白と黒の調べ Chapter.5

文字数 16,183文字


 紅蓮(ぐれん)の炎が街を()む!
 (しかばね)の侵攻が人々を斬り捨てる!
 シティ居住区は、いままさに地獄絵図と化していた!
 その大虐殺のパノラマを、屋根の上から遠退(とおの)きに傍観(ぼうかん)する二つの影──〝血塗(ちまみ)れの伯爵夫人〟ことエリザベート・バートリーと、その片腕たる魔女ドロテアだ。
「ホホホホホ……見事! (まこと)に見事であるぞ、ドロテア! よくぞ数日で、これだけの兵力を(そろ)えた!」
御誉(おほ)めに預かり光栄にございます。されど、まだ種火(たねび)に過ぎません。此処に(そろ)えたるは、たかが酒場客の頭数(あたまかず)。これを皮切りに、(さら)に多くの兵数を増産しなければ……」
「いや、充分であろう」
「エリザベート様?」
今宵(こよい)の襲撃分だけで、(さら)なる兵数補填(ほてん)(かな)う。なれば、ロンドン塔など楽に陥落(かんらく)出来ようぞ。これで、ようやく忌々しい小娘(こむすめ)(ども)(ほうむ)れるというもの……ホホホホホホ!」
(チィ、短絡(たんらく)白痴(はくち)が! 戦力差の目算(もくさん)も出来んというのか!)
愚民(ぐみん)(ども)(われ)(あが)めるがいい! (たた)えるがいい! 畏怖(いふ)するがいい! 美しいであろう? 怖ろしいでろう? それこそが〝真の支配者〟たる(われ)にふさわしい賛美(さんび)!」
 眼下(がんか)の惨状を眺める邪視(じゃし)愉悦(ゆえつ)陶酔(とうすい)に細まる。
 所々(ところどころ)で赤の飛沫(しぶき)()き上がり、断末魔の絶叫が()()なく響きわたった。
 その凄惨(せいさん)(わめ)き声が、エリザベートの耳には畏敬(いけい)と崇拝を込めた命乞(いのちご)いに聞こえる。
 現状、彼女は自分を〈神〉の如く倒錯(とうさく)していた。
 (うごめ)くも動かぬも含め、死体は街路を(にぎ)やかす!
 それを熱に照らす朱舌(しゅぜつ)は、猟奇的高揚感を助長させる照明演出でもあった。
 眼下に黒く広がる屍兵(しへい)の影。
 忠実なる不死の群隊(ぐんたい)
 その圧倒的な侵攻力に、吸血妃は高らかな嘲笑(ちょうしょう)で勝ち誇る。
「アハハハハ! アハハハハハハ!」
 と、その光景に違和感を覚えた。
「……何だ?」
 視界の(すみ)に捕らえた異変は、やはり錯覚ではない。
 黒集(くろだか)りの一角が、微々ながらも陣形を崩しているではないか。
 それは()()げのように広がり、やがて、その周辺を大きく()(ひら)いていく!
 毒々しくも(あざ)やかな()飛沫(しぶき)が咲き乱れてはいるが、それは先刻(さっき)までとは(しつ)が異なっていた!
 屍兵(しへい)赤花(あかばな)だ!
「ア……()()は!」
 彼女の目に飛び込んできたのは、反逆の輪舞(ロンド)を踊り狂う黒と白の外套(マント)
 謀反(むほん)手駒(てごま)たる屍兵(しへい)達は、次々と冥府へ解放されていった!
「……カーミラ・カルンスタインッッッ!」
 憎むべき敵の姿を認識し、忌々しく唇を噛んだ。
 距離にして三〇メートル程離れている。双色(そうしょく)吸血姫(きゅうけつき)達はミニチュア人形にしか見えない。
 にも関わらずエリザベートは、確実に憎悪の対象を認識していた。
 それは吸血鬼特有の超視力による部分も大きいだろう。しかし、それ以上に彼女の執着的呪怨が、それほどまでに強いという立証でもある。
 何故(なにゆえ)、カーミラが此処にいるのか──それはエリザベートにとって、どうでもよい事だ。ただ〝宿敵によって計画を邪魔立てされた〟という事実だけが、彼女にとっては重要なのである。
