ロンドン塔在城五日目──さすがのカリナも退屈と
鬱憤が溜まってきていた。
仕方なしとばかりに、今日は裏庭の
薔薇園で
暇を潰す事とする。
彼女にとっては、
貴重な憩いの場所だ。
「わあ!」あまりの華やかさに、レマリアが目を輝かせた。「カリナ? おはな、いっぱいよ?」
「まあな」
「これ〝おはなばたけ〟よ?」
「……
薔薇園だ」拙ない解釈を訂正しながらも、はたと思い起こす。「ああ、そうか。オマエを連れてきたのは、今回が初めてだったな」
「そうよ、はじめましてなのよ」
「この場所を見つけたのは、敵情視察を兼ねた城内散策の際だったからな。つまり、その頃は日々サリーに預けていたはずだ」
「…………」
「…………」
「………………」
「…………何だ?」
「……カリナ、ずるい」
「別に
狡くはないだろう」
手入れの行き届いた
薔薇達の香りは、確かな〝生〟を謙虚に微笑んだ。その微々たるも強い自己主張を感じながら、心静かにくつろぐ時間──それは悠々と流れ過ぎ、
頑なに攻撃性を鎧とする少女の気構えを裸にさせた。何処に於いても
忌避される疫病神の、人知れぬ
慰めでもある。
園の中央に設けられているのは大理石造りの
東屋。その内には石卓が据えられた仕様となっている。
背高く囲む
薔薇の生け垣は、赤と黒のコントラストが美しい。それは保養意識のみならず、周囲から視界を
遮るプライバシー保護壁としても機能していた。
石卓へと席を取ったカリナは、頬杖ながらにレマリアを見守る。
幼女は色とりどりの
薔薇に強い好奇心を向け、
生の花弁や葉に触れては喜んでいた。
「ま、感受性を育てるに自然は大事か」
柘榴を嗜好しつつ、独り納得に落ち着く。
「やはり此処にいらしたのね?」
不意に鈴音のような美声が向けられた。
それを耳にした途端、カリナは鎮静化していた気性を呼び起こす。正体知れぬ声の主を、敵意と警戒心が追い睨んだ。
と、カリナの表情から敵対的な険が消える。
別方角の入口から訪れた麗姿は、カーミラ・カルンスタインであった。
「探したわよ? カリナ・ノヴェール」
白い高貴は慣れた足取りで
石畳を渡り、
東屋へと歩み寄る。
「何か用かよ」
「そうねえ、例によって〝
暇潰し〟かしら?」
さらりと
棘を流し、そのまま正面へと相席する。
カリナが露骨に牽制を向けるも、カーミラは気にも留めていない。柔らかな
微笑みで
避わすのは、どうやら彼女の得意技のようだ。
この数日間、少女城主は宣言通り〝
暇潰し〟を
興じるようになっていた。時間にしてそれほどでもないが、
暇を見つけてはカリナの
下へと訪れている。日々募る
鬱積にとって、この世間話は
至極有益な時間のようだ。
「〈レマリア〉は、御元気?」
「フン、あそこにいるだろうさ」
生の息吹に一喜一憂する無邪気を、カリナは投げる目線で示した。
それを
一瞥に追ったカーミラは、
然して関心を抱かぬまま話題の転換を
促す。
「
随分と此処が御気に入りのようね?」
「最初の内こそは物珍しく見る場所も多々あったがな。次第に飽きが生じてきたのさ」
「あら、そう? ロンドン塔は格調高い内装を意識しているのだけれど……
貴女の
御眼鏡には叶わなくて?」
「同時に、幽然とした虚無感が蔓延している。
至る空間は日常的に霊気を帯び、どうにも
辛気臭い。活気の欠落ってヤツだな」
安っぽい自賛へと
一矢報いてやった。
カーミラが柔和を含んだ
苦笑いに肯定する。
「そこは無理もないかしら。何故なら〝活気〟とは、
即ち〝
生ける者の活動力〟ですからね。
如何に
生者と近しい存在ではあっても、城内に住まう者達は〈吸血鬼〉──わたし達〈
不死者〉には、真の意味での〝
生命〟など内在していないもの」
「そうした
侘びしさが満ちる城内に於いて、此処には唯一〝
生命の
息吹〟が在るのさ」
