疑い7

文字数 1,852文字

事務所から電車を乗り継いで1時間ほど移動し隣街にある新興住宅が今日の依頼人の所在地だ。
私や桐が住む街とは違い真新しい駅、平日の昼下がりでも賑わいを見せるメイン通り、個性豊かな個人商店に多くの若人が目立つ。辺りは色鮮やかの看板が街を彩っとていた。
依頼人の自宅は駅から徒歩15分程歩いた閑静な場所に位置するデザイナーズマンション。
近代的な構造物の壁面には動物を模した彫刻が貼り付けにされ見る者を驚嘆させる。
ピッピッピッ――
「はぁい。どちら様ですか?」
「先日のペット探しの件でお伺いしました。探偵事務所の者です」
「恵助さん!?お待ちしてました今開けますね」
この手のマンションでのやり取りはやはり慣れないままだ。今までこんな最先端な物件に住んだ事がないコミュニケーション能力も低い私には今後も無縁な代物だろう。
品よく設計された館内をいつもより気持ち背筋を伸ばして依頼人の部屋まで到着した。7階建ての2階が依頼人の住居だった。重厚なドア、飼い猫が一匹で開けるのは無理があるだろう。
インターホンを鳴らし、依頼人の迎えを待つ。
「こんにちわ。暑いからまずは中にどうぞ。お茶をお出ししますね」
「こんにちわ。ありがたく頂戴します」

依頼人 沢城 女性 独身 
恵助よりも2,3は年上の麗しい女性。ロングヘアで愛嬌のある表情。大抵の男は道ですれ違えば自然と目が行ってしまう程の恵まれた容姿をしている。いつも自然な笑みを浮かべる朗らかな女性。
この女性の家に入れるだけでも光栄な事なのかもしれない。

「ご依頼のペット探しですがまだ近所に潜んでいる可能性がありますので今日は自宅近辺を捜索します。おそらく見慣れない場所にまだ怯えて留まっているかと」
「あらそうなの。呼び掛けは何度もしたんだけど大丈夫なの?」
「軽いパニックになってる事もあります。飼い主の呼び掛けにも反応しない事があるので沢城様の声に気づいても動けない状況なのかもしれません」
「じゃあ早く見つけてあげないと。あの子臆病なのインターホンにもビックリしちゃうから」
「目標は今日中に確保する事です。準備次第捜索に向かいますね」

沢城とのお茶を終え持参したペット用の捕獲機に飼い猫が使っていた毛布を敷きペットボールにお気に入りの餌をふんだんに盛り付け準備は完了。日差しが強くなっていき外気に纏われた恵助のシャツに染みを一つ二つと増やしていった。
狙いは人気もなく日の光が当たりづらい物陰。このマンションは駅から帰宅する人が多く通る道沿いに位置するので通り沿いは選択肢から外す。建物の裏側は緑化されており高木や低木がイングリッシュガーデンの様に所狭しと佇んでいた。普段はあまり人気のあるポイントではなく最近業者が入った形跡もない事を考慮すれば第一に裏手を捜索するのがセオリーだろう。
ところどころに群生した植物、穏やかな木漏れ日が静けさを演出した絶好の隠れ場所。
緑化面積の手前にあるツツジの低木付近に捕獲機を設置し飼い猫の名前を呼んだ。
無暗に大きな声を立てればパニックを助長する事から優しく穏やかに呼びかける事が鉄則であると数々の経験から得た教訓。これもまた人助け、いや猫助けである。

飼い猫を呼び始める事数分。うっそうと生い茂るツツジの花が揺れるのを捉える。
かすかに揺れたであろうポイントに捕獲機を移動しゆっくりと体を屈ませた先にでっぷりと肥えた三毛猫を発見した。飼い猫は目をまん丸と広げ、得体の知れない生物に怯えていた。
恵助は優しく穏やかに飼い猫の名を呼び、飼い猫が愛用した玩具を揺らす。警戒を強めていた飼い猫が己の欲望に打ち負かされるまでそう多くの時間は掛からなかった。忍び足でこちらへの警戒を怠らずゆっくりと目標へと足を運んだ。ここまで来たらこちらも大きくは動けない。飼い猫が確実な距離まで近づくのを待ち、捕獲機の餌まで口を付け始めるまでドアの引き金は引けない。入口付近まで来た飼い猫は自らの臭いが立ち込める捕獲機を十分に臭いを嗅ぐ。
警戒を解き始めたのかお気に入りの餌へと軽いステップを踏む。既に飼い猫は捕獲機の中。
飼い猫が餌に口を付け始めた瞬間に恵助は捕獲機のドアをがちゃりと落とした。
何が起こったのか理解出来ない飼い猫は餌に口づける事無く三色の毛を逆撫で恵助を威嚇した。
フーーーッッ! 牙を向け額に大きく皺が寄った肥えた飼い猫。
すまぬ、これも仕事だ。

依頼はあっけなく終わった。私は捕獲機に布を被せた。
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登場人物紹介

恵助 しがない探偵 主な仕事は浮気調査と人探し。 学生時代の初恋の女性を忘れずにいる。

桐  恵助の初恋の女性。今春年上の男性と結婚。とあることから恵助に依頼する。

晋  恵助、桐の友人。 隣県に移住した。妻子有。

文成  恵助、晋とは旧知の仲。筋肉隆々の男。

李依  桐の近所に住む学生。桐とは姉妹に近い程仲が良い。今どきの子らしく物言いが鋭い。恵助を疑う。

沢城 恵助にペット探しの依頼をした女性。恵助より2、3年上。ちょっと抜けてる?

一徳 桐の夫 疑惑の張本人。

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