「何処だ! いったい何処に!」
胸中を
焦燥一色に
染め、カリナは城内を駆け巡った!
迷宮の如き
造りが
煩わしい。
彼女にしては珍しくも、ありのままの自分を
露呈していた。
それも無理はない。
彼女が〝
彼女〟たるアイデンティティーが、見失われていたのだから。
それだけを必死に捜し求め、彼女は駆け続けていた!
霊気に満ち溢れた広い魔城内を、ただひたすらに……。
「何処にいるんだ! レマリアァァァアアッ!」
慟哭とすら思える悲痛な叫びが、
閑寂とした
大回廊に響き渡った。
天空の闇を
舐める
紅蓮の
焔!
ロンドン塔の城壁周囲を、大規模な
朱舌が取り囲む!
その勢いは
鎮まる
兆しすら無い!
ただひたすらに
灼熱は
宴を踊り狂っていた!
城壁へと押し寄せる
夥しい数の死体──
即ち〈ゾンビ〉の
群である!
謎の軍勢による
夜襲は、
虚を突いた
利のままに展開していた!
「クソッタレ! 何なんだ、コイツ
等は!」群がる
屍兵を破壊し続け、アーノルドが
苛立つ。「
捌いても
捌いても減りゃしない。それどころか
怯む気配すらねぇぜ!」
防衛部隊を
率いて出陣したものの、予想以上に面倒な敵であった。
加えて、戦場の条件も悪い。
城門は南方角に当たり、表通りは東西へと伸びる。
横たわるテムズ川に
沿った形だ。
道幅はそれなりだが、乱戦に適したほど広いとは言い
難い。
そんな路上を、
蠢く
黒波が埋め尽くしていた。敵勢は両側から押し寄せて来ている。物量押しの
挟撃だ。
結果として〈
不死十字軍〉は、城門前に固まる陣型を
余儀なく
強いられていた。
「このままじゃ圧倒的な
敵数に消耗していくばかりだぜ! バリケード代わりの
人身御供に過ぎねぇ!」
「
焦られるな! アーノルド殿!」
背後からの
檄が平常心を
促す。
東側の敵を相手取る吸血騎士──ジル・ド・レ卿だ。西側を受け持つアーノルドとは背中合わせとなる。
「単にタフネスさの底値が高いだけだ。
個としては、たいした〈怪物〉ではない」
騎士の
剛剣が敵兵の頭を
破断した。
が、倒れた死体はゆるりと起き上がり、何事も無かったかのように戦線復帰を
果たしてしまう。
「頭を破壊しても死なぬ……か。どうやらデッドとは勝手が違う」
「敵一体を沈黙させるのに、こちらは二人
殺られる! 割が合わねぇ!」
「
致し
方あるまい。我等と同じ〈不死者〉ではあるが、
小奴等には自我が欠落しているようだ。つまり〝死〟や〝痛み〟を恐れない。
玉砕前提の
捨て
駒戦法は、物量押しに相性が良過ぎるのだ」
「基礎能力では我々〈吸血鬼〉の方が、圧倒的に
勝っているのにか?」
「
小奴等に
相対して、我等〈吸血鬼〉は生前の精神性を色濃く維持している。つまり〝焦燥〟や〝動揺〟といった感情が、
未だに
涌くという事。衛兵達の志気にも影響は出よう。そうした精神面の
脆さが、
劣勢を
招く要因ともなっているのだ」
「ハッ! そんな
腑甲斐無さで、よくも〈
闇暦大戦〉へ参戦しようとなんざ考えたもんだぜ」
アーノルドの
凡庸魔剣が、敵の
眉間を
貫いた!
無論、成果はない。
「……クソッタレ」
見渡す限り、死体だらけであった──動くも動かざるも
隔たりなく。
彼等〈吸血鬼〉の存在そのものも、例外にない。
阿鼻叫喚に展開するは、血の
謝肉祭。
エリザベート・バートリーの
謀反から、
僅か三日後の
凶事であった。
城郭の
頂から戦況を見据える白き
麗影──カーミラ・カルンスタインの姿だ。眼下の混戦を観察する表情は渋い。
防壁を吹き登る熱風が強烈な異臭を運んだ。
血飛沫の鉄分臭と戦火の
焦臭さが混じり合ったものだ。
「不快ね。まるで〈
終末の日〉を思い出させる」
想起される
回顧を
疎む。「ねえ、メアリー? あの時よりも、ゾンビの数が増えていなくて?」
脇に並び
添う真紅のドレスが、形式的な恐縮で答えた。
「そのようですね。カリナ殿の
教示を考慮すれば、あの時の三倍はいるかと」
「
凡そ一八〇体ってとこ?
