第10話

文字数 1,783文字

 夜遅くまで、雨滴が窓ガラスを叩くばらばらという音がしていた。朝になって雨は止んでいたが、空気の中に充満している湿気が、じっとりと肌にまとわりつく。上空には薄墨色の雲が、遥か遠くの山々の向こうまで続いている。
 すっきりしない天気だった。足元の地面は、昨日の雨でところどころぬかるんでいる。なるべく乾いていそうなところを選んで、健は足を運んだ。 
 小山が見えてきた。大和がすでに先に来ている。だが健の目は、その隣にいる人物に釘つけになった。
「何であいつがいるんだ?」
 その声が聞こえたかのように、そいつが大きな声で叫んだ。
「おーーい、健! 遅いぞーー。早く来いよー」
 健が二人のところまで来ると、何か言おうとして口を開いたのを制して、「遅いよ、健! 俺たち、けっこう待ったぜ」とそいつは言った。
「な……」
「それにしても、雨が降るんだか降らないんだか、わかんないな。あ、いいの持ってるじゃん」
 と言うと素早く手を伸ばして、健の腰のエアガンを取った。
「あ、それいいだろ……じゃなくって! 何でおまえがここにいるの⁉」 

 大和の横で笑っているそいつは、去年、健と大和と同じクラスだった、名前を宗藤佳亜(そうとうよしあ)という。
 佳亜なんて、明らかに「黒髪黒目の日本人なのに、うっかりキラキラネームつけられちゃった」みたいな名前なのだが、彼の場合はちょっと違う。
 驚くほど、あり得ないほど、その名前が似合っているのだ。一八〇センチ近い身長、整った容姿。切れ長の瞳に通った鼻筋。瞳は薄茶色、同じ色のさらさらの髪。均整の取れた体つき、すらりと長い手足。
 運動はできる。運動部に入っているわけではないが、スポーツは全部得意。頭も良い。本人曰く、「塾に行ったり家庭教師をつけたりはしていない」そうなのに、成績は常に上位。授業も、一度聞いたら大体理解して覚えてしまうらしい。楽器ができて、歌もうまい。絵も上手だし、技術科の作品もきれいに作る。
 これで性格が悪かったらすべてが帳消しになる(と思いたい)ところなのだが、そういうこともない。明るくて気さくで、誰にでも平等に接する。会話も豊富で、ギャグのセンスもある。
 要するに何でもできる男だった。いろんなことを自然体でこなしてしまう。
 当然、女子人気はすさまじい。同学年の女子はもちろん、一年、三年、他の中学の女の子や近くの高校生まで佳亜を見に来る。校門前に、知らない制服を着た女の子たちが出待ちしているのを見かけることもある。
 捉えようによっては、その他の男子にとっては煙たい存在であるはずなのだが、佳亜の人気は男女問わなかった。なぜならみんな、「こいつは自分とは違う、特別な存在」と認めているからだ。

 の彼がなぜ、目の前に大和といるのか。
 佳亜は学校から帰る途中なのか、制服だった。
「なんで、おまえがここにいるんだよ?」
「あの……」
「彼を責めないでくれ!」
 大和の声を吹き飛ばすかのように、佳亜が言った。
「責めてないよ、別に」
「そうか、なら良かった。いや実はさ、たまたまここを通りかかったら、偶然大和を見かけたもんで」
「偶然見かけて、何でそのまま一緒にいるんだよ」
「だって、こんなすごい出で立ちだから。これは何かあるのかなって」
 健は大和を見た。確かに、佳亜の言う通りすごい出で立ちだった。背中に大きなリュックを背負っているのは健と同じだが、そこから木刀が、小学生がランドセルに突っ込んだ縦笛のようににょっこり覗いている。シャツの胸ポケットにはナイフ。そして一番目を引くのが額に光る懐中電灯。まるで地下鉄工事に行く人みたいだ、と健は思った。
 そして実は、健も似たり寄ったりの格好なのだった。
「それで、ここで健と待ち合わせしてるっていうから、一緒に待たせてもらったんだ。何か、面白いことがあるんだろ? 何だかよくわかんないけど、俺も入れてよ。最近、退屈してたんだ」
 と言って、きれいな歯を見せて、佳亜はにっこり笑った。
「そんなこと言っても、これは遊びじゃ……」
「まあまあ」
 言いかけた途端、横にいた大和がずいっと二人の間に入り、そのまま強引に健を佳亜から引き離した。
「まあまあまあ」
「な、何だよ」
 話し声が聞こえないくらい離れると、大和が言った。
「佳亜を、連れて行かないか?」
「え」
「だってさ、いいと思うんだよ。彼は運動神経も良いしさ」
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