。眩い光が連続する。
その様子を横目で見ながら、大和はダダダダダと、頭、首、腰、左手首、それから右手、自分の身につけているすべての懐中電灯のスイッチを入れた。 計五つの閃光で、辺りが一気に明るくなる。
「くらえ!」大和は腕を滅茶苦茶に振りながら、走り出した。走りながら視界の端で、いくつもの将門の顔が、ぐにゃりと歪むのを見たような気がした。
佳亜は、成田山の、たいまつみたいな太い蝋燭を両手で握った。燃え盛る朱色の炎が、洞穴内を赤く染め上げる。
「ああああああああ」
手の中で燃え盛る炎と同じように、喉からも叫びの炎を燃え立たせ、佳亜は首の中へ突っ込んだ。