白と黒の調べ Chapter.8

文字数 3,466文字


 双色(そうしょく)吸血姫(きゅうけつき)達は、ようやく小汚(こぎたな)安息所(あんそくじょ)へと帰って来た。
 その外観を見上げ、カリナは軽い安心を(いだ)く。
(取り立てて、異変は感じられんな。()しんば何かあっても、心配には(およ)ばんだろうが……そのために、メアリーのヤツを残しておいたのだから)
 (きし)む階段を踏み登る。
 先の経緯(いきさつ)からか、互いに黙々と()を刻むだけだった。
 ひたすらに会話は無い。
 激闘の疲労感もあるだろう。
 されど、カーミラに限っては、それだけではなかった。
 胸中を巡る思いが釈然(しゃくぜん)としないからだ。
 エリザベートの末路(まつろ)……ではない。
 その事は(すで)に割り切っている。
 胸中に逡巡(しゅうじゅん)するのは、もっと別な事柄(ことがら)であった。
「ねえ、カリナ? ちょっといいかしら?」
 (くろ)外套(マント)に続いて登る最中(さなか)、我慢しきれず(たず)ねる。
 背後からの不意な()()けに、カリナは無愛想な仮面を再武装した。
「何だ?」
貴女(あなた)の魔剣、いったいどういった代物(しろもの)なの?」
「フン……やはり、それかよ」
 登りきると目的の部屋は、すぐ(そば)である。
 (ゆえ)か、カリナは踊り場で小休止とした。
 対話応対が多少()()るのを予測しての判断だろう。
「正直、感心したぞ。()()を組み()ける者が、私以外にもいたとはな」
 黒艶(くろつや)にくすむ(かし)手摺(てすり)へと背を預け、軽い優越を(ふく)んだ態度に返す。
 相変わらず、軽視(けいし)的な毒気(どっけ)()びた言い方だった。
「あら、そう思ったからこそ、()(たく)してくれたんじゃなくて?」
「まあな。万にひとつの可能性だが、そうした展開が有り得るなら見たくもあったさ。それと、もうひとつ──」
「何かしら?」
「──〈伝説の吸血姫(きゅうけつき)〉とやらが、無様にしくじるのも面白い……ともな」
 悪戯(いたずら)的な笑みを浮かべている。
 さりながら、敵意ではない。
 そこから判断する限り、おそらく本気ではあるまい……と思いたい。
「それは残念な結果だったわね。で? いつから愛用しているのかしら?」
「最初からだ」
闇暦(あんれき)以前の記憶が無いと(うかが)ったけれど?」
「ああ、そうだったな。だから、私が認識した時点からの話さ」
「単刀直入に()くけれど、それは何なの?」
「さあな。だが、()()()の中には〝()()()〟が()む」
 その事実は(すで)に知っている──そう思いつつも、カーミラは言葉を()えて()んだ。
 カリナ自身が把握(はあく)している詳細(しょうさい)を引き出すためである。(よう)は探りだ。
 が、ポーカーフェイス戦に()いては、流れ者の方が上手(うわて)だったようだ。
「その(ツラ)じゃ、オマエも会ったようだな」
 微々(びび)たる不自然さを鋭敏に感じ取り、例の如き冷ややかな口調を先制する。
「ま、当然か。だからこそ、コイツを()()せる事ができた。一応は合点(がてん)がいったぞ」
「お見通し……か」
 カーミラは、はにかんだ苦笑に誤魔化した。
「会えたのは幸運だったな。でなければ、コイツは制御できん。さもなくば、オマエの魂すらも(かて)と喰らっただろうよ」
(かて)と喰らう……つまりは〝()()()()()〟という事よね」