 一方で策謀(さくぼう)(しゃ)ドロテアの分析眼には、非常に由々(ゆゆ)しき展開としか映らない。
(アレはカーミラ・カルンスタインに、カリナ・ノヴェール? 何故、貴奴(きやつ)()が此処に?)
 全く(もっ)て計算外の乱入者であった。
 エリザベートにゾンビに自分……これだけの戦力では、(いささ)心許(こころもと)ない。
(此処は一時退()くか)
 取り敢えずのテストは上々の結果であった。これ以上、無理を敷く必要はない。否、折角(せっかく)の戦力を無駄に損失しない(ため)にも、此処は退くべきである。
「エリザベート様、一時撤退を……」
「ならん!」
「エリザベート様?」
 ドロテアが困惑に凝視(ぎょうし)した女主人の横顔は、まさに吸血鬼の本性であった。殺意に血走った目と、歯噛みする口元に覗く牙──破滅を帯びた美貌の相好(そうごう)獣性(じゅうせい)を宿す形相が同化している。
 憎悪に(みなぎ)ったエリザベートの瞳は、カーミラだけを睨み据えていた。
 彼女の薄っぺらい自尊心には、もはや、それしか映ってはいない。
「フン……考えてみれば、これは千載一遇(せんざいいちぐう)好機(こうき)よ! いま此処で、あの小娘を亡き者にしてくれる!」
「此処は撤退の選択が英断かと! 悪戯(いたずら)屍兵(しへい)を損失すれば、これまでの計画が(みず)(あわ)……」
「いいや、退()かぬ! それでは、我が貴奴(きやつ)に屈した事と同義(どうぎ)となろう!」
「し……しかし!」
「案ずるでない。要は確実に(ほふ)ればいいだけの事。こんな場所で城主が()ち果てたとは、誰も思うまい」
(ええい! その実力がキサマには無いと言っている!)
 ドロテアは焦燥(しょうそう)(いだ)く。
 ここにきて〝傀儡(くぐつ)〟は暴走した。
 そして、虚栄と過信に支配された人形は、もはや彼女にもコントロール出来る(いき)ではない。
「続け! ドロテアよ!」
 紫の外套(マント)滑空(かっくう)に屋根から飛び降りる!
 その姿は、まるで血に()えた巨大蝙蝠! 
 (ある)いは、獲物を捕食せんと襲撃する怪鳥の(ごと)く!
「……誰が行くかよ、馬鹿が」
 ドロテアは隠していた本性を(さら)け出す。
 争乱の火祭へと呑まれていく紫翼(しよく)を蔑視に見捨て……。
「あの手駒(てごま)は、もう帰るまい。本来ならばアレを御輿(みこし)として、ロンドン塔を襲撃させる計画であったが……」
 (かなめ)たる傀儡人形(マリオット)は失った。おそらく屍兵(しへい)も大幅に損失する。
「計画を見直さねばならんか」
 魔女が指を鳴らすと、数体のゾンビが静かに撤退した。
 (うごめ)頭数(あたまかず)が多いだけに、誰一人として気付かない。
 カーミラも──カリナも──エリザベートも────。
「悪く思うなよ、エリザベート・バートリー。少しでも基手(もとで)は残しておきたいのでな」
 損失した屍兵(しへい)の数は、これを起点に増やしていくしかないだろう。
 問題なのは、エリザベートに代わる戦場の(かなめ)だ。
 現状、それは〝()()()〟以外にない。
 虚栄心の(かたまり)であるエリザベートに比べ、(いささ)かコントロールは(むずか)しそうだが……。
「保険を掛けておいて良かったよ」
 冷酷に言い残してドロテアは(きびす)を返した。
 後目(うしろめ)に見送る〝血塗(ちまみ)れの伯爵夫人〟とは、もう会う事もないだろう。
 そして、魔女は闇へと(かす)んで消えた。