僅か三日程度で、そんなに増えるものかしら?」
「あの後、私なりに〈ゾンビ〉の
文献を調べました。どうやらネックとなるのは、甦生呪術に要する儀式時間だけのようです。魔術精通者であれば、三日は充分過ぎるかと」
「
肝である〝
死体〟は?」
「大前提として〈デッド〉化していない〝純粋な死体〟に限るようですが……その気になれば、いくらでも調達できましょう」
メアリーの見解に
眉を曇らせた。平静を
装った言い回しではあったが、明らかな
含みがある。
「それって、まさか?」
「恐れながら、居住区の人間達を
虐殺した可能性も……」
カーミラは強く唇を噛んだ。望まざるべき返答でありながらも、予想通りの
示唆に。
居住区画の
煉獄は、まだ生々しく胸中に刻まれている。
(なまじいエリザベートと
対峙しただけに、彼女の
謀反が
核だと思い込んでいた──それは
迂闊な
短絡だったわね。
傀儡の裏には〝
黒幕〟たる存在が別にいる。となれば、その目的は違っても当然なのだから)
カリナが追求し、エリザベートが言い
遺した〈魔女〉の名前が思い出された。
「ドロテア……か」
如何に不死身の〈吸血鬼〉といえども、今回の持久戦は
些か不利な状況にある。
敵軍先陣へと深く切り込んだジル・ド・レも、さすがに
焦りを覚えていた。
(アーノルド・パウルが
苛立つのも無理はない。こうも不死身では……)
先程、彼自身が口にした通りであった。物量押しの戦術は、ゾンビ兵に相性が良過ぎる。
況して自我が欠落しているが
故に、
玉砕前提の
捨て
駒扱いを物ともしない。
剛剣の一突きが、まとめて二体の頭部を破砕した!
西瓜の如く弾け散る!
当然、意味など無い。首無し死体として復活するだけだ。
「
下等故に上位を
下す……か。皮肉な
下克上だな」
浅く
自嘲を浮かべる。
頭では理解していながらも、対デッド戦のノウハウが自然と
滲み出てしまう。体に
染み着いた〈戦士〉としての習性であった。
(確かにゾンビ共のタフな性質は厄介だ。さりとも
我が軍の兵が不慣れな点も、劣勢要因としては大きかろう──実戦経験の不足だ。
所詮、
近代吸血鬼は
戦の
世を知らぬ。
安寧世代の
緩さよ)
内政面では
一目の価値を
尊重してきたが、前線に
於いては軟弱な
有象無象に過ぎない。
(
斯様な組織実態では〈
闇暦大戦〉へ参戦したところで
底は見えておるな)
歯痒い。
数世紀の間、
摂理に
反して生き長らえた。
それもこれも
抱く理想へと
邁進すればこそだ。
理想──いや、待て。
理想とは何だ?
そもそも
何を追い求めていたのだ?
取り留めもなく涌いた自問に
戸惑う。
と、混戦の
渦中で見知った顔を見つけた。
深々と
被った漆黒の
長外套姿。まるで様子を
窺うかのように、城壁
裾へと
佇む男。
疑心誘発の
忠臣に他ならない。
「プレラーティか?」
死体を
捌きながら確認する。
「ジル・ド・レ様、
機が
訪れました」
「
機だと? 何を言っておるのだ!」
意味不明な
訊い
掛けを拾いつつ、数体の敵兵を
纏めて破壊した!
「
斯様な
謎掛けを
戯れる
暇があれば、
我が片腕として
加勢せぬか!」
「……
機が
訪れたのでございます」
「だから、何を──」
叱責する中で、
違和感を覚えるジル・ド・レ。
混戦状況そのものは変わらない。
しかし、
黒集りに空間が
拓いていくではないか。
群がるゾンビ達が
緩慢的な動きに
退いていったのだ。ジル・ド・レの周囲に限り……。
「こ……これは?」
「
機が
訪れたのでございます」
暗い瞳が
淡々と
促す。
直感、ジル・ド・レは
悟った。
ゾンビ共の撤退は、この男の術だと。
黒魔術によって排除したわけではない。そうした術に不可欠な動作を
振舞ってはいなかった。
ともすれば、絶対的な支配権の
行使とさえ思える。
根拠も証拠も無い確信だ。
だがしかし……。
(
否、それ以外にも不自然さはあったではないか!)