「ああ。操者(そうしゃ)(たましい)も、斬り捨てた敵も、(ひと)しく()()()(エサ)だ。そうして魔力底値(そこち)を上げていく。戦えば戦う(ほど)、そして喰らえば喰らう(ほど)、コイツ自身が強くなるのさ」
「正直、驚いたわね。確かに〝自我〟や〝残留思念(ざんりゅうしねん)〟を宿(やど)す魔剣は、()(いく)つか存在するわ。精製魔法によって付随(ふずい)形成された〝疑似(ぎじ)人格(じんかく)もね。そうした魔剣は総じて稀少(きしょう)な武具だけれど……それは一線を(かく)する」
「ま、おそらく唯一(ゆいいつ)無二(むに)だろうな」
「ええ。その魔剣は〝()〟そのものを内在させている。ううん、どちらかと言えば転生体に近い物よ」
「事実、そうなんだろうよ」
「その魔剣に巣喰(すく)う人が、誰かは御存知(ごぞんじ)?」
「かつて、真名(まな)を聞き出した事がある。確か〝ジェラルダイン〟と言ったな。第一世代吸血鬼──つまり〈原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)〉の魂らしい。だから私は、この魔剣を〈ジェラルダインの牙〉と名付けた」
 浅く(かわ)きを覚え始めた(のど)柘榴(ザクロ)(すす)りに(うるお)す。
「相変わらず、続けるのね」
「……何がだ?」
「それ──柘榴(ザクロ)よ」
 白から(ゆび)さされ、軽く嗜好品へと見入る。
「菜食主義も結構だけど、度が過ぎると身体に(さわ)るわよ」
「ほっとけよ」
 カリナは軽く鼻を鳴らし、目線を()らした。
 こうした指摘である以上は、間違いなく柘榴(ザクロ)の意味合いを見透(みす)かされている。
 なんとも面白くない。
適度(てきど)()()摂取(せっしゅ)しなければ、魔力も低下するわ」
「ハッ……先の戦闘で、私の魔力が(おと)っているように見えたかよ?」
(……そこなのよね)
 カーミラが知る限り、カリナは吸血行為を断っている。
 にも関わらず、魔力に(かげ)りは無い。
 自分に匹敵する強大さだ。
(むしば)んでいないはずはないのだけれど……)
 ともすれば、底値自体が高いという事だ。
 (まれ)にみる存在ではある。
 それだけの魔力という事は、少なくとも第三世代以降ではあるまい。実に興味深い。
「まあ、いいわ。で、経歴は?」
「……どちらのだ?」
「どちらの?」
「剣か? 柘榴(ザクロ)か?」
「剣よ」
「知らん。正直、興味が無いしな」
「そう」
 それ以上は追求せずに、カーミラは話題を終息させる。
十中八九(じゅっちゅうはっく)、わたしが行き着いた〈真相〉に間違いないでしょうね。けれど、それを語り聞かせるタイミングは、いまではないわ。それよりも優先すべきは──)
 想起した瞬間、カーミラの瞳は強い固執(こしゅう)を燃え上がらせていた。
(──そう、最優先すべきは〈レマリア〉の存在!)
 尋常(じんじょう)ならざる(すご)みが魔眼(まがん)宿(やど)る!
 けれども、それが表層化したのは数秒にも満たない。
 自覚したカーミラは、すぐさま普段の貞淑な物腰へと(かえ)ったからだ。
 その変化に気付けなかったカリナの迂闊(うかつ)さは、カーミラにとって(さいわ)いな油断である。
(事前に動揺させる事は、極力(きょくりょく)()けたいものね)
 そして、実行すべき時期は遠くない──そんな予感を確信と(いだ)いていた。