 (いばら)(むち)が蛇と踊り、(あか)(やいば)が星と(ひらめ)く!
 双色(そうしょく)吸血姫(きゅうけつき)は華麗に舞い、(むら)がる死体の包囲網を(さば)いていった!
 しかし、(しかばぬ)が動きを()める事は無い。
「何なの? 頭を()ねたというのに、首が無いまま向かってくるわ!」
 実際のところ、首だけではなかった。四肢を斬り離しても死体は停止しない。それどころか、地に落ちた部位が分裂派生した別生物のように(うごめ)いているではないか。
 転がる部位を細分化に斬り捨て、カリナが平然と教示(きょうじ)する。
蘇生(そせい)プロセスからして、デッドとは違うのさ。コイツ等は〈呪術〉によって再活動している。脳や頭部を破壊した程度では()ちん」
「わたし達〈吸血鬼〉に近しい性質ってわけね──認めたくはないけれど」軽く不快感を含んだカーミラは、荊鞭(いばらむち)で切断しながら改めて処置を(たず)ねた。「じゃあ、コツは? 教えて下さるかしら?」
間接(かんせつ)そのものを破壊するか切り捨てろ。如何(いか)に動く肉片とはいえ、テコ軸が無ければ行動など出来まいよ」
「なるほどね」
「手首は炎にでもくべてやれ。この部位だけは、乱戦下で(さば)(ひま)など無いからな」
 本来ならば多勢に無勢の窮地(きゅうち)であろう。
 さりとも〈吸血姫(きゅうけつき)〉たる彼女達にしてみれば、たいしてデッド戦と変わらなかった。単に一手間多いだけだ。
 その時、()き出しの敵意が、カーミラを急襲(きゅうしゅう)する!
「カァァァミラ・カルンスタイィィィン!」
 悪鬼(あっき)形相(ぎょうそう)で飛来する紫の魔翼(まよく)が、カーミラの頭上()()れを過ぎる!
 凄まじい突風を発生させる奇襲!
 咄嗟(とっさ)に踏み(こら)えようと(こころ)みるカーミラを、勢い(はら)む気流は紙細工の如く()いだ!
 次の瞬間には、抵抗(むな)しく煉瓦(れんが)(かべ)へと叩き着けられる!
「きゃあ!」
「カーミラ!」
 戦況(せんきょう)の急変を察知し、カリナが叫んだ!
 だがしかし、彼女の(もと)へは駆けつけられない!
 取り巻くゾンビ共が足止めとなっていたからだ!
「ぞろぞろと……っ! どけぇぇぇぇぇ!」取り囲む首を一舞(ひとまい)に跳ねるも、すぐさま(むら)がり補填(ほてん)されてしまう。「チッ、(もと)より()()だけあって怖いもの知らずか」
 こうなると、武功の欲を出して先行していたのが(あだ)となった。
 ややあって、瓦礫(がれき)の山からカーミラが身を起こす。
 (くず)(まみ)れに汚されながらも、白麗(はくれい)は案じる戦友へと苦笑を向けた。
「大丈夫よ、カリナ。ちょっと油断しただけ……」
 その一方で、彼女は失念の軽率さを噛んだ。
 つまり、背後に当然潜んでいる黒幕の存在を。
(並の吸血鬼ならば、四肢が(はじ)け飛んでも不思議はなかった……か)
 左腕が鈍く(うず)いた。曖気(おくび)にも出さぬよう隠してはいたが、それなりのダメージを()っている。
 紫翼(しよく)の怪物は抜け目がなかった。
 奇襲に()(ちが)(さい)超音波咆哮(ソニックウェーブ)を放っていたのである!
 それは不可視(ふかし)の鉄球と()し、風圧に硬直した無防備な身体(からだ)へと殴りつけた!
 臨戦体勢に気持ちを切り替え、カーミラは頭上に滞空する奇襲人物を(あお)(にら)む。
 黒い妖月(ようげつ)を背景に、悠々と外套を靡かせ立つ紫影。巨眼を後ろ盾にした構図(ゆえ)か、まるで魔界からの刺客(しかく)にも思えた。
 (あや)しの影は高笑いに勝ち誇る。
「ホホホ……無様(ぶざま)! 無様(ぶざま)よのう、カーミラ・カルンスタイン? (けが)れたキサマは地へと()(つくば)り、勝者たる我は悠々(ゆうゆう)高見(たかみ)にある──これぞ()るべき優劣の縮図(しゅくず)よ」
「エリザベート・バートリー?」
「〝(さま)〟が足りぬわ!」
 鋭利な爪撃(そうげき)を混ぜた風圧!
 鎌鼬(かまいたち)現象を()びた暴風が、ダメージを()った左腕に四筋(よすじ)赤痕(あかあと)が刻みつける!
 この部位を狙ったのが、故意(こい)か偶然かは判らぬが……。
「クッ!」
「本来ならば、いま少しは軍勢の育成に集中すべき時期であったが……キサマが介入(かいにゅう)してきた以上は捨て置けぬわ」
「軍勢?」
如何(いか)にも」
「では、この惨状は貴女(あなた)が!」
 胸中に芽吹く悲嘆と(いきどお)り。
 確かに強健派が現状の政策方針を(こころよ)く思ってない(ふし)は、カーミラ自身も重々承知している。そして、殊更(ことさら)エリザベートには、自分へ対する反抗心が顕著(けんちょ)だという事も。
 一方で、己の統制力が絶対的だと自負(じふ)していたのも事実ではあった。
 だからこそ、自身が防波堤(ぼうはてい)として機能する限りは人間を擁護(ようご)出来るとも……。
 が、結局それは過信に過ぎなかったのかもしれない──カリナが示唆(しさ)していたように。
 その証明が組織末端たる衛兵吸血鬼の腐敗であり、我が身を襲った現在の苦境だ。
 それでもカーミラは叱責(しっせき)せずにはいられなかった。
