カレシの過去に、嫉妬するサキュバス
文字数 2,535文字
リリアンは、現在、カレシと一緒に、ラブラブな同棲生活を送っている。
サキュバスとはいえ、これまで、まっとうな恋愛などは、経験して来なかったリリアン。
恋愛初心者のリリアンは、まるで十代の少女のように、カレシの過去、特に好きだった女子のことなどを知りたがる。
だが、男のほうからすると、大体、そういう詮索は、鬱陶しいもので。
本当は、もっと、いろいろと聞き出したかったが、リリアンは、それ以上、深追いすることは出来なかった。
逆に、自分が、昔のことを聞かれれば、サキュバスとしての過去を、話さなくてはいけなくなる。
さすがに、それは藪蛇というもの。
異世界での、サキュバスとしての過去に、後ろめたさもある。
だが、好きな人のことを、もっと知りたいという欲求は、抑えることが出来るものではなかった。
それは、まるで、自分が知らないカレシの時間を知っている元カノに嫉妬するような、そんな人間女性の感情にも似ていた。
カレシが留守の間に、部屋にあった卒業アルバムを、こっそり漁り、『吉川』なる女生徒のことを見つけ出す。
そこからさらに、彼女の住所を調べようと必死になり、その執念は、まるでストーカー、もしくはヤンデレのようでもある。
『吉川美智子』なる人物が、いかなる女子なのか?
それが気になって仕方なく、実物を一目見ようと、彼女を探し続けていたリリアン。
調べた住所を訪れてもみたが、彼女の一家はすでに引っ越してしまっており、結局、本人を探し出すことは出来ないでいた。
リリアン殿、人探しでござるか?
諦めかけていたリリアンに、喫茶『カミスギ』の天井から声がかかる。
シュッ!
彼の名は、ニンジャマスター。
異世界から、サキュバス達と共に、こちらの世界に来た移民者の一人であり、また、
ちなみに、喫茶店『カミスギ』に現れる時は、必ず天井の排気口からと決まっており、こちらの世界で鑑賞した『忍者ハットリくん』をリスペクトし、見た目も寄せて、語尾に『ござる』をつけるなどして、口調を真似ている。
あまりに私的な感情に起因することを、ニンジャマスターに調べてもらうのは、さすがにリリアンも躊躇いがあるようだ。
と言いつつも、知りたいという欲求には抗えず、結局、リリアンは、ニンジャマスターに、『吉川美智子』探しを頼むことにする。
ニンジャマスターが探し当てた『吉川美智子』の居場所、それは、病院だった。
リリアンを案内して来たニンジャマスターは、それ以上は多くを語らずに、その場から姿を消した。
この時はまだ、リリアンには、ニンジャマスターの言葉、その真意が分かってはいなかった……。
リリアンは、病院内に入ると、すぐに『吉川美智子』の姿を見つけることが出来た。
そして、一目見て、察した。
慣れない車椅子に乗り、必死で、それを動かそうとする『吉川美智子』。
リリアンの目には、いつしか、涙が溢れている。
もちろん、それは、彼女が車椅子に乗っていたからだけではない。
彼女達だけが、感じることが出来る、性犯罪被害で心に深い傷を負った人間の魂。
それも、異世界に居た頃、性奴隷にされていた女達と同じぐらいに、彼女の魂は傷つけられている。
リリアンは、瞬時に、それを感じ取ったのだ。
それと同時に、もう一つ。
彼女の余命が、この先、さほど長くはないだろうことも感じ取っていた。
リリアンは、自分でも気づかないうちに、彼女に声を掛けていた。
それは、元カノへの嫉妬などはとっくに忘れて、ただ単に、彼女のことが心配で仕方なかったからに他ならない。
思わず声を掛けてしまったはいいが、向こうは当然、こちらを知っているはずもなく、しどろもどろになりながら、適当な言い訳をするリリアン。
彼女が乗った車椅子を押してあげて、病院内の庭を一緒に散歩するリリアン。
リリアンが思っていた以上に、優しくて、性格が良さそうな吉川美智子。
そう思わずにはいられなかったが、さすがに、初対面でいきなりそこまで聞くことは出来ない。
彼女の左手首にある、多数のためらい傷。
パジャマの袖から、時折見えるそれが、より一層、リリアンの胸を締め付ける。
予想外の言葉に戸惑うリリアンだったが、今は、彼女を傷つけるような発言はしたくない、そんな気持ちでいっぱいだった。