「そろそろ城外へと出向きたいところかしら?」
見透かすような
鎌掛けは正直面白くない。カリナは不機嫌そうに顔を
背けた。
「
如何に私でも、キサマとの約束を
反故とする気は無い」
「あら、嬉しいわ。一応は、わたしの立場を
尊重してくれているのね」
小悪魔的に
喜色を浮かべると、カーミラは薄暗い空を仰ぎ眺めた。
覆う暗闇は相変わらずだが、雲間には微弱な陽光が
射している。
されども、それは重厚な闇の濃度に呑まれ、全体的な光景としては
灰暗い。
「今日は比較的明るいわね」
「真っ昼間から巨眼が
鬱陶しいが……な」
永劫に晴れない闇とはいっても、時間帯による微少な変化は存在する。日中にはうっすらと霞掛かった陽光が差して曇天
宛らになるし、
黄昏刻ならば黒雲の波間にまばらな夕陽が茜の
彩りを添えた。いずれにしても、黒雲は邪魔立てる。
「
闇暦世界への変貌に感謝するとしたら、日照死の怖れなく陽光を拝める事かしら。ダークエーテルのベールによって弱体化した
陽の光は、もはや吸血鬼を焼き殺す威力を発揮しないし……」
「キサマのような〈
血統〉には関係ないだろうよ」
軽く鼻で笑う。
「あら、よく
御存知ね。わたしの事を……」
「名だたる〈怪物〉に限っては、基本的な情報を頭へ叩き込んである。でなければ、物騒な
闇暦を渡り歩けるかよ」
カリナが
指す〈
血統〉というのは、
始祖たる〈
原初吸血鬼〉の
直系子孫の事だ。吸血鬼の歴史は
原初吸血鬼から始まった。ギリシアの大蛇妖〝エキドナ〟や、ヨーロッパ圏の悪魔女王〝リリス〟等──多くの
原初吸血鬼は、神話上の存在と化している。もはや〈魔神〉とでも称する方が
相応しい。
とはいえ〈
血統〉は、直接的な親子関係になるわけはない。悠久の世代を越えた
隔世遺伝である。
「実際に陽光で死ぬのは〈覚醒型吸血鬼〉──つまり、
血液嗜好症や猟奇殺人鬼といった異常
癖性からの突発的転生だ。
故に〈魔〉として脆弱なのさ。人間としての側面が色濃く影響する分、吸血鬼としての特性は薄まるからな。対して、オマエや〝ドラキュラ〟とかいう
老い
耄れは〈
原初吸血鬼〉の
呪血を受け継ぐ者──なればこそ、魔性として強力なのも道理だ」
「
貴女の言う通りね。事実、わたしは昼でも活動していたもの」素直に肯定しつつも、カーミラは
物憂いを落とす。「けれど、多くの吸血鬼は違う。やはり陽光で死ぬのよ」
「フン、そいつは自分が稀少種だという自慢か?」
「まさか? むしろ逆。共感者がいないというのは、とても残酷な事なのよ」
「ま、現在主流と
蔓延る吸血鬼は、総じて〈覚醒型〉だからな」カリナは軽い共感に肩を
竦めた。「あの
髭面共が〈
吸血貴族〉などと物々しい肩書きを飾ったところで、
所詮は〝
高位吸血鬼〟──キサマとは根本的に別格だ」
「だからこそ、
憂鬱なのよ」
虚しさを
吐露するカーミラ。「だって〈吸血鬼〉という特異存在に在っても、自分だけが
殊更に特異なんですもの。この孤独と
疎外感は、
貴女に分からないでしょうけれど……」
「対価として、それほどまでに強い魔力を宿している。少しは祖先に感謝してやれよ」
「望んでいなくっても?」
「そうだ」
流浪旅の実体験に
基づく持論を、カリナが
毅然と示す。「
闇暦に
於ける絶対的な正義は〝生き延びる事〟だ。そして、それを
為すには〝強さ〟が不可欠。オマエには、それが
天賦として
備わっている。それも誰もが
羨むような〝圧倒的な強さ〟がな。それだけでもオマエは幸運なのさ。望めど叶わず死んでいった連中の無念を、私は腐るほど見てきた」
「そうかしら?」
腑に落ちない様子で唇を
尖らせ、カーミラは
解れ
毛を梳き遊んだ。
一方で、白き
血統は思うのだ──「では、その〝わたし〟と対等に思える
貴女は何者?」と。
ややあって、彼女は強引に気持ちを切り替えた。
「ねえ、カリナ?
