百年後、日本にて(終)

文字数 3,159文字

慎さん……
早いもんだね……
慎さんが、逝ちまってから、もう50年も経つのかい……
ここに、魂が存在していないことは分かっていたが、それでも骨はここにあり、人間の故人を偲ぶ習慣も理解していたため、こうして定期的に、愛倫(アイリン)は慎之介の墓参りに訪れていた。
――慎さんを失った喪失感、心の傷は
50年経った今なお、癒えることはない……
むしろ、孤独を感じる度に、寂しさと恋しさが募るばかりだ……
まるで、心にぽっかり大きな穴が空いちまったみたいで
こっちの平和な世界ですら、あたしには
色も音もない、灰色の世界のように思えてしまうよ……
それだけ、慎さんは、あたしにとって、特別な存在だったんだ……
…………
じゃあね、慎さん、また来るからね……
 
慎之介と暮らしていた50年の間に、愛倫(アイリン)の生活様式は、普通の人間とほとんど変わらなくなっていた。
無闇に空を飛ばなくなったし、移動には公共交通機関を使う、愛倫(アイリン)もそれを当たり前のこととして受け入れている。
それは、さらに50年経った今でも変わらない。
――そういえば……
――移民がはじまって、もう100年が経つんだね……
これまで、いろいろと問題もあったけど
あたし達、移民者は、それなりに、こっちの世界の人間と共生出来てるんじゃあないかと思う
みんなも、もうすっかり、こっちの生活に慣れちまったし
むしろ、今、問題になっているのはそこじゃあなくて……
あたし達の故郷である世界が、100年経ってもまだ、消滅していないってことかね
日本政府は、自分達を騙したんじゃあないかと文句を言っている
あたしはてっきり、創造主が故郷を消滅させるんだと思っていたんだけどね……
あっちの世界が消滅する理由……
他に、何かが、あるのかね?
 
そして、買い物に立ち寄ったショッピングモールで愛倫(アイリン)は、驚くものを目にする。
遠目に、チラッと愛倫(アイリン)の前を横切った、それ。
慎さんっ!?
それは、慎之介の魂によく似ていた。
待って!
待っておくれよっ! 慎さんっ!
愛倫(アイリン)は、必死にそれを追いかける。
死んでしまった筈の慎之介が生きている訳はない、それはもちろん分かってはいたが、それでも、追いかけずにはいられなかった。
そして、ようやく追い付いた愛倫(アイリン)が見たのものは。
おねえさん、だれ?
おそらく、5〜6歳ぐらいではないかと思われる、小さな男児。
あぁ……
しかし、魂は、慎之介と全く同じに見える。
愛倫(アイリン)は戸惑いながら、片膝をついて、目線を子供と同じにあわせる。
……驚かせてすまないねぇ
坊や、名前は、なんて言うんだい?
進之介(しんのすけ)
字こそ違えど、偶然にも同じ名前。
おねえさん、なんだか、元気なさそう
CHU❤️
その男児は、顔を向かい合わせていた愛倫(アイリン)の唇に、突然、キスをした。
……随分と、ませた坊やだね
うーん
チューをしたら、おねえんさんが、元気になる気がした
その子は、サキュバスの特性を直感的に見抜いていた。
そして、それはかって、窮地に陥った愛倫(アイリン)に、エネルギーを与えて救うために、何度も慎之介と交わされた行為でもある。
あぁ……そうか……
唇を重ね合わせた時に、その子の魂に触れた愛倫(アイリン)は、それが慎之介と同じ魂であることを確信した。
そうだったね……
こっちの世界には、それがあるんだった……
輪廻転生
宗教の違いにより、愛倫(アイリン)達の世界では、その存在が希薄だった『輪廻転生』の概念。
愛倫(アイリン)もそのことは、全く頭になかった。
――確かに、慎さんは
『いつかまた会えると信じている』
そう言っていた……
まさか、こんな形だとは思ってなかったけど……
もしかしたら、あたしに会いに来てくれたのかもしれない
??
坊やは、ここに一人で来たのかい?
お父さん、お母さんと一緒じゃないのかい?
お父さんも、お母さんも、もう死んじゃっていないよ……
そうかい……
そりゃあ、すまないことを聞いちまったね
ううん
いまは、養護施設ってとこにいるんだ
――こんなところに一人で子供がいるってことは、迷子なのかねぇ?
ねぇ、おねえさんって、強いんでしょ?
えっ?
その子は、時々、まるで前世での記憶があるかのような発言をする。
なんか、変な人に追われてるんだけど
助けてくれない?
……あぁ、もちろんだよ
ガッシャァ―――――ン
ちょうど、その時、ショッピングモールの天井、そのガラスが割れて、空から誰かが降って来る。
愛倫(アイリン)は、咄嗟に、子供を抱きしめて、蝙蝠の羽根を広げ、降り注ぐガラス片から守る。
ガッシャァ―――――ン
慎さん……
抱きしめた子供の魂は、やはり慎之介のもので間違いない。
愛倫(アイリン)がそれを間違える筈はない。
なんか、お母さんみたい
愛倫(アイリン)に抱きしめられた子供は、彼女の耳元でそう呟いた。
 