「禁じたはずです! 人間を不遜(ふそん)に扱ってはならないと! その人権を尊重(そんちょう)せねばならないと!」
下賤(げせん)の事など知るか!」
 謀反人(むほんにん)が吐き捨てた台詞(せりふ)を耳にし、(くろ)外套(マント)(まゆ)がピクリと反応する。カリナにとって、唾棄(だき)すべき不快感であった。
所詮(しょせん)、奴等は貯蔵樽(ちょぞうだる)よ! 我等を吸血鬼を(うるお)すための家畜(かちく)に過ぎんわ! 共存? 人権? ハッ! 笑わせるな! 下層(かそう)の者(ども)は、おとなしく全てを差し出せばいいのだ! その命までもな! 我等支配層は、ただ(うるお)うのみ! 奴等が飢えようが野垂(のた)れ死のうが知った事か!」
「エリザベート・バートリー!」
 口惜(くちお)しさに()える。
 まさか〝血塗(ちまみ)れの伯爵夫人〟が、ここまで強烈なエゴイズムを鬱積(うっせき)させていたとは……完全にカーミラの憶測を越えていた。
 盟主としての立場上、(さば)かねばならない──そう自覚しつつも、カーミラは躊躇(ちゅうちょ)を覚える。
(できれば、戦いたくはないけれど……)
 反目(はんもく)関係に在るとは言っても、互いに〈吸血鬼〉であるという同属意識は拭えない。況してや〈吸血貴族(ヴァンパイア・ロード)〉は希少(レア)な存在だ。
 だからこそ、それを共感に置き換えようとしてきた。
 それに対してエリザベートは、意固地なまでに敵意へと転化している。
 この平行線は決して(まじ)わる事がない──その確信があればこそ、彼女は苦悩を抱くのだ。
「何故、このような愚考を!」
空々(そらぞら)しい。(われ)がキサマへの殺意を常々(つねづね)(いだ)いていた事は、(すで)に知っておったであろう? 水面下で謀反(むほん)画策(かくさく)していた事も……。のう? カリナ・ノヴェール?」
 屍兵(しへい)の包囲網を(さば)き続けるカリナは、剣舞(けんぶ)一息(ひといき)に冷ややかな()めつけを返す。
「部外者の私に振るなよ」
「フン、(われ)は忘れてはおらぬぞ。あの時、キサマは(われ)心底(しんてい)見透(みすか)かし、挑発と侮蔑(ぶべつ)を込めて見据(みす)えたではないか」
「ああ、()()か」
 背後から襲ってきた(しかばね)脳天(のうてん)を、紅剣(こうけん)(わずら)わしく突き刺した。肩越しの無作為な一撃だ。物量こそ厄介(やっかい)ではあるが別段脅威ではない。 
 カリナは鼻で笑い、小馬鹿(こばか)にした態度で答える。
「アレは、こう思ったのさ──『随分(ずいぶん)化粧(けしょう)の濃い老害(ババア)がいやがる』とな」
「なっ?」
 (ひるがえ)る黒波に生み出される幾多もの赤い弧!
 (くろ)外套(マント)の周囲には肉片(にくへん)が、ピクピクと散乱しているだけだった。
「いまの一体が最後か。もはや(さば)くべき(なま)ゴミは無いようだ」
 (わずら)わしい作業の終了を確信するカリナ。
 そのまま手近な瓦礫(がれき)へと腰を下ろすと、傍観意向に脚を組んだ。
「おい、カーミラ」
「何かしら? カリナ・ノヴェール?」
 ()(にら)()えたまま、カーミラが返す。
 左腕が(うず)いた。それは、そのまま誇りの痛み。
 隠した異変に気付いたか──(ある)いは気付かぬままなのか──干渉(かんしょう)放棄(ほうき)(くろ)外套(マント)は、ぞんざいな()(ぐさ)(てい)する。
「今回の(きょう)は、くれてやる」
「え?」
 一瞬、カーミラは耳を(うたが)った。
 思わず傍観者を凝視(ぎょうし)する。
 あの意固地(いこじ)(ひねく)れ者が、他人へと(きょう)(ゆず)ると言う──到底信じられない申し出だ。
 しかし、頬杖(ほおづえ)ながらに自分を正視(せいし)する眼差(まなざ)しは、強い意志力で見定(みさだ)めているようにも感じられた。
 無言の真意を()むと、不思議と迷いが晴れていく。
「……そうね。それが、わたしの責務ですものね」
 己への鼓舞(こぶ)に腕の痛みは忘れた!
「ええい、(ことごと)目障(めざわ)りな小娘が!」
 わなわなとした怒りに震える吸血妃。
 全く(もっ)て、腹に()()ねる態度であった。不遜(ふそん)な獲物達は、緊迫も畏敬(いけい)(いだ)いていない。
「ドロテア!」
 懐刀(ふところがたな)の名を加勢に呼んだ!
 だが、返事は無い。
「……何故だ? 何故、返事をせぬ! ドロテアよ!」
 (あた)りに気配を求めるも、水を打ったかのような静寂──この時、ようやくエリザベートは(さと)った!
「ま……まさか、見限(みかぎ)ったというのか? この私を……無二(むに)(あるじ)である、この私を!」
 受け入れ(がた)い現実!
 生前から目に掛けてきた飼い犬は、最大の勝負処に来て飼い主の手を噛んだのだ!
「エリザベート・バートリー!」
 凛然とした呼び掛けが、狼狽(ろうばい)に浸る吸血夫人を(われ)へと呼び覚ます。
 視線を向ける先には、滞空に立つ白い麗姿。
「不本意な形ではありますが、決着を着けましょう」
 両手に茨鞭(いばらむち)を携えたカーミラ・カルンスタインが、いつの間にか飛翔していた!
 その立ち位置は、いまや対等だ!