貴女、この現世が〈
闇暦〉になった経緯を
御存知?」
「
随分と唐突だな。世に言う〈
終末の日〉か? 事の起こりは、旧暦一九九九年七の月だろう」
「そうよ。無自覚にも〝大天使エノクエルからの
啓示〟を受けた
啓蒙者──確か〝ノストラダムス〟といったかしら──は、終末予言として世界中に
警鐘していた。何世紀も前からね。にも関わらず、
俗世の人々は真剣に受け止めなかったのよ。わたし達〈怪物〉にしてみれば、
幸いだったけれど」
「それさえも
試練だったんだろうよ。人類の信心を見極め、存続価値を
篩に掛けるためのな。
神界の奴等は、ほとほと格差選別が好きなのさ」
「結果、アレが姿を現した……魔界の
深淵から、地上に
蔓延する〝
驕り〟と〝
堕落〟を
道標として」カーミラは
闇空の支配者を
疎み、睨み据える。「自らを〈門〉と転じたアレは、魔界の気〈ダークエーテル〉を現世へと呼び込んだ。それがきっかけで、多くの人々が死んだ──それこそ〈ヨハネの黙示録〉のように」
「アレこそが〈黙示録の獣〉だとでも? そんな
高尚なモノではあるまいさ」
興醒めに
柘榴を
齧った。
「そこまで買い被るつもりはないけれど、
アレが人類文明を壊滅させた張本人なのは事実じゃなくて? 地上に
蹂躙したダークエーテルが、人々の
生命を次々と奪ったのだから──その生命力を自らの
糧と吸い尽くしてね」
「あらゆる接触対象から〝生命力〟を
搾取吸収していく性質……か。ま、遠因的には間違っていないな」
「でしょう? 無差別に増産される〈デッド〉の
群勢も、ダークエーテルの性質が影響を及ぼした副産物に過ぎないんだし。
万事に影響を
及ぼしていると言ってもいいわよ」
一転して、カーミラは暗く沈む。
語り聞かせるのは、忌まわしい回顧。
「遅々と地表を浸食するダークエーテルの濃度は、現在の比ではなかった。発揮する性質も〝
魔気〟の別称に恥じぬ恐るべき猛威だったわ。老若男女問わず餌食とし、逃さず
枯渇させていく──それを
糧として
更に増殖し、
卑しい
飽食の勢いを増した。
無形の死神は、あらゆる場所で
鎌を振り続けたわ。ただひたすらに──
貪欲に────」
「そして、ダークエーテルの
干渉下で死んだ人間は、その場で〈デッド〉と
化す。止まる事を知らぬ負の連鎖だな」
「
唯一幸いだったのは、建物屋内へと進入できないというダークエーテルの法則──つまり〈魔〉としての
理ね。わたし達〈吸血鬼〉が、家主に招き入れられない限り屋内へと踏み入れないように。人間達が依存する科学的合理性などは無いけれど」
「
故に籠城した人間だけは、
辛うじて死の
顎から
免れた。
闇暦に
於いて、人類が死滅せず生き残った
経緯だな」
カーミラの瞳が、
儚げな悲哀を宿した。
「ひどい
有様だったわ。〈魔〉に属するわたしが言うのも何だけれど、それこそ地獄絵図よ」
「ああ、そうか。オマエは
直に見ていたのか」
「その頃には、このイギリスを活動拠点にしていたの」
「他の〈怪物〉とは異なり〈吸血鬼〉は、人間社会へ依存する傾向が
顕著だからな」
「あら、共に
在ると言っても良くってよ」
悪戯っぽく
微笑する。
が、それも一瞬。
再び物静かな抑揚へと染まり、カーミラは語り続けた。
「〈
獣人〉ならば野山に
還ればいい──〈
妖精〉は
豊かな自然で集落を
築けばいい──〈
悪魔〉なら
伏魔殿から現世を
嘲ればいい──そして〈デッド〉のような単なる〝
死人返り〟ならば、場所を選ばず
