第16話

文字数 1,656文字

 天気はこないだと同じようだった。夜の間ずっと窓ガラスをノックしていた雨粒の来訪者は、朝になってもあきらめていず、時折り思い出したように振っては、ぱらぱらとガラスを叩いている。空にはくすんだ色の雲が、遠くの山々をまたいで果てしなく続いていた。
「はい、健。これ」
「何、これ。何が入ってるの?」
 前と同じように小山の入り口で集合すると、大和が何かの瓶(びん)を渡してきた。中を覗いて、健は思わず悲鳴を上げた。
「うわああああっっ」
 危うく手から落としそうになったそれを、大和が慌てて押さえる。
「気をつけてっ。捕まえるの大変だったんだから」
「きっ気持ち悪い! 何だよ、これっ」
「何? 俺にも見せて」
「どうぞっ」
 健が佳亜に、押しつけるようにして瓶を渡す。佳亜は中身に目を凝らした。瓶の中では、黒くて長いものがもごもご動いている。虫だ。
「百足?」平然とした様子で佳亜が言った。
「うん、そう」
 大和はその間にも、せっせと他の瓶をリュックから取り出して、健と佳亜に渡した。自分でも一本持っている。ラベルを見ると、黄色地の派手なシールに、力強く「マムシパワーでゴー‼」と書いてある。
「マムシドリンク⁉」
「うん。佳亜、その百足、地面に置いて」
 言われた通り佳亜が百足の瓶を下に置くと、ちょうど三人でマムシドリンクを持ってそれを囲むような形になった。
「じゃあ始めよう。まず乾杯」
 大和が瓶のフタを開け、マムシドリンクを掲げた。
「乾杯⁉」
 健が反応できないでいる間に、「乾杯」と言って、佳亜がさっさと飲み干してしまった。
「……わかった。乾杯」
 腹をくくって、健もドリンクの蓋を開けた。マムシドリンクを高々と曇天に向って掲げると、一気に喉へ流し込んだ。得もいわれぬ濃くて苦い液体が、喉をどろどろと駆け下りていく。と思ったら、急に身体がカーッと熱くなるのを感じた。
「おえっ」
 隣では、健に続いて飲み干した大和が、ごぼごぼと咳き込んでいる。彫像のように整った顔で、平然としているのは佳亜だけだった。
 ふらふらしながら、「では、次の儀式」と大和が言った。
「まだあるの⁉」
「今からこの百足を瓶から出すから、三人でそれを踏んづける」
 隣で佳亜が、ぐっと息を呑むのがわかった。
「僕だって、残酷で気持ち悪いと思うよ。だけど必要なんだ。三人で、こいつが死ぬまで踏んづける。それが儀式なんだ」
「……そんなことを嫌がっていたら、将門の首なんて倒せないよな」
 佳亜が言った。
「……わかったよ」
 健が頷いた。
「じゃ、出すよ」
 大和が瓶の口を開け、素早く逆さにして底を叩いた。百足がぽたりと地面に落ちる。健は意を決し、もがく百足の上に足を出し、力を込めて落とした。ぐにゃりというおぞましい感触が、スニーカーを通して伝わってくる。
 足を引っ込めると、百足は潰れていて、黄色い液体がどろりと出ていた。それでもまだ動いている。大和がその上に足を被せた。
 ぐじゃ。 
 顔中梅干しみたいにして、大和が足を引っ込める。佳亜が続く。
 じゃっ。
 佳亜が足を引っ込めると、百足は完全に動かなくなっていた。大和が土を蹴ってその上にかぶせた。健と佳亜もそうした。
「それから佳亜、お守り持ってきてくれた?」大和が言った。
「うん」
 頷くと、佳亜がリュックからどこかのお守りを三つ取り出し、健と大和に渡した。
「だって、成田山まで行ってくるのって、交通費だけでウン千円かかるよ。健、出せる?」
 ……出せない。
「だから佳亜に頼んだんだ。僕も行きたかったけど」
「だけど……そもそも何で成田山?」
「成田山はその昔、朱雀天皇から、将門討伐の命を受けた、寛朝大僧正が建立したものなんだ」
「あ、そう……」
「そうそう、だからご利益があるというわけだよ、健くん。財力と行動力のある俺に感謝しなさい」
「そっか……。ところで朱雀天皇って誰?」
「朱雀天皇っていうのは、将門が坂東で暴れていたときの天皇。けっこう名君だったって話」
「ふうん」
「実は矢も買ってきたんだ。なんとなく成田山のだと思うと、効きそうじゃない?」
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