再び五百年前、異世界にて
文字数 3,433文字
五百年前、異世界にて、北の大陸を支配していた、人間の大国があった……。
北の大国は、周辺国だけに飽き足らず、異世界の各地で、自ら戦を仕掛けては連戦連勝、敗れた国を、次々と植民地支配していく。
敗れた国では、常時、奴隷狩りが行われ、その国の民、特に女や子供は、奴隷として強制的に連行されて、大国の富裕層に向け、人身売買されていた。
そして、北の大国は、領土を何倍にも拡げ、やがて帝国を名乗る。
帝国の戦略は、単純明快で、圧倒的な数の優位による、人海戦術。
そのため、国力増強の名の下に、すべての女達は、子供を産むための道具として扱われ、十三歳を超えた女は、
そうした土壌故に、女達への性的暴行は常態化しており、また、これを咎める者も誰もいなかった。
それと同時に、同性愛は、子を成さない無益な行為だとして、同性愛者達は弾劾され、迫害を受ける。
捕らえられた彼、彼女達は、見せしめのための公開処刑によって、生きたまま火炙りにされた。
帝国のやり方に異を唱える者達もまた、政治犯、思想犯として捕らえられ、同様に公開処刑される、それもまた常態化してしまっていた。
当初は、暴動が起こることもあったが、帝国はこれを圧倒的な武力によって鎮圧。
暴動に参加した者達は、本人のみならず、一族郎党をみな殺しにされる憂き目となる。
そして、反帝国派を密告した者には、多額の報奨が払われることになり、人々は互いが互いを監視し、疑わしい者が居れば、帝国に密告する、密告社会へと成り果てて行った。
また、帝国は、個では人間の力をはるかに凌駕する他種族を、早い段階から危険視しており、他種族排斥主義政策を打ち出してもいた。
他種族を迫害、弾圧し、住む土地を奪い、やがては、その者達を、抵抗が出来ないように薬漬けにして、奴隷へと堕としていく。
このようにして、帝国は、異世界の歴史上、はじめてにして唯一、全土統一の偉業を成し遂げた国家となる。
だが、それは、一割の富裕層と、九割の奴隷で成り立つ、極めて歪な社会でもあった。
王族、貴族、官僚、豪商、そうした一部の層のみが、この世界のすべての富を手にし、それ以外の民達は、常に、貧困と飢えに苦しみ、自ら奴隷へと身をやつす。
人々は笑顔を忘れ、自らが生き残るためには、尊厳を捨てて、まるで生ける屍のごとく、ただ黙って富裕層の言いなりに、奴隷になるしかない。
奴隷になれば、寝る間もなく働かされ、食料も碌に与えられない、病気になればすぐに殺され、実験動物なような扱いも受ける、使い捨ての命。
人々からは、この世界を、改めようとする気力さえも、もはや完全に失われてしまっていたかのように思われた。
帝国!万歳っ!帝国!万歳っ!
全土統一の宣言が、帝国の王、自らの口から発せられるその日。
式典に集まった一割の富裕層は、熱狂して、帝国の偉業を称えていた。
王族、貴族をはじめ、武将、官僚、豪商や兵士達、帝国の一割に選ばれた勝利者達が、ここに集結し、武王を祝福しているのだ。
建物の最上部、高所から、その群衆を見下ろす帝国の王。
その帝国の王の前に、突如として現れる一人のサキュバス。
厳重に幾重にも張られて結界を、セキュリティを、やすやすと突破して、顕現したサキュバス・アイリンの体は光り輝いている。
王は声を出して笑ったが、その次の瞬間、両の腕がなくなっていた。
王の足下に転がっているのは、自らの左腕と右腕。
生体エネルギーを物質化した二刀の剣を両手に持ち、返り血を浴びて立つサキュバス・アイリン。
衛兵達が駆け付けた時には、すでにそこにアイリンの姿はなく、その代わりに、次々と血飛沫が宙を舞い、腕や足を斬り落とされた一割側の人間達から悲鳴が上がる。
それは、人間の動体視力では、アイリンの姿を視認することすら出来ない速さ。
人間の動体視力の限界を超えて動き回る者による急襲を、防ぎきれる人間などいる筈がない。
だが、アイリンは、自らに課したルールによって、直接人間の命を奪うことはしない。
従って、斬るのは人間の四肢、腕か足のいずれかのみ。
聖職者としての心が残っていたのか、それともアイリンの威圧に怖気づいたのかは不明だが、ヒーラー達がこの場に姿を見せることはなかった。
サキュバス・アイリンによる式典襲撃、その話は、瞬く間に、九割側に属する民衆、奴隷達へと広がっていった。
それは、これまでずっと、抑圧されて来た、押し殺して来た民衆の怒りが、一気に暴発した瞬間でもあった。
修羅場と化している式典会場へと、大挙して押し寄せる民衆達、それは何十万という数にも及ぶ。
そして、怒りに我を忘れた民衆の群れは、負傷している一割側の人間達を、次々と撲殺して行く。
それはもちろん、アイリンにも分かっていたことではあった。
そして、アイリンは、悲しげな瞳で、その光景を見つめているしかなかった。
こうして、枢軸となる主要メンバーのほとんどを、多くの兵士達を、瞬く間に失った帝国は、わずか一夜にして崩壊する。
一割に属していた者達の生き残りも、その後すぐ、民衆の暴動によって、みな殺しにされた。