胸裡1

文字数 2,372文字

駅前のメイン通りからはわずかに離れた場所にある飲食街。
数こそは多くはないが一軒一軒が人情味のある亭主、女将達によって切り盛りされる居酒屋、小料理屋、スナックが今宵も赤提灯とまばゆいネオンが夜道を照らす。
地元の住民たちで賑わい溢れるこの場所が恵助にとってうだつの上がらない鬱憤を晴らすホッとする場となったのも都会から帰郷してすぐの事だった。
晋からの出動要請があった店の今では慣れ親しんた藍色の暖簾をくぐった先に愛想の良い亭主の顔といつもの飲み仲間の姿を発見。、、、いつもの?、、、
「おぉ恵助!今日も浮気調査の帰りか?」
「こんばんわご主人。今日は違いますよ。この不景気で浮気するやつも減ったもんですよ」
「そりゃお前にとっては不景気な話だな。ビールでいいよな?ちょっと待ってな」
ご主人との軽口を済ませ何故か晋と2人だと思っていた今日の席に筋肉隆々の日焼けまっしぐらな大男が豪快に口を開けてご満悦にイカを頬張っていた。
「おせーぞ恵助。もう晋と始めちまったよ」
「文成、、、なんで居るんだ。出来立ての彼女とお熱くしてるもんかと」
「そう言うなよ。たまには男だけで飲みてぇんだよ。居たら居たで良いけど、離れたい時もあるんだって」
「晋、なんで文成居るんだよ。話ってコレじゃ・・・」
「悪い、丁度そこでばったり、、、まぁ文成も知っておいて良いと思うんだわ」
「はぁ、、、で、何があったの?」
晋から供述をするのはつい最近同窓会で会ってからの事だがコイツは私達の中では一番の解説や説明に長けた話術を持ち合わせてる。流石は営業職と店内の喧騒を遮断し耳を傾けた。
神妙な面持ちで事の経緯を説明する晋にはいつものおちゃらけた雰囲気はなく至って真面目かつ慎重に言葉を選びながらセールストークの如くこんこんとスピーチする。
「って事で俺の会社の新しい取引先が桐の旦那の会社でさ担当も何の偶然か桐の旦那だった訳。
名前は一徳って人でまぁいかにも真面目そうでこれがすげー出来る人で仕事も捗る捗る」
「話って言うのはこっからで、一徳さんって基本定時退社がルーティンなんだけど。俺、打合せも兼ねて軽くどうですかって飲みに誘ったんだよ、けど、またの機会にって断られちゃってさ」
「しょうがないから近場で軽く引っかけて帰るかなって飲んでたら一徳さんがめちゃくちゃ美人な女と一緒に居るところを見ちゃってさ。目を疑ったけどあれはどう見ても桐じゃなかったよ」
「かなり親しい感じで話し込んでたたけど、あれは只の友達じゃねぇわ。女の方は遠目だったけど涙目だったし。これはなんかあるぞ」
「やっぱ経験者は違うな。雰囲気見ただけで察知できんだからな」
「お前もうかうかしてるとせっかく出来た女もどっか行っちまうぞ」
疑惑のまま自然消滅して欲しかった。せめて泡沫の勘違いであって欲しかった。
晋の目撃では桐の夫「一徳」は妻以外の女性と会食。飲食店の物陰に潜みながら様子を探っていたが程なくして二人は同じ車で街に消えていったとの事だった。健気に帰りを待つ妻の気も知れずに一徳は他所の女にうつつを抜かすゲス野郎だったと恵助の蜘蛛の糸ほどに切なく、人知れず佇んでいた繊細な祈りは一徳による無惨な現実によって容赦なく引きちぎられた。
「でもよぉ、どうするよ。これ。今んとこ証拠らしい証拠ないんだろ?」
「だから恵助には知らせておくべきか迷ったんだけど・・・黙ってるのも、、なぁ」

ココで白状してしまうべきなのか。彼女から密かな依頼があった事。これは彼女との間に出来たわずかながらの感情の共有、秘密を分かち合う事。ここで彼らに言ってしまったら、それが彼女に知られてしまったら。全てが無に帰りそうな恐怖と先の見えなかった調査に訪れた一抹の明かりが恵助の喉を乾かし、目の前に突き出された水で欲のまま喉を潤すのか迷わせた。


何がベストなのかを考えろ。俺は誰の幸せを願う?自分ではなかった筈だ。
でも、、、この結末が彼女にとっての最悪であったならば俺は彼女を救った事になるのか。
俺が望む結末は断罪でも懺悔でもない、ただ彼女の尊い幸せを陰から守る事だった筈。
彼女が泣き果て、どれだけ傷ついても、、、この真実を、、、俺は、、、


重く、乾いた喉が口ずさむごとにひび割れるような、閉ざされた口を細く小さく開く。
「実は・・・数日前に桐から、、、調査の相談はあったんだ」
「まじかよ。ってことは桐も薄々感づいてたのか」
「こりゃ黒、、、かもな。結婚したばっかだってのに」
「桐には口止めされてたから言い辛かったんだけど。晋が旦那と近い距離にいるなら、、、頼む。協力して欲しい。桐には幸せになって欲しいんだ」
「お前は相変わらず桐となると、、、わかったよ。何かあったら連絡する。ただ俺も仕事があるから大それた事は出来ねぇからな」
「ありがとう。些細な事でも良いから教えてくれ」
「俺も協力してやる。晋は仕事でしかこっちにいれねぇけど。俺は地元にいるから今回だけは特別に手を貸そう。夜なら仕事も終わってるから動いてやるよ」

この2人の存在たるやこれほど頼もしく見えた事もこれまでにあっただろうか。
今まで一人だけでの調査から人手不足により対象を効率よく調査する事が出来ずに狼狽する案件も何度かあったが今回の案件は今日この日この場から動き始める。
確実に事実を暴いてやる。
私の初恋を踏みにじった貴様には出来る限りの微力で青臭い鉄槌を下してやろう。


「お待たせしましたハイボール3つですね」
男3人で決起し、猛々しく盛り上がるテーブルに運ばれたハイボールを3人で一気に流し込み。
脳髄まで浸ったアルコールでほとばしる視界の端にその場を離れない店員であろう小さな追跡者があんぐりと口を開けていた。
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登場人物紹介

恵助 しがない探偵 主な仕事は浮気調査と人探し。 学生時代の初恋の女性を忘れずにいる。

桐  恵助の初恋の女性。今春年上の男性と結婚。とあることから恵助に依頼する。

晋  恵助、桐の友人。 隣県に移住した。妻子有。

文成  恵助、晋とは旧知の仲。筋肉隆々の男。

李依  桐の近所に住む学生。桐とは姉妹に近い程仲が良い。今どきの子らしく物言いが鋭い。恵助を疑う。

沢城 恵助にペット探しの依頼をした女性。恵助より2、3年上。ちょっと抜けてる?

一徳 桐の夫 疑惑の張本人。

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