ジルは
訝しんだ
洞察に
睨む。
(そもそも、この男は
何故襲われずに
居たのか?)
これらの状況を客観的に分析すれば──この
軍勢を
率いていたのは、プレラーティ自身という可能性が高い!
「プレラーティ! キサマ、
一体?」
「私は
従者──
貴方様の願いを叶えるべく
付き
添い続けた
影でございます」
「ワシの……願い?」
正視に
睨み
据えた魔術師の目が
爛々と赤い
照りを
帯びる。
吸血貴族たる自分ですら不気味な
禍々しさを感じた。
呑まれるような赤い闇──自我も意識も思考も何もかもが、混沌と
攪拌されて境界線を無くしていく。
宛ら、彼等〈吸血鬼〉の
常套手段ある〈催眠術〉を連想させた。
が、その魔力の源泉は、もっと根深く感じられる。魔界の
深淵から湧き出るようなパワーソースだ。
つまりは、単なる精神
技巧ではない。
そうした分析観を
抱きつつも、ジルは次第に己を見失っていった。
夢遊のように全てを受け入れ、誘惑の声へと歩み寄る──全てを受け入れ? 何を?
何
一つ確かな情報も無いというのに?
この男は何者だ?
目的は?
何故、自分を
誘う?
そして、
己は──ジル・ド・レ自身は
何を求めてきたというのだ?
明答など見えない。
見えぬまま、ジルは受け入れつつあった。
やがて並び立った主人と
従者は、そのまま
屍群陣営の奥深くへと
呑まれ去る。
背後から投げ掛けられるのは、部下の制止と断末魔──
赤飛沫の悲鳴──
骨身が
潰され果てる
醜音。
それらを
手向けと浴び、吸血騎士は決別の
歩を刻む。
もはや戦況の行く
末など、どうでもいい。
これから満を持して刻むべきは、ジル・ド・レ自身の
足跡なのだから。
「
随分と大掛かりな人形劇ね」
辟易とする気持ちを押し殺して、カーミラは思索を巡らせていた。
(ゾンビ自身は単なる労働力……自己判断力や知恵なんかは持ち合わせていない。つまり攻城戦を指揮している
黒幕が
近場にいるという事)
未だ見ぬ〈魔女〉の存在が憎々しい。
主人を捨て駒とした
外道。これだけの兵力を水面下で整えていた
狡猾な策士。
「メアリー、此処数日で襲撃被害に
遭ったと思われる居住区画は?」
「それはまだ調査していませんが……なにより、居住区の実態調査はコンスタンスではないので」
「大至急調べて下さい。必要とあれば、
貴女自らが城外へ
赴いても構いません」
「この状況下で戦場を離れろ……と?」
「構いません。わたしからの
勅命です」
カーミラの瞳には
毅然たる意志が宿っていた。
それを
汲むが
故に、メアリーも素直に
殉ずる。
背後で一礼を払うと、彼女は紅い
蝙蝠へと変化した。
居住区の方角へと飛び去る
知獣を見送り、少女城主が瞳を上げる。
と、はたして
忌むべき敵は、
そこに存在していた!
黒月の巨眼を
後ろ
盾に浮遊する人影!
距離にして約二〇メートル先──黒い
長外套を
靡かせ、戦火の頭上に
滞空している!
