第14話

文字数 1,467文字

二人揃って、ギクシャクとお辞儀をした。だが聞こえたのは、ブフォッという咳とくしゃみの混じったような音と、ハッハッという妙に荒い息の音だ。
 二人が恐る恐る顔を上げると、そこには白いふさふさの大きな犬が、羽箒みたいな尻尾を振っていた。
 犬は、人懐こそうな目と、締まりのない口に笑みのようなものを浮かべて近寄ってきた。そのまま後足で立ち上がり、大和にのしかかって眼鏡をべろんと舐めた。
「うわわっ。わっ、やめろ」
 やめろと言われて、犬は嬉しそうにべろべろと長い舌を動かした。
「くっくっくっ」笑い声がした。
「佳亜、これ、何とかしてよ」
 大和が、心底から情けなさそうな声で言った。佳亜がピィッと口笛を鳴らすと、犬は大和からさっと離れて、佳亜の元へ戻る。
「まあまあ、嬉しいわあ。この子のお友達が来てくれることなんて、めずらしいのよ。ゆっくりしていってね」
 佳亜のお母さんが言った。佳亜とよく似た薄茶色の瞳と髪をしている。ふうわりとした雰囲気で、どこか夢の中を漂っているような感じがした。この馴染みのない建物と同じように、自分の日常とはひどく違うところにいる人だ、と健は思った。
「何だか、お母さんっていうより女の子みたいだね」
 大和が言った。
「今日は、家族の他の人はいないの?」
 健は聞いてみた。
「うん。お父さんは、今は東京のほうに行ってる」
「兄弟は? いないの?」
「兄と姉がいるけど、どっちも普段、家にはいない。兄はアメリカ、姉はフランスの大学に行ってる」
「佳亜って末っ子なの?」
「うん、そう」
 末っ子だったのか、と健は思った。佳亜のこの、とらえどころのなさというか、ところどころで発揮される驚くほど身勝手な行動力というか、掴めない言動は、その辺からきているのだろうか。

 佳亜の部屋は、まるで雑誌の写真から抜け出てきたような部屋だった。机も椅子もモノトーンで統一され、フローリングの部屋の真ん中にはガラスのテーブル。窓にはカーテンではなく、ブラインド。本棚やタンスの類はなく、本や雑貨は、すべてスチールのパイプ棚に収納されていた。
 各々が適当に落ち着くと、佳亜が言った。
「では、作戦会議といきますか」
「昨日の敗因は、やっぱ首がいきなり八個もあったことだと思うんだよね。あれが予想外だった」健が言った。
「問題は、あの首の正体だよな」
「そうなんだよ。全部本物なのか。それとも本物は一つで、あとは偽物なのか」
「後のほうだよ」
 大和がきっぱりと言った。健と佳亜が大和を見る。
「一つが本物で、あとは偽物だよ。ちょっと調べたんだ」
 と言って、ごそごそとクリアーファイルを取り出すと、二人に見えるようにテーブルに置いた。
「ネットで見つけて、プリントしてきた」
 紙には一枚の絵が印刷されていた。乳白色の霧がかかったような中に、八つの顔が描かれている。顔はすべて同じ、平将門だった。一番手前の将門だけが、勇ましい鎧を着込んだ身体までちゃんとある。その後ろに、縦一列に並んだように、同じ将門の顔が七つ連なっている。後ろにいくほど色が薄れ、背景の霧と同化していくようだ。
「七人将門・影武者伝説っていうのがあるんだよ」
「……マジ?」
 犬のマルテスも覗き込んで、ワフワフと鼻を鳴らしている。
「だけどどうやら、それは後の時代に脚色された話らしくって。実際は、七人将門は側近の七人を指しているっていう説が有力。名前はこれ」
 といって大和が取り出したメモには、人の名前らしきものが七つ並んでいる。
「はっきり言って、読めない」
「成績の良い、俺でさえも」
 健と佳亜が口を揃えて言った。
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