 巨眼の黒月(こくげつ)に見守られ、白と紫が激しくぶつかり合う!
 闇空(あんくう)を舞う双影(そうえい)は、衝突したかと思うと(たが)いに放物線を(えが)いて距離を離れた。そして、また引かれ合うように(はじ)き合う。
 その流れが繰り返されていた。
「まるで磁石だな」地上で傍観するカリナは柘榴(ザクロ)(かじ)りに()らす。「……で、なんでキサマがいるよ」
 背後の虚空(こくう)へと嫌悪感のままに呼び掛けた。
 空間に現れたのは、彼女が(さげす)下衆(ゲス)──ゲデである。カリナにとっては数日ぶりの厄日(やくび)だ。
「ィエッヘッヘッ……どうにも食欲をそそる()()()()したんでねぇ?」
「まさか、この惨状はキサマの仕業(しわざ)じゃあるまいな?」
「冗談よせやィ! なんでオレが〝不死〟なんかを生産しなきゃならねぇんだよ? おまんま喰い上げになっちまわァ!」
「確かにな」
 ゲデの(かて)は〝魂〟でも〝殺戮(さつりく)〟でもない。純然たる〝()〟そのものであり、その瞬間自体だ。
 ともすれば、必然的に〝生者(せいじゃ)〟の存在は不可欠となる。()にデッドやゾンビの比率が多くなればなるほど、死神の(かて)は減っていく。それは望むところではあるまい。
 つまり、大方(おおかた)はカリナの予想通りという事だ。
 無愛想(ぶあいそう)魔姫(まき)(なら)うかのように、ゲデは闇空(あんくう)衝突劇(しょうとつげき)(あお)(なが)めた。
「こりゃまた珍しい見せ物だ。吸血貴族(ヴァンパイア・ロード)同士の決闘ですかィ?」
「そんな尊厳(そんげん)高いものかよ。単に盟主が不祥事の責任を(まっと)うしているだけさ」
「ま、オレとしては、どうでもいい事ですがね?」簡単に興味を失うと、ゲデは周囲に散らばる肉片(にくへん)へと好奇心を移す。路上に散乱する赤い欠片(かけら)は、ピクピクと脈打つかのように(うごめ)いていた。「ィエッヘッヘッ……苦しみ足掻(あが)いてやがるぜ、コイツ」
「確かデッドと違って、ゾンビには〝()〟が内在していたな?」
 天空の決闘に見入りながら、カリナが無愛想(ぶあいそう)(たず)ねた。
 性懲(しょうこ)りもない悪趣味には、爪先(つめさき)(ほど)の関心も向ける気が起きない。
「まぁな。けどよ、オレ様が()してるのは()()()じゃねえぜ。どのみちゾンビに内在した魂は〝肉体〟という(おり)隔離(かくり)された捕虜(ほりょ)みてぇなモンだ。痛みもクソも感じねぇよ。オレが堪能(たんのう)してるのは〈()()()()〉の方だ」
「ズンビー?」
 相変わらず、顔すら向けずに()う。
「ブードゥー精霊のひとつ──要は〝蛇精(じゃせい)〟だわな。精霊としちゃあ下級だが、コイツが死体の四肢に(まと)わり()く事で〈ゾンビ〉という傀儡(くぐつ)出来上(できあ)がる」
「ゾンビ発生の根源ってトコか」
「ソイツが解放されねぇまま切り刻まれたモンだから、二進(にっち)三進(さっち)もいかずにもがき苦しんでやがる……ィエッヘッヘッ、間抜けだぜぇ」
 と、ゲデは(いささ)か感じた差異(さい)を見通す。
「ん? コイツは〝()()()()()()()〟じゃないぜ?」
「何?」
 興味深い発言に、初めてゲデを一瞥(いちべつ)した。
「ああっと……厳密に言やぁ()()()()()()()()()()じゃねぇって話だ。プロセス的には踏襲(とうしゅう)してるが、間違いなくコイツァ似て異なる〝()〟さな。おそらく〈西洋魔術〉の応用ってトコか。精霊との盟約じゃなく、強力(きょうりょく)な魔力で力尽(ちからづ)くに()いつけてやがる。だから、蛇公共(へびこうども)は解放されねぇのさ。ま、どうでもいい事だけどな……ィエッヘッヘッヘッ」
「なるほどな」
 柘榴(ザクロ)(すす)りに、再び戦局へと注視を戻す。
(プロセス的に〈ゾンビ〉は〝使役(しえき)(じゅつ)〟の(たぐい)だ。そして、それは洋の東西に関わらず古来より多くある。つまり〈黒魔術〉でも応用可能という事だ。それだけの実力が()けていれば……だがな)
 冷静に分析しながらも、懸念(けねん)胸中(きょうちゅう)渦巻(うずま)く。
「……ドロテアか」
 先刻(せんこく)、エリザベートが呼び叫んだ名前が思い出された。
 白と紫の衝突は(いま)だ進展を見せていない。


