第21話

文字数 1,918文字

「からっ風だ!」
 大和が叫んだ。
「えーっ⁉」
 腕を弛(ゆる)めず、聞き返す。よく聞こえない。
「何!? 大和‼」
 佳亜のよく通る声が響いた。
「からっ風! からっ風って言ったんだ!」
「からっ風⁉」
 言葉は聞き取れたが、意味がわからない。
「何でもいいから、一緒に言えーーっっ‼」
「わかった‼ からっ風!」
 佳亜が叫び、赤い団扇が唸る。おおおと将門が叫び、腕を上げて避けようとする。
「からっ風だ!」
 健も叫んだ。腕に渾身の力を込める。おおおお、とさらに将門が苦悶(くもん)の声をあげる。
「からっ風ぇーっ‼」
 三人の声が唱和した。将門を囲む三方から、ごうんごうんと風が舞い、将門が頭を抑えるようにして縮こまる。大和は卓上ミニ扇風機を高々と掲げた。
「喰らえ、北関東のからっ風だああーー‼」
 おおおおおおおお
 吹いてくる風が止まった。将門の周囲に土煙がもうもうと巻き上がる。
「やった……⁉」
 煙の幕が覆い隠し、どうなったのかわからない。健も佳亜も腕を弛めた。途端にどっと疲れが襲ってくる。
「大和、今のは……」
 立ち込める煙幕から目を離さないまま、佳亜が言った。
 大和は、へなへなと地面に座り込んでしまっている。
「……昔、将門が倒れた戦いでは、……朝廷方の、平貞盛と、藤原秀郷に利するように、からっ風が吹いて、味方してくれたんだ……。だから、それを人工的に作り出して、将門に吹きつけてやれば、と思って…………」
 ようやく煙が薄れ、将門の姿が見えてきた。鎧武具に身を包んだその姿が、さっきより小さくなっている。
「やった‼」
 佳亜が指を鳴らした。
 おおぉーーのぉーーれぇーーー
 体が小さくなっても、迫力が消えたわけではない。むしろ漠然と発せられていた気の波動が、具体的な殺意へと変わったようだった。

 将門が長剣を水平に払った。
「佳亜!!」
 自分が青ざめるのがわかった。だが佳亜の胸は、腹と永久にさようならすることはなかった。ざっくりと切られ、鮮血が吹き出したが。
「大丈夫か、佳亜!!」
「大丈夫、なわけないだろ……」
 健はほっとした。良かった、しゃべれる。
「大和、次はどうすればいい……」
 健は大和を振り返った。
「血……血が……う~ん」
 大和がは何やらぶつぶつ言いながら、ふらふらしていた。
 健は、体の痛みも忘れて駆け寄ると、胸を摑んでビンタを食らわせた。
「痛い!」
「あほっ! 痛いのも血を流しているのも、おまえじゃないだろっ! それよりどうしたらいいか考えて!」
「あ、あ、ああ」
 そのとき、びゅんと後ろで風を切る音がした。将門の二激目を、佳亜が紙の差でかわしたのだ。けれど足元がふらついている。次はないだろう。
「早く、早く! 大和、何か!」
 健はつかんだ胸を、ぐらぐら揺らした。眼鏡ががくがく揺れる。
「あ、ああ、そうか! 健、成田山の矢で射るんだ!」
 大和は健の腕を振り解くと、佳亜のリュックに飛びついた。成田山の矢を取り出し、健に向かって放る。
「早く!」
「あ、ああ。あわわわ。せーの!」
「待った、ストップ!」
 まさに健が矢を投げようとしたそのとき、大和が叫んだ。
「何だよ、大和!」
「投げるんじゃない、射るんだ!」
 叫んで大和は、次に弓を健に向かって放った。が、重くて矢のようにはいかない。ぼたっと落ちたのを健が急いで拾い上げた。
「射るんだよ、投げるんじゃなくて!」
「い、射るって、どうすれば……俺、やったことないよ」
「適当でいいから!」
 気楽なことを言っている。
「ああ、もう‼ 当たれ、くそ!」
 叫びながら、健は矢をつがえ、力の限り弓を引いた。びゅんという小気味の良い音とともに、矢が将門目がけて弾き出される。
「いった!」
「よっしゃあ!!」
 矢は、額の中央につき刺さった、かに見えた。だが首はくあっと大口を開けて、矢をばりばりと噛み砕いてしまった。
「嘘……」
 その呟きが聞こえたかのように、将門は健のほうを振り向いた。口から出ている矢が牙のように見える。鬼、と健は思った。
「あ、あわ、あわわわわわ」
 鬼が闊歩して近づいてくる。
「や、やま、やま、やまと」
「な、なな、な、なになに」
「だだ、だめだった。なにかないか、なにか」
「え、え、えと、あった! はい、これ!! それと矢!」
 大和に、新しい矢と一緒に渡されたそれはカブだった。白くて丸くて、青々とした長い葉っぱがついている野菜のあれだ。
「何だよ、これっ‼ どうすんの⁉」
「それを矢の尾につけて、もう一度、射るんだ‼」
「は⁉」
 とうとう狂ったか。
「早く、つけろーっ!! 俺を信じて!」
 破れかぶれで、健は白いカブの実を矢の尻にぶすっと刺した。
「よーし、今度はそれで射るんだ‼」
「こんなの重くて飛ばないよ!」
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