忌み嫌う匂い

文字数 1,662文字

サキュバス達の間に、なにやら、よからぬ噂が立ちはじめ、それは、あっという間に広まっていった。

なんだか、あそこら辺に行くと、気分が悪くなってくるんだけど……
わかるぅ、あたしも、この前、飛んでて、落ちそうになったわ…………
あたしも、具合悪くなって、動けなくなったぁ……

とある住宅街、その近辺に、明らかにヤバイ家がある、そうサキュバスたちの間で話題になっているのだ。

姐さん、あの家、かなりヤバい匂いがしますよ……
まるで、腐った人間の魂のような、すごく嫌な匂いがするんです……
そうなのかい……

各地に散っている筈のサキュバス達が、愛倫(アイリン)のもとに立ち寄っては、その報告をする。

それぐらいに、サキュバス達はみな、心配していた。
被害者のことを……。
 

その話を聞き、愛倫(アイリン)も、問題になっている、その家の(そば)まで行ってみる。

これは……

十字路の角に隠れるようにして、その一軒家を見上げる愛倫(アイリン)

女の子……

その家からは、愛倫(アイリン)が最も忌み嫌う匂いしかしない。

しかも最悪な程に、熟成されてしまっている、匂い。
……嫌なものを思い出しちまうね
胸糞(むなくそ)が悪いったらありゃあしないよ
まったく……
きゃあぁぁぁぁぁっ!
ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!
やめてぇっ! やめてよぉっ!

昔、愛倫(アイリン)は、異世界で、そんな光景を何度も見て来た。

地下牢に拘束され監禁されている、体中が傷だらけの少年少女、そんな光景を見た時と同じ匂いがする。

おそらくは、児童虐待……
そして多分
それだけじゃあ、済まないだろうね……

昔居た、異世界ぐらいの文化レベルであれば、他人の敷地だろうと、屋敷内だろうと、愛倫(アイリン)は、躊躇(ちゅうちょ)なく踏み込んで、その少女を助け出しただろう。

かって自分がそうしていたように。
なんにも出来ないなんて……

だが現代の人間社会、人権、プライバシー、個人情報保護等々、法整備もされ、様々な仕組みが確立された、こちらの世界では、そういう訳にはいく筈もない。

忌々しいねぇ……

家主(やぬし)の許可無く家に入れば、それは当然不法侵入となるし、親子のプライベートな問題に他人が介入するには限界がある。

 

その少女をいたたまれなく思い、愛倫(アイリン)は、移民局の信頼出来る、人間の青年、『守屋慎之介(もりやしんのすけ)』に相談してみるのだが。

せめて、その少女が、自分から、誰か大人に助けを求めてくれれば

児童相談所も、まだ動きようがあると思うんですが……
やはり、そうなのかい……

家の中で起こっている出来事、それが表面化しなければ、外部の人間は立ち入ることすら出来ない。

 
ねえ、お嬢ちゃん……
……
なにか、人には言えないような、困ったことはないかなぁ?

少女本人に会って、確かめようとした愛倫(アイリン)は、学校帰りを狙って、話しかけてみるが、少女は、無視して、何も話そうとはしない。

……

まるで死んだような目をして、ただ、黙々と歩き続けるだけだった。

まぁ、そりゃそうだわね……

今は、知らない人に話かけられたら逃げろと、子供に言って聞かせる時代だから、それは当然のことなのかもしれない。

背が高い、金髪に赤い瞳の、ただならぬ雰囲気のお姉さんという時点で、怪しい人だと思われても、仕方ないと言えば仕方ない。

不審者や、変質者ということで通報されなかっただけ、よかったのかもしれない。

 

そこで、愛倫(アイリン)は、もう一度、慎之介に会い、自分が考えていることを相談してみる。

うーん、それはちょっと、グレーかもしれませんね……

学校に入るというのも……
でも、確かに、その方法しかないようにも思います
今回、自分は、聞かなかったことにしておきますから
慎之介は、愛倫(アイリン)に確認する。
でも、それで、何も起こらなかったら
どうするんですか?
願うような口調で、愛倫(アイリン)は応える。
慎さん、あたしはね
何も起こらないことを望んでいるんだよ
何も起こらないってことは
何もないってことだからね
ただのあたし達の勘違いなら
それが一番いいんだよ……
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