老人の最期を看取るサキュバス

文字数 1,762文字

うぅぅっ……
おじいちゃんっ!
おじいちゃんっ!
ミルリンが一緒に暮らしていたおじいちゃんが倒れた。
うぅぅっ……
今、救急車を呼んだから
ワ、ワシは、もうダメじゃ……
そんなこと言わないで!
しっかりしてっ!
ミ、ミルリンちゃん……
おじいちゃん……
ミルリンは、老人を、その胸にしっかと抱きしめた。
ああ、まるで、痛みが和らぐようだ……
これは、きっと……
極楽じゃな……
ミルリンのふくよかな胸の中に、顔を埋め、満面の笑みを浮かべる老人。
……ありがとう、ミルリンちゃん
おじいちゃん……

ミルリンは、死に逝く老人の最後の命を、その胸でしかと受け止めたのだ。

――――
おじいちゃんっ!
おじいちゃんっ!
老人はそのまま息を引き取った。
――――

この上なく、穏やかで安らかな顔で、老人はこの世を去って行った。

……おじいちゃん
 
あの爺さん、やっぱり、死んじまったんだってね
あら、やだあっ……

やっぱり、サキュバスに取り憑かれていたのね

いい年して、若い女に現を抜かして
命まで落としてたら、世話ないわね
ホントよねぇ
そんなに、あっちが、お盛んだったのかしら
まぁ、なんでも、昔、事業に失敗して
すごい借金があったらしいけど

最期まで、悲惨な人生だったのねぇ……

老人は安らかに逝ったが、残されたミルリンは大変なことになっていた。
根も葉もない噂をしていた近所の人間達から、口さがなく言われるのはまだいい方で、

老人と何十年も前に別れて、それ以来一度も会っていなかったという遺族までもが現れて、ミルリンを罵った。

あ、あの……
お前か?
親父を殺したサキュバスというのは?
あんな年寄りから、毎晩、精気を吸い取ってそうじゃないの……
穢らわしいっ
ち、違います……
そんなこと、してません
なんで、警察は、こいつを捕まえないんだっ?
こいつは立派な人殺しじゃあないかっ!
そうよっ!
こいつが、父を殺したのよっ!
ま、まぁ
落ち着いてください
司法解剖でも、完全に病死という結論が出ていますから
仲裁に入ったのは、移民局の慎之介。
病気になるように、こいつが仕組んだんじゃないのか?
そうよ、毎晩精気を吸い取られたら、病気にだってなるわよ
ち、違います……
そんなことしてません
お前のこと、訴えてやるからなっ
ムショに行きたくなかったら
ちゃんと、和解金、用意しとくんだなっ
(結局のところは、金が目当てか……)
……
 
……あたしは、また
間違ったことをしたんでしょうか?
そんなことはないよ
あんたはね、サキュバスとしての、務めを果たしたんだよ
愛倫は、ミルリンに、かっての自分の姿を重ねていた。
でも……
まぁ、周りはいろいろと、あれこれ言うだろうけどね
爺さんの、あの幸せそうな死に顔を見れば、そんなことはすぐにわかるじゃあないか
あたしも長いこと、いろんな人間の死に際を見て来たけどね
そりゃもう、嫌というほど
くたばる際に、あんな無邪気な笑顔の人間、そうそういるもんじゃあないよ
まぁ、今回、ミルリンさんは、完全に無実だと証明されている訳ですから
そんなに気にしないでください
後は、移民局のほうで、なんとかしますから
……はい
一人暮らしの老人の孤独死というのは、社会的にも問題になっていますし
本当に今回のご老人は、幸運だったんじゃないでしょうか
……
自分も、一応は男なので

まぁ、これはあくまで、個人的な意見ですが……

女性の胸に抱かれて死ぬというのは、単純に羨ましいですよ
大丈夫、慎さんには、あたしの胸の谷間があるから
逆に窒息死しそうなんですけど……
 
それにね……
世間からは、サキュバスが、人間の男の精気を吸い取って、殺すと思われているけど
あたし達サキュバスは、死期が近い人間の男を、看取ってあげるのが使命なんだよ
一人寂しく、孤独に、逝くしかない人間の男をね
……
なんせ、サキュバスって種族は、人間の男しか愛せないんだからね
種族も違うのにね
……

だから、あんたは、サキュバスの本能に従って

死に逝く人間の男を看取ってあげた、そういうことさね

あんたのその大きな二つの胸の膨らみは

死に逝く人間の男達を、看取ってあげるために、あるのかもしれないね

……おじいちゃん
これから後、ミルリンは、独りぼっちで暮らす老人男性達のもとを巡回して訪れるようになる。

老人男性達が孤独死することがないように。

それが、彼女がこの世界で見つけた、自分にしか出来ない役割だと思ったのだろう。

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