「この小娘がぁぁぁあああっ!」
 エリザベートが癇癪(かんしゃく)(まか)せに手刀(しゅとう)を突き出す!
 四指の爪は鋭利な(やいば)と伸び、数メートル先に舞うカーミラを強引に射程へ捕らえようと襲い掛かった!
 その挙動を瞬時に読んだ白い影は、またも大きな(きょく)(えが)いて回避する。
「チィ……ちょこまかと!」
 エリザベートの攻撃は、(いま)だ当たる気配すら感じられなかった。ここぞと繰り出す手数は多いというのに、獲物は(ことごと)く優美な旋回に回避してしまう。
 カーミラとの交戦で厄介だったのは、その縦横無尽な軌道取りだ。目線上にいたかと思えば、次の瞬間には降下して足下から迫る。かと思えば、その警戒を先読みしたかのように頭上から降ってきた。
 そうした変幻自在な出現術から繰り出される二対(につい)茨鞭(いばらむち)は、奇襲してくる回数こそ少ないが的確なタイミングで無駄が無い。
 それらを()け続けるエリザベートの反応力も、(あなど)れないものではある。
 が、あくまでも劣勢な感は(いな)めなかった。
 その自覚があればこそ、彼女自身の焦燥(しょうそう)否応(いやおう)なく(つの)るのだ。
「ええい! 忌々しい百舌(もず)めが!」
 専用の武器を有さない自身の戦闘スタイルが、これほど口惜(くちお)しく感じた事はない。
 カーミラには茨鞭(いばらむち)、ジル・ド・レには剣、そして、カリナには細身剣(レイピア)……といった具合に〝武闘派〟と呼ばれる吸血鬼には愛用の武器がある。
 一方で、自分やメアリーのような〝非武闘派〟には、そうした武器を所有しない者も珍しくはない。(いな)、そちらの方が多いのが実状だ。
 そもそも〈吸血鬼〉は、存在そのものが特殊能力(ハイスペック)(かたまり)である。(したが)って、そうした武器に頼らなくとも(ほとん)どの事象は脅威とならない。
 (なお)()つ彼女の場合は、自身が足りない側面を魔女ドロテアに任せていた。この劣勢は、そうした依存が()んだツケ(・・)かもしれない。
 しかし、エリザベートは(あきら)めが悪い性分(しょうぶん)であった。()してや相手が〝カーミラ・カルンスタイン〟であればこそ、(がん)として敗北を(きっ)するわけにはいかない!
(考えよ! 何か策は有るはずだ!) 
 四方八方から繰り出される(いばら)(した)
 しかも、今回のカーミラは両手持ちだ!
 それだけ、彼女も本気ということだろう。
 対するエリザベートは外套(マント)(たて)として身を(つつ)む。
 防御に徹しながらも、(けわ)しく(にら)邪瞳(じゃどう)は策謀を(めぐ)らせ続けた。
 とはいえ、休まぬ攻撃が(かす)(ごと)に、外套(マント)微々(びび)とダメージを累積(るいせき)していく。それは(この)ましい展開ではなかった。
 元来(がんらい)、エリザベートの魔力(まりょく)底値(そこち)は、カーミラよりも下回(したまわ)る。自力では(およ)ばぬ空中戦能力をこなせているのは、(まと)った外套(マント)の魔力増幅による部分が大きい。しかも、この外套(マント)がドロテアによるカスタムメイドであればこそ、カーミラに匹敵するほどの底上げが実現しているに過ぎなかった。
 またも繰り出される茨舌(いばらした)連撃(れんげき)
 と、咄嗟(とっさ)()わしながらも、エリザベートは何か違和感を察知した。
 生来(せいらい)の油断ならない狡猾(こうかつ)さが発揮した注意力だ。
(二:一……三:一……二:一…………)
 黙視に数える。
(二:一……二:一……四:一…………)
 ひたすら()つ確実に()わしつつ、黙々と数え続ける。
 それが確信へと変わった瞬間、彼女はニィと邪笑を含んだ。
 エリザベートがカウントしていたのは、カーミラから繰り出される手数の左右比率!
 そして、それは確実に左手数の少なさを刻んでいた!
 (さっ)するに、出会(であ)(がしら)の急襲が(こう)(そう)したのであろう。
 間違いなくカーミラ・カルンスタインは、左腕にハンデを()っている!
 付入(つけい)勝機(しょうき)が見えた!
(二:一……三:一……二:いまだ!)
 自身の左腕を犠牲として、定期的に繰り出された左鞭(ひだりむち)をわざと受ける!
 それは細腕を軸として絡みつき、細かく鋭い(とげ)がガッチリと食い込んだ!
 だが、それだけの対価(たいか)はあった!
()らえたわ!」
「きゃあ!」
 力任(ちからまか)せに上半身を(ひね)り、執念で引き寄せる!
 姿を()らえる事すら困難だった小鳥が、ようやく暴力に屈した!
 慣性(かんせい)()()んでくる獲物へ目掛(めが)け、エリザベートは右腕を突き出す!
 その一撃が容赦(ようしゃ)なく(はら)をぶち抜いた!
「かふっ!」
 小さく(あえ)ぐように吐血(とけつ)する白麗(はくれい)
 しかしながら、それはエリザベートが(ほっ)した一撃ではない。
「チィ!」
 思わず(いきどお)りを噛む。
 不死者(ノスフェラトゥ)たる〈吸血鬼〉相手に(はら)など(つらぬ)いても、()して意味はない。ダメージとしては大きいが、所詮(しょせん)、その場(しの)ぎだ。
「実戦()れしていない不慨(ふがい)なさか。真に(つらぬ)きたかったのは心臓よ!」
 されど、千載一遇(せんざいいちぐう)好機(チャンス)(のが)すほど(おろ)かでもない。
 すぐさま()いた右腕を獲物の首へと巻き付け、背後からギリギリと絞めあげた!
 優勢に酔いしれ、無力化した小鳥の耳元で(ささや)く。
「手を焼かせおって……だが、厄介(やっかい)な動きは封じたぞ」
「クッ!」