一瞬、エリザベートの亡霊かとも思った。
だがしかし、それは有り得ぬ話だ。呪われたる魔物と堕落した〈吸血鬼〉の魂は、霊界の
理から除外排斥されているのだから。
故に〝再生〟こそすれ〝
輪廻転生〟などしない。
況してや〈幽霊〉などになるはずがない。
「まさか……
あれは?」
『ああ、私が〝ドロテア〟さ』
カーミラの推察に影が答える。肉声ではない。低く静かな
囁き声を聞き取るには、互いの距離が離れ過ぎている。当然ながら〈魔術〉による
無声会話だ。
「満を
辞して〝黒幕〟
自らの御登場かしら?」
思念を返す。
『黒幕? クックックッ……』
「あら、何か
可笑しくて?」
『クックックッ……
我は
露払いに過ぎん。イギリス全土を
掌中に
収めるためのな』
「やはり、
本隊は別に
控えているって事ね。
或いは〈
不死十字軍〉同様に、
未だ母国で
胎動中なのかしら?」
『……何?』
「敵対勢力の本格的侵攻ならば、全面攻撃を打ってくるでしょうからね。けれど、エリザベートの
謀反を
唆した暗躍に、
夜闇に
紛れた消耗品による奇襲──あまりにも小規模で
場当たり的過ぎる」
『…………』
「背後にいるのは、エジプト? イタリア? それとも、まさかフランスかしら? どちらにせよ〈魔女の勢力〉なのでしょう?」
『……よく
喋る』
ドロテアの
声音から
抑揚が消えた。それは
情報隠匿を再意識した証拠である。
(これ以上は語らず……か。
誘導尋問は失敗みたいね)
詳細看破を突きつける事で動揺を
誘ってみたが、結果として
裏目に出たようだ。逆に警戒心を誘発し、これ以上の聞き出しは
望み
薄となってしまった。
(けれど、それは当たらずとも遠からずって事を語っているようなものよ……魔女ドロテア!)
互いに出方を
窺う
反目が続く。
ややあって、浮遊する影が揺らいだ。
魔女が消え去るのを察知し、カーミラが制止を叫ぶ!
「御待ちなさい! 魔女ドロテア!」
しかし対応は紙一重で遅く、その
幻姿は
霞と消えた。
『カーミラ・カルンスタイン、キサマ達〈吸血鬼〉の軍勢は
今宵滅びる。ロンドンの
領有権は、我等の
掌中に……』
置き
土産の声が拡散して響く。
「
虚しい支配権なんて、どうでも良くってよ」カーミラは
虚空を
睨み
据え、
忌々しく本音を吐き捨てていた。「けれど、
貴女を許す気は無いわ。
自らの
姦計のために
忠義を
吐き捨てる──わたしの
最も嫌う人種ですもの」
静かなる敵意に、エリザベートの哀れさを
愁える。心より信頼を置いていた
腹心に裏切られ、
道化と
堕ちた哀れさを……。
それは、
如何に絶望的な
惨めさであっただろうか。あのような無慈悲な
姦計を、繰り返させてはならない。
総ての
元凶は、あの〈魔女〉だ!
絶対に
討たねばならない!
次なる〝エリザベート〟を生み出さないためにも!
と、背後に何者かの気配を感じた。
重々しい男性の声が、彼女へと呼び掛ける。
「カーミラ様」
「ジル・ド・レ卿?」こうした戦況には頼もしい人材であった。「丁度良かった。折り入って御願いがあるの。しばらく、わたしに代わって戦局の指示を──」
そう告げて振り返ると同時に、腹部で熱さが燃える。
「……え?」
状況が呑み込めず、カーミラは確認の視線を落とした。
彼女の腹部を
貫く
簡易魔剣!
「珍しくも
虚を突かれましたな。この目まぐるしい乱戦下では、無理からぬ事ではありましょうが」
力強く
刃を
捻込む!
それは
宛ら、エリザベートの
仇討ちにも思えた。
「かふっ!」
白が赤を
噴く!
「
所詮、
貴女は浮き世離れ。
戦には
疎過ぎる」
「ジル……ド……?」
「いま一度、生まれ変わらねばならぬのです──このロンドンも──我等〈
不死十字軍〉も──そして、私自身も────」
魔剣に
断腸の
念を込めるジル!
「っああ!」
可憐が鮮やかに
生命を
吐く!
