第9話

文字数 1,695文字

「うん……でも、何で康葉なんだろ? 学年みんなで行ったのに。それに毎年、この町の小学生は行ってるわけで、何で今年の、何で康葉?」
「うーん……」
「それに平将門が生きてたのって、一千年も昔なんだから、その後、甦る機会は他にもあったと思うんだけど」
「うーん、うーん。……もしかして……名前、かも……」
「名前?」
「いや、違うかも……とは思うんだけど……」
「違ってたっていいから、教えてよ」
「妹の名前、『滝川康葉』だよね?」
「うん」
「将門には、娘がいたんだよ。ま、息子も娘も何人かいたんだけど。その娘の一人が、将門の死後その遺志を受け継いで、父親の復讐を果たしにやってくる……っていう後日談みたいなのがあるんだ。で、その娘の名前が」
「名前が?」
「滝夜叉姫」
 と聞いても、健はしばらく反応できなかった。その言葉の音が、やがてゆっくりと脳に浸透してくると……。
 滝夜叉姫。たきやしゃひめ。滝川康葉。
「え、まさか……」
「そう。妹の名前が、父親に従順だった娘の名前に似ている。だから首塚にいた将門の怨霊が、反応してついてきた」
「えーーっ、マジか……。じゃあ、早苗ちゃんのほうは?」
「うーん。……ついで。きみの妹と一緒にいたから」
「…………」
 そのとき会話を切り裂くように、きいいぃーーという音が響いた。二人の身体が同時に強張る。康葉が立っていた。
「あ、お、お邪魔してます。こんにちは」大和が慌てて頭を下げた。
「何だよ、ちゃんと挨拶しろよ」
 健は強いて明るく言った。しかし声とは裏腹に、心臓は口から飛び出しそうなほど緊張していた。いつからそこにいたんだ?
 顔を上げた康葉を見て、健は固まった。背後で、大和が息を呑む気配がわかった。
 妹は痩せて頬がこけ、薄暗い目をしていた。
「……康葉?」
 健がもう一度声をかけると、康葉はついと首を曲げて、何も言わずにいってしまった。
 康葉の部屋のドアが閉じられたのを確認してから、二人で顔を見合わせた。
「急いだほうがいい、ね」
 大和が言った。健が頷いた。
 
 夕飯を食べ終わって自分の部屋に戻ると、チチチと可愛らしい声が出迎える。マシュマロみたいな、文鳥のチーだ。
「よしよし、今あげるから」
 小鳥用のペットフードの袋から、一掴(ひとつか)みして籠に手を差し入れると、チーは大和の手から直接ついばんだ。その様子を見守りながら、大和は今日の出来事を頭の中で思い返していた。
 突然自分の元にやってきた、滝川健。に強引に誘われて行った小山。そこで見たもの……宙に浮かぶ生首。そいつから発せられたパワー。平将門。
「健のやつ、何てものに引き合わせてくれたんだよ」
 主人の独り言に、チーがチュン? と鳴いて首を傾げる。
「首退治なんて……相手は、怨念の怪物だぞ」
けれどもそう言いながら、自分の口元が緩やかなカーブを描いていることに大和は気がついていた。こんなにいろいろあった一日なのに、疲れを感じない。
「首退治なんて……僕、関係ないのに」
「チ」
 結局、大和はやる気なのだった。小さい頃から歴史が好きで、休日と小遣いのほとんどを費やしてきた。本を買ってDVDを買って、歴史関係の番組は欠かさず録画して。最近ではネットで、同じ歴史好きの仲間を見つけて。
 だけどどんなに詳しくなったって、結局机上の学問、推論の集合。お寺や神社、史跡に実際に行ってみても、物足りなかった。だけどこれは実践だ。学んできたことを、実際に生かすことができるのだ。
 健は妹のためだろう。だけど自分は、自分のために。やってやる。


 彼は、それが近づいてくるのを感じていた。だが恐れてはいなかった。けれども近づくにつれ、彼はそれが、彼に対し負の感情を持っているのを感じた。
 小賢しいと思った。小賢しい。うっとおしい。
 彼は無駄なことは好まなかった。無益な争いも殺生(せっしょう)も。けれど必要であれば、ためらいも迷いも容赦もなかった。
 殺す。己のためならば。そして喰う。 
 かつて彼には多くの仲間がいた。けれど今はもういない。ならば。彼は念じた。
 ボツン、ボツン、ボツン、ボツン、ボツン、ボツン、ボツン。
 彼の周りにそれらは現れた。
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