再会8 第一章 終

文字数 1,651文字

 晋と文成と別れフワフワとおぼつかない足取りで駅へと向かう途中酔い覚ましの為に買ったミネラルウォーターを休憩がてら道中の公園に入り充実した今宵の余韻に浸っていた。片手のスマートフォンには同窓会の際に撮った集合写真が写っている。彼女の部分をズームしうっすらと笑みが零れた。今日この日、彼女と再会した事。彼女と隣に座った事。彼女と会話したこと。
煙草に火を付けふぅーっと煙を吐き出す。彼女はもう既に他の男と結婚し、これからは抱えきれないほどの幸せを旦那と育んでいくのだ。他人が踏み入ってはいけない彼女の人生がある。未だ彼女に対し未練がましい感情が残る自分に対し惨めさが募る。
このままではいけないのだと。
 その時、胃から押し上げる圧迫感で呼吸が苦しくなりベンチで腰かけた私のピカピカの革靴をめがけてぼぉーっと吐瀉物が排出された。胃液、喉が焼ける痛み。大量の冷や汗が襟を濡らし。目の前の吐瀉物を見るや自分が情けないチンケな人間だと真っ黒な虚無感が胸を締め付ける。
 「うげ、きったなぁ」
そこには制服を着た若い女性が嫌悪感を前面に表した顔で私を見下ろしていた。
こんな醜態をさらしてまで堂々としていられる程神経が太くない私はただバツが悪そうに視線を反らした。
ザリザリと公園の砂が擦れ、チッと舌打ちをしたであろう女性の足音が少しずづ小さくなっっていく。人影が見えなくなるまで私は動けずにただただ自分を恥じた。

あぁ、情けない、と。


 
醜態を晒しあげた翌朝、昨晩の反省、二日酔いにつき鈍痛が響く脳天。
コーヒーを啜りながら先日の案件であった調査報告書を作成する。
結果は黒。旦那の浮気は照明された。妻が夫に対し疑念を抱いたのは3か月程前の事でそれまでは定時退社、アフター5は子供と風呂に入り、その後は家族団らんで食事を摂る。夜は子供が寝るまでゲームや玩具で遊んでやる。週末は家族でお出かけといった絵に描いたような充実した家族だった。
浮気相手は興味本位で始めたSNSを通じて知り合った同い年の独身女性。
はじめは月に1回ほど就業中のランチタイムで食事を摂る程度の仲だったが気が付けば会う頻度は増えていき妻が疑い始めた時には既に出来上がった後だった。定時退社した後に彼女の車で隣町の飲食店で会食後、県境にあるラブホテルで1,2時間の休憩を取る流れがお決まりのパターンだった。
証拠写真を撮影して為、あとは報告資料に証拠写真添えてを依頼人に提出。これでわが社の依頼は達成。この妻である女性の人生が今後どうなるかは探偵にとって知った事ではないが今回の依頼人は大層夫を愛し、信じていたのだろう。夫が別の女性とホテルから出てくる証拠写真をみた直後、彼女か流れる数滴の涙が資料を滲ませていた。涙が頬を伝う、目をこじ開け皺が寄るほど力強く資料を掴むその顔は最愛だった夫との関係に終止符を打つ覚悟があった。
子供を一人で育てていく覚悟。彼女の目からは腹を括った芯の強さと家族を裏切った旦那への怒りを今にもぶちまけそうな程危ういものだった。
いくつかの補足を加えた後、紅茶を一気飲みした彼女はオンボロ事務所のドアノブに力強く手をかけハンドバッグに入れた証拠と共に事務所を後にした。
しゃんと背を伸ばし、確実に未来へと目掛けて街角へと消えていく姿を窓辺から見守った。
ただ彼女も一人の人間として幸せであって欲しいと願い。

報告が終わった後はいつもナイーブな気持ちに駆られた。またいつもの様に他人を救ったかの様に思えるがそれとはまた別の他人の人生に間違いなく幸せに満ちた生活に終わりを宣告した役割を自分が担ったのではないかと。

仕事を片付けしばし余韻に浸ろうと煙草に火を付ける。

コンコン 

ボロのドアからノックが聞こえる。ドア窓に映る黒髪で線の細い体、しゃんと背筋をのばした姿。忘れるはずのないあの日憧れた声が静寂したオンボロ事務所に響く。
 
 
 
 「こんにちわ、恵助。ちょっと良いかな」

第一章 再会
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登場人物紹介

恵助 しがない探偵 主な仕事は浮気調査と人探し。 学生時代の初恋の女性を忘れずにいる。

桐  恵助の初恋の女性。今春年上の男性と結婚。とあることから恵助に依頼する。

晋  恵助、桐の友人。 隣県に移住した。妻子有。

文成  恵助、晋とは旧知の仲。筋肉隆々の男。

李依  桐の近所に住む学生。桐とは姉妹に近い程仲が良い。今どきの子らしく物言いが鋭い。恵助を疑う。

沢城 恵助にペット探しの依頼をした女性。恵助より2、3年上。ちょっと抜けてる?

一徳 桐の夫 疑惑の張本人。

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