胸裡2

文字数 2,680文字

「っな、、、んで」
驚愕を思わせる感情を露わにした追跡者もとい李依がワナワナと気持ちの高ぶりを見せるかと思いきや彼女をフッと感情をオフに切り替え、ふらりと踵を返し厨房へと戻って行った。
まずい、こんな所で奴と遭遇してしまうとは。彼女の年齢から推測するに学生のアルバイトである事は明白ではあった。ご主人、気でも触れたか、いささか気の強い彼女を制御するのは容易くはないはずであろう。
「なんだあの子。こっち見て驚いてたぞ?文成まさかおまえ、、、」
「っば!ちげーよ。流石の俺もあんな若い子は範囲外だ。捕まっちまう」
「って事は恵助、知り合いか?場所が不味かったかな。聞かれたか、、、」
「いや、、実は、、こないだ桐の自宅近辺で調査してたらあの子に通報されかけてさ、、なんか、、面目ない」
シークレットな話を盗み聞きされたかと危機感漂うテーブルは一瞬にして笑いの渦が巻き起こる。
これだけは言いたくなかったのだが2人には協力してもらってる手前、不安要素は一刻も早く取り払うのがベストだろう。一瞬の恥に腹を括る。この恥はこの場に捨てていく。
「お前も遂にやりながったな!まさかあんな子に通報寸前までやられるとは」
「恵助。お前が捕まっても俺は信じてるからな」
ネタも尽き、締めを迎えようとした頃合いをみたのか笑いの種を盛大にぶちまけられ、浮気探偵とあだ名す自分のアイデンティティが少女によって無惨にもヒビを入れられる事になるとは。
この借りを返す気はないが、この店に来る度に李依のシフトを気にするのは御免だ。
そして私は残りのハイボールを流し込んだ。


夜も更ける頃、晋、文成と別れ今後の計画と各々情報があり次第共有する事と結託する。
恵助以外は本職ではない為、出過ぎた行為は犯罪に触れる可能性がある事から晋、文成は情報提供、恵助のサポートに回る等の役割分担を決める。主な尾行、撮影、聞き込み等は恵助がメインでやる事に変わりはないが、情報提供者の晋、いざとなった時に動ける文成のサポート。
今までにない心強いサポート、人間関係、友情に恵助は胸を打たれる。
「小さな事でも分かったら連絡するわ。情報は多いほうが良いだろ?」
「昼間は動けねぇけど、お前が動けねぇ時は動いてみっからさ」
「ありがとう、お前ら。でも無理はしないでくれよ。なんかあったら申し訳ない」

「「気にすんなって、俺らはこうやって歳食ってきたろ?これからも変わんねぇよ。」」

泥酔からくる赤面なのか恥らいなのか二人の親友は顔をほんのり顔を赤ら、コロコロと笑いながら駅へと向かう。あの二人が親友で良かった。何度も彼らと酒を酌み交わし、時にはお互いの感情剥き出しの舌戦を繰り広げたが許し、許されながら恵助は尊い友情に深く頭を垂れた。
こんなにも大切な人がいる。誰かを思いながら生き続ける事の尊さ、幸せを噛みしめ一人家路を辿る。

しばし歩いた所、休憩がてら物思いに耽るには絶好の公園へと足を向けミネラルウォーターで酔いを醒ます。こうしているとまた誰かに会いそうな気がしていたのは事実として直面した。
聞き覚えのある、砂を踏む音、革靴を小さく鳴らす足音が待っていたかのように恵助に侮蔑の洗礼を浴びせる。
「っげ、なんでいんのよ。また何か企んでんの?」
「またお前か。良く会うなぁ。今日はこのまま家に帰るから心配するな」
「お前って言うな。李依って名前があるんだから。、、、あんた探偵なんでしょ?こないだ桐さんから聞いた」
「そうか、桐から聞いたか。俺はただの探偵だよ。それがどうかしたのか」
「話、、あんだけど。桐さんの事で」
酔いが覚めてきた所にまたとしても心拍数の上がる話題に恵助は驚愕する。
こいつも何かを知っている。聞き出さなくては。多少の酔いもあるが何としても聞き出してやる。ある種、執念にも近い桐への情報に恵助は身をも乗り出す勢いだったがここでがっついては通報騒ぎがオチだ。冷静にならなくては。肩を揺らすことなく深呼吸し思考をクリアに切り替える。
「あたし桐さんとは長い付き合いって訳じゃないけど。桐さん達があそこに家を建ててからは結構仲良くしてた方なんだよね。桐さんとはたまにだけどお茶したり買い物行ったりする程度の」
「もちろん旦那さんとも面識はあるよ。凛々しい感じでいつも穏やかな人。近所でも評判で感じの良い夫婦が引っ越して来たってさ。私も桐さんと仲良くしてるうちにお姉ちゃんみたいな人が出来たって結構嬉しくってさ」
「、、、でもこないだ。バイト先に旦那さんと知らない女の人が2人で来て楽しそうにしてた、、、。私がホールに入って旦那さんのテーブルについたらバツが悪そうな雰囲気になっちゃって飲み物も残したまま帰っちゃたんだよね、、それから店には来なくなった」
「これって、、、なんか不味い事でもあるんじゃないかなって不安になってさ。そしたらあんたが近所でウロウロしてるからつい、、八つ当たりしちゃった、、、」

少女は、肩に掛けたスクールバッグの取っ手を強く握りしめ、今にも泣き出しそうな程、辛く、明るみにしてはいけない事実を目の当たりにしたショックから行き場のない憤りを自らの心に閉ざし、桐への罪悪感を感じる心苦しさに翻弄されている様にも見えた。

「こんなの、、桐さんに言えないよ、、、。お茶してる時の桐さん、旦那さんの話になると幸せそうに笑ってるんだもん。言えないよ、、、こんなの」
「あんた探偵なんでしょ?なんとかしてよ、、、。お金だったらバイトしてるから払えし」
いつもの強気な少女、今はまだあどけない、汚れをまだ知らない少女、水分を多く纏った眼には藁にもすがるほどの桐への友愛が滲んでいた。

「その必要はない。早々に事実は明かされるからな。そして君からの報酬も必要ない」
「それって、、もう調査してるって事?、、!ッッ だからあの時うろついて、、、」
「うろついては余計だ、、、俺がなんとかする。俺が彼女の幸せを守る。そう決めたんだ」

程なくして、堪えていた涙を引っ込ませた李依は軽やかに家路を辿った。
誰にも言えなかった事を打ち明けてスッキリしたのか彼女は目が無くなる程の狐目ではにかみ、恵助が初めて見る笑みを浮かべていた。

「約束だかんね。絶対に。あたしは誰にも言わない。だからあんたは、、、探偵さんは必ず秘密を暴いてやって!絶対だかんね!」

親友の協力、信頼、少女との儚い約束を私は違えまい。結果がどうなろうとも。
私はペットボトルがひしゃげるほど拳を握る。
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登場人物紹介

恵助 しがない探偵 主な仕事は浮気調査と人探し。 学生時代の初恋の女性を忘れずにいる。

桐  恵助の初恋の女性。今春年上の男性と結婚。とあることから恵助に依頼する。

晋  恵助、桐の友人。 隣県に移住した。妻子有。

文成  恵助、晋とは旧知の仲。筋肉隆々の男。

李依  桐の近所に住む学生。桐とは姉妹に近い程仲が良い。今どきの子らしく物言いが鋭い。恵助を疑う。

沢城 恵助にペット探しの依頼をした女性。恵助より2、3年上。ちょっと抜けてる?

一徳 桐の夫 疑惑の張本人。

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