第一章 再会1

文字数 1,404文字

昨夜は10年ほど前、青学生だった私が想いを寄せていた女性が入籍をしたとの連絡があった。
どうにも落ち着かずにウィスキーあおり
ベビーチーズを未練がましくジリジリとかじっていた。
背中を丸め、ただ光る文字が流れるテレビを見る姿は醜い獣そのものだっただろう。
そんな私が彼女に対し恋慕を抱いていた事実こそがさも厚かましくも思えた。

酩酊した夜は軽やかな風も通り、木の葉が擦れる音が心地良かった。
オンボロ事務所の窓をコツン、コツンとノックした。
その時ばかりは彼女への思い出した恋慕から来た恥じらいも薄らいでいた気がした。
ウィスキーをあおりながら思い出す、当時の青い自分と想っていた彼女を
彼女とは学校を卒業して以来一度も会うことはなかった
いや、会う勇気がなかった。
日々を安寧と過ごし「何か」に期待していただけの学生時代を胸が締まる気持ち
もうやり直せない苦い思い出がよぎる。


それは私がまだ初々しい頃、盆地の冬、バレンタインだ。
男どもがもやもやと浮かれ雪がしんしんと積もる正午
いつもの友人とは 「今日なんか興味ない」
見え見えの虚勢を張り合いながらトイレと向かった。
しかし思春期真っただ中の少年たちは遂に我慢できずに口火を切り出し今日の成果を口にする事になる。
「おまえ、どう?」
「あるわけないだろ。 そっちは?」
女性不可侵の空間には青臭い話題の匂いがぷんぷんと漂っている有様だ
飄々とした者もいればとにかく1個は是が非でもと気を揉む者もいる
優越感に浸れるのは彼女がいる者、もしくは既に「頂戴した」者と多様な人間模様の有様だ。
もちろん私は「頂戴していない」者になる。
なにがバレンタインデーか、結局は男子として魅力ある者とそうでない者を分別する為にある審判ではないか
僻み、妬み、羨望、そしていつかは自分も、と躍起になる男らしさは私には無かった。
いや、努力をしなかったのだ。

結果は目に見えていた事だとイジケ、「頂戴していない」友人と足取り重く「頂戴出来ない」分別室へと鈍足を辿った。

このままでは惨めになる。
憂鬱な話題を変えようと足りない頭を回していた時だ。


 私の毎日使う机の上にある長方形のど真ん中、オレンジ色のビニールで包まれた小さな一 欠けらの物体、今日何よりも欲していた物がそこには置かれていた。


消しゴムよりやや小さめの小振りかつささやかな包みの贈り物。
ソレと見るや心臓が喉まで上がるような驚きと歓喜
まさか自分がと先ほどまでの湿っぽさに申し訳なくなる気持ちで一杯になったのを覚えている。
そんなまさかと、そんな馬鹿な、誰かの罠に違いない
私が小躍りするものならクラス全員で嬉々として嘲笑するのではと疑念にかられ
床から廊下、用具入れから窓ガラスへと視線を移す。
おかしいと首をかしげた私を、可笑しいと口角をニヤッと上げたクラスメイト
窓際に固まったニヤリとする女子たち、おののく男子たち

 「お前にあげたいんだってよ、桐が」

少年だったころの想い人から淡い気持ちに嬉しくも小さなビニール包みの好意を意地か恥か素直に受け止めなかった日を苦い過去を思い出しては胸ははズキンと突かれたようだ。
嬉しさ、恥、突然の福音に私は自ら渇望した幸福を前に分別室から逃げるように走り出した。

それがやり直せないあの日。
苦く、青臭い、10年以上も前の事だった。
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登場人物紹介

恵助 しがない探偵 主な仕事は浮気調査と人探し。 学生時代の初恋の女性を忘れずにいる。

桐  恵助の初恋の女性。今春年上の男性と結婚。とあることから恵助に依頼する。

晋  恵助、桐の友人。 隣県に移住した。妻子有。

文成  恵助、晋とは旧知の仲。筋肉隆々の男。

李依  桐の近所に住む学生。桐とは姉妹に近い程仲が良い。今どきの子らしく物言いが鋭い。恵助を疑う。

沢城 恵助にペット探しの依頼をした女性。恵助より2、3年上。ちょっと抜けてる?

一徳 桐の夫 疑惑の張本人。

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