第22話
文字数 1,879文字
言ってるそばから、カブ付き矢はごろごろしてバランスが悪い。
「いいから! いいから射て! 射ろーーっっ」
大和が絶叫する。もうやむを得ない。健は、強引にカブ矢を弓につがえた。
「あーもう! カブ矢だ、喰らえ、くそ!」
「カブ矢じゃない! 鏑矢だーーーっっ」
健が弓を射ると同時に、大和が叫んだ。
「えっ」
矢がびゅうと鳴った。カブ矢は、まるで鷲が獲物を狙うときのような鋭さで、将門に向かって飛んだ。
「それは鏑矢だ!」
いつの間にか、さっきのからっ風仕様卓上扇風機を再び回転させながら、大和が叫んだ。矢は風に押されるようにして将門のオーラを突き破り、ブスッと額のど真ん中に命中した。
「やった! 健、唱和しろ! それは鏑矢だ!」
「それは、カブラヤだ!」
声に反応するようにして、ぐおおおおおという咆哮が将門の口から洩れる。洞穴が鳴動する。
射られた将門は額を押さえながら長剣を振り回して、狂ったようにのた打ち回っている。
ミニ扇風機が紡ぐからっ風は、凄まじい勢いで将門に向かって吹きつけ、矢をぐいぐいと押した。矢が額に深く減(め)り込んでいく。
「大和……あのカブ……、鏑矢……」
健は、自らの放った矢の効果に呆然としながら、大和に聞いた。
「……平貞盛と、藤原秀郷との戦いにおいて、将門は、」
そのとき、苦しむ将門の背後に佳亜が現われた。左手で胸を押さえながら、右手に木刀を持っている。
「あ」と言う間もなかった。佳亜は木刀を、まるで重さなんてないかのように振り上げ、高々と掲げた。そしてそのまますとんと下ろした。
刃は真っ直ぐに地面に落ちた。平将門を二つに分けながら。
ギャアアアアアアアアアアアアアアア。
一際大きな声が響き渡った。断末魔の声だった。
それが合図だったかのように、洞穴全体が音を立てて崩れ始めた。壁がぐらぐら揺れ、天井から土や小石が振ってくる。地面が激しく震動し、倒れている康子と佳苗の体がばたんばたんと跳ね出した。
そんな中で佳亜が、黒い血だまりの中に肉塊となって倒れた将門の上に足を乗せ、宣言した。木刀を真っ直ぐに、上に向かって差し上げながら。
「宗藤佳亜、十四歳。ここに平将門の怨霊を、討ち取ったり!」
よく通る佳亜の声が、まさに崩れんとしている洞穴の中、高らかに響き渡った。
「あ、ずるい!」
健は、ぐらぐら体を揺らしながら、自分も近くへ駆け寄った。同じように将門の上に足を乗せて、すっくと立った。本人的には立っているつもりが、傍から見ると踊っているように見えることに気がついていない。
「滝川健、十四歳。平将門の怨霊を討ち取ったり!」
「僕も‼ 大和田大和、十三歳! 平将門の怨霊を討ち取ったり!」
三人の勝利宣言が済んだ途端、待ってましたとばかりに大きな土の固まりが落ちてきた。地面が大揺れを開始する。
「あたっ」「いてっ」「本格的に崩れるぞ!」
佳亜の声を合図に、健は康子を、大和は佳苗を、佳亜は自分を、抱えて首の間から逃げ出した。
脱出する直前、健は後ろを振り返った。赤黒い染みの上に、揺れる地面に翻弄されるままに、上下する塊が見える。
大和が令を発し、健が射て、佳亜が斬った平将門、千年のときを超えて甦った怨霊だ。
「何してるんだよ、健、行くぞ!」佳亜の声がする。
「うん」
健は前に向き直った。その直後、天井が崩れ去る大きな音が聞こえてきた。
世界はみるみる色を失い、暗くなっていった。
彼は感じた。自分の意識が消えていくのを。存在を取り戻し、力を得た喜びが、怒りさえもが消えていくのを。けれど仕方ないと思った。
仕方がない。負けたのだ。戦って負けたのなら、それが道理というもの。完全に消滅するわけではない。始まりの闇の中で、また眠りにつくだけだ。
彼は強い。だから完全にはなくらない。いつの日かまた、揺り起こされるときがくるだろう。それまでは再び眠りにつく。
必ずやってくる、目覚めのそのときまで。
三人は、洞穴の崩壊に尻を追われるようにして、闇の中を走り抜けた。しんがりの健が、穴を飛び出した瞬間に。
「あ」穴の入り口が閉じられた。そこに黒い穴があったことなど嘘のように、突然、穴は消えてしまった。跡にはただ土の壁だけがあった。
三人は、それを黙って見つめた。
「……消えちゃった」
大和が言った。
「……うん」
佳亜が言った。
「……俺たちしか、知らないことになっちゃった……」
そう言って健が土の壁に触ろうとしたそのとき、ばたんという音がした。驚いて振り向くと佳亜が倒れている。
「あーっっ、佳亜‼」