 清廉が眉根(まゆね)を曇らせる(さま)に、(かす)かな情念を覚えた。怨敵(おんてき)に対する優越感か──(ある)いは貞淑な小娘に対する情欲かは(さだ)かにないが……。
 純白ドレスの腹部を鮮血が真っ赤に染め濡らす。その清らかな(けが)らわしさが、深層意識で眠る〈吸血鬼〉の本能を陶酔(とうすい)的に刺激した。(ある)いは悪徳と邪淫(じゃいん)(まみ)れた〝バートリー家〟の(さが)かもしれぬ。
 いずれにせよ、エリザベートは異常な興奮に酔った。自制の効かぬ加虐心が頭を(もた)げる。
 茨鞭(いばらむち)の拘束力が弱まった左腕が、カーミラの華奢(きゃしゃ)な肩を鷲掴(わしづか)みにした!
「ぅああああああっ!」
「アハハハハ! 心地よいぞ! 夢にまで見たキサマの苦悶、実に心地よい! アハハハハハハハハ!」
 (さら)に力を込め、鋭爪(えいそう)を食い込ませる!
「っい! ……ぅああああああああ!」
「アハハハハアハハハハハハアハハハハハハハハ!」
 実感した勝利に酔い、妖妃(ようき)は狂ったように高笑(たかわら)った。
 と、その反響に(まぎ)れ聞こえてくる(かす)かな(ふく)(わら)い。
「フ……フフ…………」
「な……なんだ?」
 耳に届いた静かな笑い声は、(おのれ)のものではない!
 戸惑(とまど)いながらに特定した出所(でどころ)は、(ほか)ならぬカーミラ・カルンスタインであった!
「フフフ……そうね。これだけ密着すれば、到底(とうてい)逃げられないわね」
「な……何を笑っている? それが判っていながら、何故(なにゆえ)に笑っている!」
「いい事? エリザベート・バートリー? わたしが逃げられないという事はね、同時に貴女(あなた)も逃げられないという事でもあるのよ」
 一瞬、エリザベートは戦慄(せんりつ)する。
 冷ややかな微笑(びしょう)(たずさ)える吸血姫(きゅうけつき)の瞳は、見る者全てを〝()〟へと魅了するような闇を光らせていたからだ!
 次の瞬間、カーミラの眼前に紅い光が短く伸び生える!
 それは一振りの細身剣(レイピア)
「何?」
 予想外の連携(れんけい)プレイに(きょ)を突かれ、エリザベートは地表を凝視(ぎょうし)した!
 そこには、頭上へと愛剣を()(たく)したカリナの姿!
 一方、狼狽(ろうばい)に対応が遅れた(わず)かな(すき)を、カーミラは見逃さなかった!
 短く生まれた紅閃(こうせん)素早(すばや)(つか)み取る!
 途端(とたん)(にぎ)(つか)から強大な自己主張が(あふ)れ出す!
(な……何? この魔剣?)
 戸惑(とまど)うカーミラの精神へと、魔剣の意思が浸食してきていた!
(まるで捕食! 禍々(まがまが)しい生命体による捕食だわ!)
 沈黙のまま暴れる魔剣は、寄生するが如く彼女の内へと侵入してくる。
 肉体的にではない。
 宿主の存在そのものを取り込まんとする暴力的な支配意思だ!
(なんて魔剣! こんな化物をカリナは……!)
 ひたすらに(あらが)う!
 いま、カーミラの精神は現実世界にない。
 その魔眼(まがん)に見えているのは、高々(たかだか)と荒れ狂う怒濤(どとう)
 (ねば)()()びた赤き津波!
 街並(まちなみ)すらも()み染める破滅的なイメージは、彼女の魂さえも()(つぶ)そうと(うな)(せま)る!
 (なが)きに渡って(かて)(すす)り喰らった鮮血が、積念(せきねん)に逆襲してきているかのようであった!
(このままでは()み込まれかねない!)
 気高き意志を精神抵抗の(かせ)()き、逆に魔剣を支配せんと(こころ)みる!
 だが、彼女が抵抗を示せば示すほど、無形(むけい)の怪物は強大に()けていった!
(おとなしく(くだ)りなさい! 我が名は〝マーカラ(・・・・)カルンスタイン(・・・・・・・)〟! 誇り高き〈ジェラルダインの血族(けつぞく)〉なのですよ!)
 祖先の名と(みずか)らの真名(まな)(よりどころ)として、折れそうな戦意を立て直す!
 その直後、背後から優しき抱擁(ほうよう)を感じた。
 ひたすらに穏やかで柔らかな抱擁(ほうよう)を……。
 しかし、伝わってくる(ぬく)もりは心強いほど熱い!
(これは……ジェラルダイン?)
 確証はない。
 それでも、確信は()く。
 縁者(えんじゃ)(ゆえ)の共鳴現象とでも言おうか。
 姿無き存在からの(ちから)()えであった。
 原初吸血姫(デモン・ヴァンパイア)の魂が味方した瞬間、(たけ)赤魔(せきま)(ひる)んだ!
 たじろぐ(すき)好機(こうき)と判断し、いざ()()かんと構える。
 と、カーミラは奇妙な違和感を()らえた。
(え? これは?)
 敵の中核に〝()〟を感じる。
 しかも、それは自身に(ちから)()えする魂とまったく同質──つまり〝ジェラルダインの魂(・・・・・・・・・)〟という事になる。
(そう……そうだったの……この魔剣は……)
 矛盾(むじゅん)の中に正体の片鱗(へんりん)見出(みだ)した。
 轟音(ごうおん)()びて()し寄せる赤波(あかなみ)
 それは彼女の精神世界を()()め、全てを潮流(ちょうりゅう)に流し(つぶ)した!
 赤き鉄砲水が鎮まり引いていく。
 徐々(じょじょ)に減水していく(かさ)から、血濡(ちまみ)れの麗姿(れいし)が現れた。
 鮮血に(けが)()れる高潔(こうけつ)──白の吸血姫(きゅうけつき)は自然体に(たたず)むだけ。
 まるで何事も無かったかのように……。
 カーミラは、そこに()るだけだ。
 ──風に(なび)かれるが如く。
 ──草木と揺らぐが如く。
 ──大海に波とたゆとうが如く。
 ただ()るがままに()り、素直に事象を受け入れる。
 ただ、それだけ。
 やがて、静かに(まぶた)を開いた。
 