徘徊していれば済む話。けれど〈
吸血鬼〉は、そうではないわ。何故か
御分かり?」
「
無二の
糧として〝
生き
血〟が欠かせぬ事も、要因には大きいが……それ以前に我等の生前が〈人間〉そのものだからだろうよ。要は長らく〈人間〉として
培った生活風習や文化的価値観が、その根底から抜けきらないからさ」
「御名答」淡く
苦笑う。「わたし達は人間を
脅かす〈魔〉でありながらも、人間社会とは切り離せない〈魂〉でもあるわ。
故に吸血鬼の活動基盤は、常に人間社会の内に求められてきたのよ」
「だからオマエは、
己の
懐古主義を再現せんと
模索する──笑えんな」
「あら、それって皮肉っぽくてよ?」
「皮肉だよ」
向けられる
毒気を流し、カーミラは続けた。
「思い出しても
憂鬱になるわね。人間側も軍隊を派遣して応戦するも、その武力抵抗は意味を為さない。無尽蔵に増殖するデッドの
群勢には、科学準拠の武装なんか焼け石に水──ただひたすらに銃声と
血飛沫と断末魔が、街を染めていったわ」
「当然だな。
如何にデッドとはいえ、本質は〈
超自然的存在〉だ。
況してや
唯物論主義に準じて発展した〝同族殺し〟などが、人外に通用するものかよ」
カリナの
嘲りは正論だ。冷徹ではあるが……。
「地上の
至る場所で混乱と争乱が支配し、逃げ惑う人々もパンデミック化を拡大していったわ。思いやりや美徳なんか、かなぐり捨ててね。老人や子供連れを進路障害と
云わんばかりに暴力で
剥ぎ捨て、我先にと逃げ惑う。その浅ましい
様は、わたしが
想い
抱く〝人間像〟とは掛け離れていた。そんな光景を
目の当たりにして思ったわ。もはや理性を
欠いたケダモノでしかない……と」
当時の惨劇を
想起すると、カーミラは必ず思い出す物があった。
瓦礫の廃墟と
化した街角で拾った〝テディベア〟だ。
しかし、
辺りを見渡し捜せども、その幼い御主人様は見つけられなかった──それらしき
肉塊しか。
未曾有の混乱に壊滅した
街並には、人の姿など
微塵も無い。おそらく〝人だったであろう物体〟が多勢に
徘徊し、
或いは路上投棄されているだけであった。
篭もる大気は強烈な火薬の
残り
香に染まり、見通しも
煙たく
濁っている。銃撃戦の
名残だ。
そんな中で入り交じりに感じる
血臭は、けれども彼女の食欲をそそる事がなかった。
苦い回想へと泳ぐカーミラの意識を、冷淡な
達観が連れ戻す。
「それもまた本性だから〈人間〉ってヤツは怖いのさ。
老若男女問わず、誰しもが
心底に秘めている。実際、
幾多もの〈怪物〉が
排斥されてきた旧暦時代の史実には、そうした暴徒による強襲ケースも少なくない」
柘榴を
啜り、カリナは渇きを
潤した。決して満たされる事などない渇きだが……。「
苛烈に高ぶった激情任せの狂気は、時として〈怪物〉を上回る残虐性を
奮う。それは人間同士の事変でも
窺う事ができるだろうさ。例えば〝セイラムの魔女狩り〟であり、例えば〝
欺瞞的選民意識による暴行迫害〟だ。この愚かしさは人間が背負う
業そのものだから、到底
拭い去る事はできない──未来永劫に。ある意味、怪物以上に〈怪物〉だよ。ヤツラ〈人間〉は」
「そうかもしれないわね……けれど、やはり〈人間〉に対する理想像は捨てきれないのよ」
憂いのままに零れたのは、間違いなく彼女の本音であろう。
だからこそ、カリナには
空々しくさえ感じる。
「せめて、この国に保護した人々には〝人間らしさ〟を失わないでほしい……そう