「そうだった‼ 佳亜、胸を怪我してたんだー‼」
「いいから! いいから射て! 射ろーーっっ」
大和が絶叫する。もうやむを得ない。健は、強引にカブ矢を弓につがえた。
「あーもう! カブ矢だ、喰らえ、くそ!」
「カブ矢じゃない! 鏑矢だーーーっっ」
健が弓を射ると同時に、大和が叫んだ。
「えっ」
矢がびゅうと鳴った。カブ矢は、まるで鷲が獲物を狙うときのような鋭さで、将門に向かって飛んだ。
「それは鏑矢だ!」
いつの間にか、さっきのからっ風仕様卓上扇風機を再び回転させながら、大和が叫んだ。矢は風に押されるようにして将門のオーラを突き破り、ブスッと額のど真ん中に命中した。
「やった! 健、唱和しろ! それは鏑矢だ!」
「それは、カブラヤだ!」
声に反応するようにして、ぐおおおおおという咆哮が将門の口から洩れる。洞穴が鳴動する。
射られた将門は額を押さえながら長剣を振り回して、狂ったようにのた打ち回っている。
ミニ扇風機が紡ぐからっ風は、凄まじい勢いで将門に向かって吹きつけ、矢をぐいぐいと押した。矢が額に深く減(め)り込んでいく。
「大和……あのカブ……、鏑矢……」
健は、自らの放った矢の効果に呆然としながら、大和に聞いた。
「……平貞盛と、藤原秀郷との戦いにおいて、将門は、」
そのとき、苦しむ将門の背後に佳亜が現われた。左手で胸を押さえながら、右手に木刀を持っている。
「あ」と言う間もなかった。佳亜は木刀を、まるで重さなんてないかのように振り上げ、高々と掲げた。そしてそのまますとんと下ろした。
刃は真っ直ぐに地面に落ちた。平将門を二つに分けながら。
ギャアアアアアアアアアアアアアアア。
一際大きな声が響き渡った。断末魔の声だった。
それが合図だったかのように、洞穴全体が音を立てて崩れ始めた。壁がぐらぐら揺れ、天井から土や小石が振ってくる。地面が激しく震動し、倒れている康子と佳苗の体がばたんばたんと跳ね出した。
そんな中で佳亜が、黒い血だまりの中に肉塊となって倒れた将門の上に足を乗せ、宣言した。木刀を真っ直ぐに、上に向かって差し上げながら。
「宗藤佳亜、十四歳。ここに平将門の怨霊を、討ち取ったり!」
よく通る佳亜の声が、まさに崩れんとしている洞穴の中、高らかに響き渡った。
「あ、ずるい!」
健は、ぐらぐら体を揺らしながら、自分も近くへ駆け寄った。同じように将門の上に足を乗せて、すっくと立った。本人的には立っているつもりが、傍から見ると踊っているように見えることに気がついていない。
「滝川健、十四歳。平将門の怨霊を討ち取ったり!」
「僕も‼ 大和田大和、十三歳! 平将門の怨霊を討ち取ったり!」
三人の勝利宣言が済んだ途端、待ってましたとばかりに大きな土の固まりが落ちてきた。地面が大揺れを開始する。
「あたっ」「いてっ」「本格的に崩れるぞ!」
佳亜の声を合図に、健は康子を、大和は佳苗を、佳亜は自分を、抱えて首の間から逃げ出した。
脱出する直前、健は後ろを振り返った。赤黒い染みの上に、揺れる地面に翻弄されるままに、上下する塊が見える。
大和が令を発し、健が射て、佳亜が斬った平将門、千年のときを超えて甦った怨霊だ。
「何してるんだよ、健、行くぞ!」佳亜の声がする。
「うん」
健は前に向き直った。その直後、天井が崩れ去る大きな音が聞こえてきた。
世界はみるみる色を失い、暗くなっていった。
彼は感じた。自分の意識が消えていくのを。存在を取り戻し、力を得た喜びが、怒りさえもが消えていくのを。けれど仕方ないと思った。
仕方がない。負けたのだ。戦って負けたのなら、それが道理というもの。完全に消滅するわけではない。始まりの闇の中で、また眠りにつくだけだ。
彼は強い。だから完全にはなくらない。いつの日かまた、揺り起こされるときがくるだろう。それまでは再び眠りにつく。
必ずやってくる、目覚めのそのときまで。
三人は、洞穴の崩壊に尻を追われるようにして、闇の中を走り抜けた。しんがりの健が、穴を飛び出した瞬間に。
「あ」穴の入り口が閉じられた。そこに黒い穴があったことなど嘘のように、突然、穴は消えてしまった。跡にはただ土の壁だけがあった。
三人は、それを黙って見つめた。
「……消えちゃった」
大和が言った。
「……うん」
佳亜が言った。
「……俺たちしか、知らないことになっちゃった……」
そう言って健が土の壁に触ろうとしたそのとき、ばたんという音がした。驚いて振り向くと佳亜が倒れている。
「あーっっ、佳亜‼」
「そうだった‼ 佳亜、胸を怪我してたんだー‼」