理不尽な
餞別を引き抜かれると、麗しき少女
吸血姫は
自らの
血溜まりへと崩れ倒れた。
まるで、冷たい眠りへと落ちるかのように……。
本格的な戦ともなれば、
来賓や使用人たる〈吸血鬼〉の出る幕はない。率直に言えば〝役立たず〟だ。
ジョン・ジョージ・ヘイとペーター・キュルテンによる合同部隊の任務は、そうした
輩を保護する役目にあった。
狼狽に踊る
来賓達が、速やかに安全な場所へと誘導される。具体的には
屍棺安置室や
血液貯蔵室等だ。こうした部屋は総じて地下に
設けられているため、
緊急避難壕としての側面も
補っている。
慌ただしい誘導を終えると、ジョンは一階へと登った。正面大回廊へと続く通路だ。
固より深い霊気を漂わせる情景が、
更に拍車を掛けた蒼い
虚構へと染まっている。
城内には、人の──
否〈吸血鬼〉の
姿気配は全く無い。避難するか戦地へ
赴くか……その二択だ。
手近な窓から外を眺めると、城壁の向こうには
朱宴が
鮮やかだった。
加勢できぬ弱さが
歯痒い。だが、自分達は戦火が鎮まるのを待つしかなかった。
「とりあえず全員避難させたな」
背後からの声に振り向く。遅ればせながら登ってきたペーターだ。
「非戦闘的なボク達には適した任務だね」
軽く自嘲を含むと、ジョンは視線を城外へと戻す。
ペーターも、それを追った。
「ジル・ド・レ卿とアーノルドに任せるしかないさ」
と、ペーターは異変を感じる。
「な……何だ?」
俄に
血相が変わった。
ジョンは、まだ気付かない。
「どうしたんだい?」
声も届いていないかのように、ペーターは睨み据えている。どうやら焦点は城門だ。
釈然としないままそれに
倣い、ようやくジョンも
驚愕を
漏らした!
「城門が……揺れ
軋んでいるっ?」
外側からの大きな圧力だ!
それはつまり、敵勢が押し寄せているという事実に
他ならない!
「
殺られたっていうのか? ジル卿とアーノルドが……
我が軍きっての
防波堤が?」
「僕にしても
俄には
信じ
難いよ。けれど、これは
紛れもなく現実──
有無を
云わさずね」
「クソッ! どうすればいい!」
「まだ
現在は巨大
閂が耐えているけど、それも
僅かな
猶予でしかないだろうね」
「実戦部隊は
総て
迎撃に出たんだぞ! 応戦できる兵力なんか残っちゃいない!」
加熱するペーターに反して、ジョンは沈着冷静を
保っていた。口元に手を添えて黙々と思索する姿は、まだ希望を捨てていない。
「おい、ジョン?」
「我々は、戦闘能力で〝
吸血貴族〟に
劣る──傭兵経験者のアーノルドは別としても。つまり、それさえ
補えれば応戦する事も可能なはず」
「だろうさ。けど、現実的に無理な話だ。いまから訓練でも重ねるってのか?」
「待ち
給えよ。僕は『
我々には応戦手段が無い』と言ったのさ──つまり僕と君に限った話だ」
城門を警戒に
睨み続け、ペーターが
焦れる。
「正直、話が見えないな。
手短に要点だけを言ってくれ」
その時、
威勢猛々しい勧告が
告げられた!
城門の外からだ!
「聞けぃ!
残留兵共!」
気迫だけで通る叫び声!
聞き覚えを抱き、二人は顔を見合わせる!
「この声は……ジル・ド・レ卿か!」
「
貴様等の
主君カーミラ・カルンスタインは、
既に
我が
刃に倒れている! 防衛線たるアーノルド・パウルも、
我が
屠った!」
ようやく
合点がいった。
この急変した
劣勢は、ジル・ド・レ卿が
寝返ったが
故なのだ!
理由は判らない。
が、突破された防衛線が、その事実を立証している!
「速やかに降伏し、我が軍門へと
下れ! 一時間だけ
猶予を与えてやる! よく考え、賢い選択をするがいい!」
そう言い残して、気配は消えた。
夢幻であったかのように鎮まる城門。
訪れた静寂の中で、ペーターが
嘆息混じりに
零した。
「やれやれ……カーミラ様が倒され、アーノルドも死んだ──何よりも主戦力であるジル卿が寝返った以上、我々には打つ手は無いぜ?」
「
仮にカーミラ様が
殺られたのだとしても、我々には匹敵する
一騎当千がいる」
思いの
外、ジョンは涼しい。
「そいつは〝ブラッディ・メアリー〟の事か?」
「いいや」
「もしかして、ドラキュラ伯爵なんて言うつもりじゃないだろうな? 確かに〈伝説の吸血王〉かもしれないが、来城した事すら無いんだぜ?」
「いいや」
妙案を
含んだ
微笑を
携え、ジョンは明答する。「カリナ・ノヴェールさ」