 ガタつく扉を開くなり、満面の安堵(あんど)出迎(でむか)える。
 リック少年とメアリー一世であった。
「カリナ! マリカル!」
御双方(おふたかた)、どうやら御無事で……」
 左腕の痛みを押し隠したカーミラが、(うれ)いある苦笑を返答とする。
 とはいえ、高貴なる純潔を(そこ)なう腹部の赤は、無言の心配を()したようだが。
 一方でカリナは、そわそわと落ち着きを無くしていた。
 まるで(こころ)()らずの様子(ようす)だ。
 その視線は、(いささ)焦燥(しょうそう)気味に周囲を捜している。
 目敏(めざと)く察知したカーミラが声を(ひそ)めて(たず)ねた。
「どうしたの?」
「いや、レマリアの姿が……」
「あら、あそこにいるのは違って?」
 目線で()す先を追うと、柱時計(はしらどけい)(かげ)から若草色のスカート(すそ)がはみ出ている。
 それを認識したカリナは、ようやく平静さを取り戻したようだ。
「どうやら隠れきれないでいるらしいな」
「きっと怖くなって、隠れていたんじゃなくて?」
「ああ、そうか。そうかもな……」
「身の守り方、教えてあったんでしょう?」
「うむ。万ヶ一、私と離れた場合は、物陰へと隠れるように教えてあったはずだな──そうだとも」
「そうでしょう? きっと、それを守ったのね」
 母性に()まる黒姫(くろひめ)は隠れた女児へと歩み寄る。
 その(そば)で片膝付きに(かが)むと、悪戯(いたずら)っぽくスカート(すそ)を軽く(つま)んでやった。
「……見えてるぞ」
 ひょこりと顔を覗かせる無垢(むく)
「わたし、みつかってないのよ? だって、ちゃんとかくえてますからねーだ」
 (つたな)い負けん気が「イーッ」と顔を(ゆが)めた。
 どうやら簡単に見つけられた事自体が不服らしい。
 そんな愛しい()()()()()を、彼女は優しく抱き上げる。
「そうだな。だが〝かくれんぼ〟は、もう終わりだ」
「おわり?」
「ああ、敵がいない」
「おにさん、バイバイしちゃった?」
 つまらなさそうに意気消沈していた。
 その背中を軽く叩いて、あやしてやる。
 カリナにしてみれば、駄々(だだ)(ふう)じの先手(せんて)()れたものであった。
 親指吸いにおとなしくなったレマリアが、頭をコテンと胸枕(むなまくら)(ゆだ)ねる。
 それから左程(さほど)()たずに、幼女は微睡(まどろ)みへと落ちていった。
「……よく寝るヤツだ」
 軽く(あき)れながらも、愛らしさに(いや)される自分がいた。
 身体(からだ)()(かご)と泳がせ、たゆとう波長を共有する。
 しばらくして、(おもむろ)にリックが近付いてきた。
 心無しか、その態度は怖ず怖ずとしているようにも見える。
「あのさ、カリナ?」
「何だ」
「う……ん、さっきリャムから聞いたんだけど……」
 (いささ)()(づら)そうに躊躇(ためら)っていた。
 (さっ)したカリナは、慣れた無愛想を(よそお)って(うなが)す。
「どうした? 黙っていても進展はないぞ」
「うん……じゃあ、思い切って()くけどさ」
 深い一息を吸うと、少年は迷いを()った。
 その勢いのまま、()(けっ)して疑問をぶつけてみる。
「カリナって〈()()()〉なのか?」
「…………」
「…………」
「……フッ、今更(いまさら)かよ」
 (くろ)外套(マント)は砕けた苦笑を(たずさ)え、その答えとした。
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登場人物紹介

名前:カリナ・ノヴェール

(Karina Noveil)


性格:

 孤高。攻撃的。達観的なひねくれ者。

 しかし内面は人一倍心優しく、とりわけ子供へ傾ける母性は強い。


特徴:

 流浪の吸血姫。

 戦闘能力は極めて高く、とりわけ実戦経験で鍛えられた剣技は屈指の実力。

 常に柘榴を嗜好品としている。

名前:カーミラ・カルンスタイン
(Carmira Karnstein)



性格:

 閑雅にして優麗。

 自分本意な恣意的性格も孕んでいる。

 同時に達観的な観察力を常時張り巡らせており、性格的には抜け目が無い。

 また、柔和な物腰に反して〈吸血鬼〉らしい冷酷さも兼ね備えている。



特徴:

 スチリア出身の伝説的吸血姫。

 彼の〈吸血王ドラキュラ〉と双璧として語り継がれている魔性。

 かつて原典小説『吸血鬼カーミラ』の物語を経験した後日談が、本作での背景設定となっている。

 見た目の貞淑さに反して戦闘能力は極めて高く、その実力と潜在魔力はカリナと同等のようである。

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