痛てててててて……
間違えて、ガラスに衝突しちまった
空から降って来た男、その背中には白い羽根と、頭には輪っかがついている。
馬鹿野郎っ! なにやってんだっ!
こっちの人間には迷惑をかけるなって、あのお方からも言われてんだろっ!
その後を続くように、背中に白い羽根を持つ二人の男が降りて来る。
あの人たちなんだけど
変な人たち
そう言いながら、子供は三人の男達を指さした。
なんだい、天使達じゃあないかっ
それは、愛倫(アイリン)もよく知る、異世界の天使達。
あんた達、またこっちで、何かやらかそうとしてんのかいっ!?
ゲゲゲッ!!

サキュバス・アイリン!!
あんた達、また痛い目にあいたいのかい?
ち、違うんだっ! そうじゃあねえんだっ!
こっちに迷惑をかけるだなんて、とんでもねえっ!!
じゃあ、なんだって、こんな幼い子供を追い掛けまわしてんだいっ!?
い、いやっ、ち、違うんだっ!
そ、そのガキだけは、どうしても、放っておいちゃあダメなんだっ!!
一体、どういうことだい?
そのガキこそが、俺達の故郷を消滅させちまう元凶なんだっ!!
!!
そんな……馬鹿な
ま、間違いねえんだっ!
創造主である、あのお方が、そう言ってんだんからっ!
??
…………
あぁ……そうかい……
そういうことかい……
勇者や英雄のような魂を持つということは……
ダークサイドに堕ちたら、絶対的な破壊者や、魔王にもなり得る……
光と闇、どちらに進むかの違いだけってことなのかい
なっ!? なっ!? 分かっただろっ!?
だから、悪いことは言わねえ
そのガキをこっちによこしなって!
お前だって、故郷に帰りたいだろっ!?
…………
愛倫(アイリン)のことをじっと見つめる子供。
その瞳には、疑うこと知らない、純粋な信頼が宿っている。
――あぁ、分かってるよ、慎さん
いいやっ、お断りだねっ!!
なっ! なんてこと言うんだっ!?
どういう状況か、分かってんのかっ!?
このままじゃあ、俺達の故郷が消滅しちまうんだぞっ!?
あぁっ、そうさ
この子はね、あたしが育てるよっ!!
このあたしがね、この子を、絶対に、闇落ちなんて、させやしないよっ!!
愛倫(アイリン)は、初めての結婚の次は、初めての子育てにチャレンジすると、高らかに宣言した。
へへっ
それでも、この子に手を出すって言うのならね
このあたしが相手になってやるっ!!
そう創造主に伝えなっ!!
サキュバスでありながら、生まれて来てから、千年もの間、戦い続けて来たサキュバス・アイリン。
彼女にとって、この世界での百年は、泡沫の、束の間の安息だったのかもしれない。
なにせ、あたしは
愛のために戦う、サキュバス・愛倫(アイリン)だからねっ
そして彼女は、再び戦いはじめる。
愛する者を、愛する二つの世界を守るために……。
(終)
※今後、途中のエピソードを追加していく予定のため、まだ完結にはしていません。

(終わり方自体は、これで決まっており、変更はありません)

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