孤独な老人とサキュバス

文字数 1,793文字

ただいま〜
あぁ、おかえり、ミルリンちゃん
買い物して来たんで
すぐ、ご飯つくっちゃいますね
いつも、すまないねえ
ううん、気にしないでぇ
サキュバスのミルリンは、今、関東近郊で独り暮らしをている、孤独な老人と一緒に暮らしていた。
ミルリンちゃんみたいな、若くて綺麗な娘さんに

こんな汚いボロアパートで、なんだかすまないんだけど

やだぁ、おじいちゃんたら
いつも、そればっかり言っている
いや、いつも、本当にそう思ってるんだよ
ミルリンちゃんみたいな、若くて綺麗な子なら

もっと、いくらだって、贅沢な、いい暮らしが出来るだろうし

若くて素敵なボーイフレンドだって出来るだろうに
だってあたし、おじいちゃん、可愛くて好きなんだもん
それに、あたしサキュバスだから

人間が考える贅沢には、あんまり興味がないかなぁ

そういうもんなのかい?
ゆるふわ天然サキュバスのミルリン。

独自の価値観を持つ彼女のことを、人間が理解しようというのは、無理なのかもしれない

あ、あと、こう見えても、おじいちゃんより年上だからぁ
あんまり、若い、若い、言わないでぇ
なんだか、恥ずかしいからぁ
そうかい、じゃあ
ミルリンちゃんは、いつまで若々しくて、羨ましいよ
あ、ご飯出来たから、一緒に食べましょ
 
ねえねえ、ちょっと、知ってるぅ?
あそこのボロアパートに住んでる爺さん
なんでも、最近、サキュバスなんかと暮らしてるらしいじゃないの……
やだぁ……
取り憑かれたんじゃあないかしら
近所の噂好きな人間達は、サキュバスと孤独な老人の、奇妙な同棲生活について、いつも、陰口を叩いていた。
あの爺さんも、財産があるようには見えないから
遺産目当てじゃあないでしょうし

やだあっ、あんな年寄りから、精気とか吸っているのかしらね

あぁ、気持ち悪い
いつもの買い物帰りに、たまたま、そんな会話を聞いてしまうミルリン。
うーん……
もちろん、ミルリンは、老人から精気を吸ったりしていない。
そんなことをすれば、おじいちゃんは、確実に死んでしまう。
 
あたし、ここに居たら
おじいちゃんに、迷惑かけちゃうんじゃないかしら……
な、なんで、そんなこと言うんだい
そんなこと、ある訳ないじゃあないか
ミルリンは、偶然聞いてしまった、近所の人達がしてい噂話について、説明した。
……と、いうわけなの
なんて、酷いことを言うんだろうね
そんなの、言いたい奴には、言わせておけばいいんだよ
でも……
いいかい、ミルリンちゃん
ワシはね……
昔、経営していた会社が倒産して
多額の借金だけが残った
妻とも離婚して、子供達とも離れ離れになって、家族を失ってしまったんだ
それからはもう、借金を返しながら
その日を生きて行くのがやっとで
気がつけば、もうこんな年老いてしまっていた
……
多額の借金を返すために、人生の大半を
多くの時間を、無駄に費やしてしまったんだよ
これじゃあ、なんのための人生で
なんのために生まれて来たのか、わかりゃあしない
これまで、ずっとそう思って来たんだ
……
まぁ、ワシは、人生の敗北者で
大した人生ではなかったのかもしれない
それでも、今こうして
ミルリンちゃんが一緒に居てくれることで
こんな人生でも
まぁ、それなりに、悪くなかったのかもしれない
ようやく、そう思えるようになって来たんだよ
おじいちゃん……
老人の孤独死なんてものほど、寂しいものはないからね
どうだろう
もうちょっとだけ

先の短い老いぼれの、人生の最期を看取っては、もらえないだろうか

そうだね
おじいちゃん、本当は、寂しがり屋さんだもんね
 

毎晩、おじいちゃんは、ミルリンに抱きしめられながら眠る。

本当に、すまないねえ
いつも、そればっかり
歳を取って、耄碌して来ると
複雑だったり、難しいことが、分からなくなったり、出来なくなったりしてきてね

まるで自分が、小さい子供の頃に、戻ってしまったような気分になるんだよ

そして、このまま、きっと、一人では何も出来ない、赤ん坊まで戻るんだろうなってね
きっと、随分と、甘えん坊な赤ちゃんだったんでしょうね
こうしてもらっていると
赤子の頃、お母さんに抱かれていたことを思い出すよ
うそぉ、そんな赤ちゃんの時の記憶なんて、覚えてないはずでしょ?
いや、男なら、本能的に覚えているもんなんだよ、きっと
ミルリンがおじいちゃんに見せる夢は、淫夢ではなく、幼い頃の原体験、母の胸に抱かれて眠る安らぎ。

そして、ミルリンのふくよかな、二つの胸のふくらみは、母性の象徴でもあるのだ。

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