疑い3

文字数 1,024文字

誰にも打ち明ける事が出来なかった真っ暗な溝を二人の間では公にした彼女は心なしか事務所を訪れた時より喉につっかえた者が取れた様にすっきりとした面持ちだった。
「じゃぁ何か分かったら連絡頂戴。私の連絡先はコレね。恵助の連絡先まだ繋がるか分かんないし」
彼女が差し出すメモに記された数字の羅列は10年以上も前に交換した時のままだった。
私は桐の筆跡がまだ新しいメモを愛おしくポケットへしまう。
彼女が事務所を後にし、街へと消えていく。まだ蝉が鳴くには早い、彼女に目を外せずにいた。

彼女の姿が消えたころ、これからどうしたものかと桐の夫の情報をまとめる。
夫は毎朝同じ時間にお気に入りの車で出勤。そつなく業務をこなし、昼は妻の弁当で同僚と昼食を摂る、午後は外回り等の業務もなく社外に出るタイミングは限られているはずとの事。唯一オフィスから出るとすれば会社敷地内にある喫煙所で煙草をくゆらす事くらい。終業後はパチンコ等の公営ギャンブルは嗜まない事、飲酒を想定とした会食に同席する事を苦手とする性格から特別事情でもない限りまっすぐ帰宅するのが定石とも思える。
桐の夫は想像とは裏腹に質素な生活を好む嗜好があるのかと仮定する。
一見この手の男は派手な外見の異性、流行りのスポット、その他流行などの類にはあまり触手が伸びない性格と考察するが自分にはないものを持っている異性に惹かれるのもまた人間として当たり前の欲求だとも思える。
普段は自らの奥深くに眠る性癖が時として暴発するのもまた人間としての本能であると。
ありとあらゆる可能性、意外性をあらかじめ想定しておき、そして気が遠くなる程の調査、思考を折り重ねて結果を産む。こうしてアナログながらも紙一重の実績を重ねた結果にこうして桐が相談に尋ねただけでも恵助の口角が上がる。
いけない、彼女はまだ救われていないのだから。


依頼を受けた以上「浮気探偵」として必ず成果を取る。
桐の旦那の情報を携帯に転送しドアノブに手をかけた。この調査が例え彼女にとって最悪の結末を迎えても彼女の人生はまだ満ち足りて欲しいと。彼女を救う。彼女を現実に嬲らせぬ。

~~ご用件、承ります。ご連絡は下記に 080-xxx-xxx~~

酩酊した晩に磨いた革靴のつま先が鈍く光る。進めと。
歩く、その足裏伝わる躍動感じる。そしてこの胸の鼓動はなんなのか。
ただ分かる、私は下衆だと。 

私の胸に薄暗く潜んだ。私のリビドーが。



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登場人物紹介

恵助 しがない探偵 主な仕事は浮気調査と人探し。 学生時代の初恋の女性を忘れずにいる。

桐  恵助の初恋の女性。今春年上の男性と結婚。とあることから恵助に依頼する。

晋  恵助、桐の友人。 隣県に移住した。妻子有。

文成  恵助、晋とは旧知の仲。筋肉隆々の男。

李依  桐の近所に住む学生。桐とは姉妹に近い程仲が良い。今どきの子らしく物言いが鋭い。恵助を疑う。

沢城 恵助にペット探しの依頼をした女性。恵助より2、3年上。ちょっと抜けてる?

一徳 桐の夫 疑惑の張本人。

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