 精神世界での攻防は、時間にして刹那(せつな)でしかない。
 魔剣への主従権(しゅじゅうけん)を勝ち取ったカーミラは、静かに瞑想(めいそう)から帰る。
 そして、(おのれ)(はら)もろともエリザベートを(つらぬ)いた!
「がぁぁぁああああ!」
「く……ぁ!」
 激痛の共有!
 闇空(あんくう)()き上がるは赤の飛沫(しぶき)
 ようやくエリザベートは(さと)った。
 左腕は(おとり)だと!
 (はか)られのは自分の方である!
「よくも……キサマ()、よくもォォォォォ!」
 忌々しく呪詛(じゅそ)()えつつ、(つらぬ)かれた身体(からだ)(くさび)から引き()がした!
 弁圧(べんあつ)を失った傷口から、(さら)霧花(きりばな)()()る!
「グ……アアアァァァ!」
 一過性(いっかせい)とはいえ、致命的なダメージを()った。
 通常の剣なら──(いな)(たと)凡庸魔剣(ぼんようまけん)であっても〈吸血貴族(ヴァンパイア・ロード)〉である自分は、ここまでのダメージは()わない。
 しかし、カリナ・ノヴェールの愛剣は、相当に強力な魔剣であった。まるで白木(しらき)(くい)に落雷を受けたかのような衝撃が、彼女の命を(むしば)んだ。それはカーミラにしても同じだろうが……。
 紫妖(しよう)(くず)れる体勢のままに急落下していく。
 もはや滞空(たいくう)する余力(よりょく)も無くしていた。
 朦朧(もうろう)(うつろ)に毒された瞳孔(どうこう)が、伏兵(ふくへい)たる(くろ)外套(マント)(とら)える。
 読唇術(どくしんじゅつ)心得(こころえ)があるわけではなかったが、少女の(くちびる)が何を刻んでいたかは読めた気がした。
 ────無様(ぶざま)だな。
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登場人物紹介

名前:カリナ・ノヴェール

(Karina Noveil)


性格:

 孤高。攻撃的。達観的なひねくれ者。

 しかし内面は人一倍心優しく、とりわけ子供へ傾ける母性は強い。


特徴:

 流浪の吸血姫。

 戦闘能力は極めて高く、とりわけ実戦経験で鍛えられた剣技は屈指の実力。

 常に柘榴を嗜好品としている。

名前:カーミラ・カルンスタイン
(Carmira Karnstein)



性格:

 閑雅にして優麗。

 自分本意な恣意的性格も孕んでいる。

 同時に達観的な観察力を常時張り巡らせており、性格的には抜け目が無い。

 また、柔和な物腰に反して〈吸血鬼〉らしい冷酷さも兼ね備えている。



特徴:

 スチリア出身の伝説的吸血姫。

 彼の〈吸血王ドラキュラ〉と双璧として語り継がれている魔性。

 かつて原典小説『吸血鬼カーミラ』の物語を経験した後日談が、本作での背景設定となっている。

 見た目の貞淑さに反して戦闘能力は極めて高く、その実力と潜在魔力はカリナと同等のようである。

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