疑い8 第二章 終

文字数 2,044文字

捕獲機の中でじたばた暴れまわる三毛猫を沢城の元へ返す。
途中マンション内の通路歩いていた際に鳴き喚く捕獲機を抱えた私を驚きと疑いの目にかける住人の視線が刺さった。すみません、これも日銭を稼ぐための仕事なのです。
早すぎた帰りに沢城はきょとんとした顔で恵助を見つめた。沢城には玄関に隙間を空けて自分と飼い猫の臭いがする物と餌を用意して待機して貰うようにお願いしていた。沢城はまだ準備の途中だったようだった。脇に抱えた捕獲機の中に入っているのが飼い猫だと察知した沢城は捕獲機に飛びついた。
「もうー!!。心配したのよー。どこいってたのーー」
「裏庭に隠れてましたよ。あそこなら隠れる場所も多くて安心できたのかもしれません」
「あらそう?裏庭なら昨日探したんだけどなぁ。怖くて出てこれなかったのかなぁ」
先程まで敵意剥き出しだった三毛猫は今では飼い主の膝元でゴロゴロと喉を鳴らし、安堵の顔を見せる。心なしか恵助に感謝の気持ちを伝えているかの様にも見えた。いや、勘違いかな。
「まだ敷地内に隠れていたので思ったよりも早く見つける事が出来て良かったです。マンションから離れてたらかなりの時間を要したかもしれません」
「ホントありがとう探偵さん!この子は私にとってはもう家族みたいなものだから」
「待ってて。今すぐお茶用意するから」
沢城はいそいそとキッチンへ向かいお茶の用意を施し、汗だくの恵助にタオルを貸し出した。
洒落た品のあるモダンな家具とすっきりと整頓された棚はモデルルームさながらと言った所か。ところどころ余白のある空間は彼女が洗練されたセンスを有している女性と伺えた。
ソファの横に位置するローテーブルの上に男物と思わしきネクタイピンがポツンと置かれていた。女性が付ける事はないはず、ここに置かれているという事はこのネクタイピンの持ち主も最近この部屋を訪れたのだろうか。流石にこれだけの美貌を持っていながらシングルでいる事はないだろう。さぞこの上ない充実感がその男の生活を満たしている事であろう。
「あぁそれ?実は昨晩もあの子を探しに行ってたの。一緒に探してたんだけど結局見つからなくて知人が帰った後に下に落ちてたから拾ったの。」
「裏庭に落ちてたのよ。あそこって夜は不気味だから一人だと不安で」
時折寂しげな目をして語る沢城も気になる所ではあったが昨晩見つかってしまっては危うく今日の仕事が無くなる所だったではないか。そこだけに関してはこの飼い猫は本当に良い仕事をしてくれたと心の中で拳を軽く握った恵助もまた明日の生活には不安なのだ。


そしてお話好きな彼女の話を遮る事も出来ず長居してしまった沢城の家を出た時には空は夕焼け模様だった。今日の仕事はこれで終了。人助けの余韻に浸る恵助にはこの夕日が染みた。
今日も桐の旦那の調査に向かおうか頭を悩ませるが先日の小さな追跡者がまだ私を警戒している事を予想すれば少しの間、桐の自宅近辺には立ち入らぬ方が賢明だろうと判断した。また通報する等と騒がれては本末転倒だ。今日は大人しく帰ろう。帰宅するサラリーマンや学生たちが入り混じる電車に乗り込んだ。黒と紺が入り混じる群衆の中、同じホームに見覚えのある、あの日通報ボタンを押しかけた小さな追跡者らしき人影にドキリとした。やはりこの判断は正しかったと培ってきた探偵の勘に感謝しそっと胸を撫で下ろす。

帰りはスーパーで晩御飯を調達し日課の晩酌でもしながら今後の計画でも立てよう。
あの追跡者にまた遭遇する事があった場合の時には、なにかしらの口実でもつけた方が良いだろうか。桐の旦那の身辺を洗う為に身近な人間に聞き込みを強める方が良いだろうか。いっそ朝から晩までつけまわすアナログな手法で行くべきか。突然のイレギュラーの登場から調査の進捗が思ったより進んでいない恵助は自らに苛立っていた。
恵助の苛立ちはアルコールの進みを早め、すでに酩酊に近い状態となり果てていた。
彼女を救う事は出来るだろうか。換気扇が回る音、静寂した空間に電子音が鳴った。

♪~♪~♪~
画面に表示されたのは先日会ったばかりの今では隣県に移住した晋からだった。
こいつから電話が来るって事は飲み会の誘いだろうか。隣県と言っても電車を使えば1時間程でこの街に到着する事から不思議と遠く離れた気はしなかった。
「恵助か?ちょっとお前には言っといた方が良いかなって事があるんだけど今日これから会えないか?」
「なんだぁ?電話じゃダメかぁ?嫁からのチェックは外れたのかぁ」
「お前もう出来上がってんじゃねぇか。まぁいい、仕事の都合で近い所まで来てるからちょっと顔出せよ」
「えぇー。今日はもう汗だくになるまで労働したからなぁ」
「そう言うなよ。お前にしか言えねぇんだよ。・・・桐の話なんだよ」

酩酊気味で脳髄まで浸っていたはずのアルコールが蒸発したかの様に消え、恵助は急いで事務所兼自宅のオンボロを飛び出した。何かがある気がして。
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登場人物紹介

恵助 しがない探偵 主な仕事は浮気調査と人探し。 学生時代の初恋の女性を忘れずにいる。

桐  恵助の初恋の女性。今春年上の男性と結婚。とあることから恵助に依頼する。

晋  恵助、桐の友人。 隣県に移住した。妻子有。

文成  恵助、晋とは旧知の仲。筋肉隆々の男。

李依  桐の近所に住む学生。桐とは姉妹に近い程仲が良い。今どきの子らしく物言いが鋭い。恵助を疑う。

沢城 恵助にペット探しの依頼をした女性。恵助より2、3年上。ちょっと抜けてる?

一徳 桐の夫 疑惑の張本人。

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