切に願っているわ」
「言うわりには
疎かだがな」
赤の果汁を
啜り、
冷めた
言い
種で指摘した。
「そういえば会議乱入の際にも、そのような事を言っていたわね? あの非礼さには、正直
些か
呆れたけれど」
「どうにも退屈だったのさ。ならば、
雁首揃えた間抜け
面を
弄んでやるのも悪くないと思ってな」あの時の状況を思い起こすと、
黒姫の表情には自然と邪笑が含まれる。「それに面白そうな
燻りも見つかった……」
「
燻り?」
「何でもないさ」
思わず漏れた呟きを拾われ、露骨にはぐらかす。
さりとて、仮に担ぎ上げられた立場だとしても、カーミラ・カルンスタインは愚かな飾り物ではない。誰が友好的で、誰が敵対的か──その相関図は頭の中に築いているつもりだ。
カリナが指すのは、十中八九〝強健派〟の事だろう。
大方の察しは着く。
けれども、
黒姫の真意は見えてこない。
漠然とした思索を押し殺して、カーミラは先の話題を
繋いだ。
「それで? アレって、どういう意味だったのかしら?」
「御自慢の政策実状は、まるで
笊って事さ」
文型的には予想通りの返答であった。
だが、どうしてもカリナの意向が読めない。
それはそうだろう。
常々自負するほど、カーミラは〈人間〉に温情を
傾けているのだから。単に〝食料兼奴隷〟と見なしている他国勢とは違う──少なくとも少女領主自身は、そう思っている。
互いの黙考が、静かに時を刻んでいく。
観察視ながらに突っ伏すカリナが、ようやく進展を切り出した。
「明晩、
空けておけ。居住区へ行くぞ」
「それって、わたしを連れて行くって事?」
「他に、どんな含みがあるよ。私個人で行くなら、わざわざ宣言などせん」
「けれど、城主が夜中に出歩くなんて問題じゃなくて?」
「気取るなよ。そもそも〈吸血鬼〉は、夜に出歩くのが在るべき姿だ。それに周囲へ
吹聴するほど馬鹿でもあるまいよ」
「それは、そうだけれど……」
「それでも不安なら〝元・イングランド女王〟でも誘っておけ。アイツなら興味
津々についてくるだろうよ」
「でも……」
煮えきらない態度へ、カリナは後押しをする。
「オマエ、言ったよな? 私とは〝親密な友達〟になれそうだ……と」
「ええ」
「〝
質の悪い
悪友〟程度なら、なってやる」
不遜な
拈れ者は意地の悪い邪笑を
証とした。
少女城主が立ち去った余韻へと浸り、カリナは独り言を呟く。
「
賽は投げてやったが……はたして、どう転がるか」
カーミラだけに向けられた想いではない。
彼女の脳裏には、居住区で出会った貧しい少年も同期的に浮かんでいた。
柵を
抱かぬカリナにしてみれば〈吸血鬼〉も〈人間〉も大差無い。
ならば、
幸も
不幸も等しい権利であるべきだ。
いずれにせよ、これでますます〈
不死十字軍〉の
面子からは
疎まれるだろう。最悪、カーミラ自身にも距離を置かれたかもしれない。
「ま、構わんがな」
慣れた強がりに隠した。
つくづく不器用で損な性格だ……と、自嘲を浮かべる。
散々遊び尽くしたレマリアが、
喜々として駆けて来るのが見えた。
「カリナ! むしさん、つかまえたのよ!」
「ほう? 見せてみろ」
「はい、どーぞなの」小さい
掌を広げ、モゾモゾ動く
塊を自慢げに見せる。「カブトムシなのよ?」
「……捨ててこい」
何故こんな所にコレがいるかは分からないが、おそらく環境変化による生態系の異状だろう。
とりあえずカリナは、
愚図る幼女から〝フンコロガシ〟を捨てさせた。