五百年前、異世界にて

文字数 2,605文字

…………
ここは、クソみたいな世界だけど
月だけは、いつも、綺麗なもんだね
…………
……そうかい
今夜もまた、独り、寂しい男が、逝っちまうのかい……
…………
 
……誰だ?
……そこに、居るのは
おや、目が覚めたのかい?
まぁ、名乗るほどのものではないよ、あたしは
そう、ただの、通りすがりのサキュバスだよ

……サキュバス

……私の、精気を吸いに

……命を奪いに来たのか?

そりゃ、あんた達、人間が、勝手に言ってることじゃあないか

別に、そんなことしなくても

このまま、放っておいたって、あんたは、勝手に死んじまうよ

……そうか
……私は、死ぬのか
この地域の領主であるあんたは

賄賂や汚職なんかの黒い噂が絶えない

そんな風評に、憤った、領民の過激派が
天誅と称して、あんたを襲った
後ろから、バッサリと、剣で斬りつけてね
そして、あんたは、ただ今、重症で、ベットの中
……残念だけど
あんたは、今夜でお終いだろうね……
……そうか
だからね

あたしは、あんたを、看取りに来てやったんだよ

……看取る?

金と権力、地位や名誉もある、あんたがね

何故か、生涯独身を貫いた

……

サキュバスってのはね

本来、そういう、独り寂しく死んで逝く男達を

看取ってやるのが使命なんだよ

だから、人間達が、勝手に言っていることとはね

因果が逆なんだよ

サキュバスが、男の前に現れて、精気を吸い取って、命を奪うんじゃなくて

サキュバスが、死にそうな男の前に現れて、最期を看取ってやるんだよ

……

死にかけてても、そりゃあ、男だからね

最期に何をしたいかと聞けば

『女を抱いて死にたい』とか

『女の胸に抱かれて死にたい』とか

そういうことを言い出すのは、お約束ってもんさ

……

いや、それは、仕方ないことなんだけどね

人間の男ってのは

死に直面した際には、強烈に、種族保存の本能が働くからね

子孫を残して、種族を繁栄させなくてはならないって、本能レベルで、深く刻み込まれているのさ

ただ……

あんたは、死に際に、違うことを望むだろうけどね

……どうして、そう思うのだ?

まぁ、あたしも、もうかれこれ、500年ぐらいは、サキュバスとして生きてるからね

あんたみたいな男は、それなりに、沢山、見て来たんだよ

金も、権力もあって、地位や名誉もある

それでも、生涯独身を貫いた

そんな男がね、死に際に望むことと言えば

『最愛の女に、もう一度会いたい』

それしか他にないんだよ

……そうか

……その通りだよ

あたし達サキュバスはね、そういう男達には

幸せな夢を見させてあげるんだよ

死が訪れる、その瞬間までね

……も、もしかしたら

……リ、リーゼに、会えるのか?

まぁ、あくまで、夢の中だけどね

それでも、あんたが、死の苦しみを忘れられるぐらいには、幸せな夢だよ

人間達は、あたし達の術のことを

『淫夢』なんて呼ぶけどね……

あたし達は、ただ単に、幸せな夢を見させてあげてるだけだよ

夢の中で、最愛の女と、幸せな時間を過ごしていたら
そりゃ、男だったら、淫らにもなるってもんだろっ?

……はは

……そりゃ、そうだな

だから、あたし達は『淫夢』を見せてる訳じゃなくて

淫らな夢になるのは、男側の問題なのさ

……なるほど

で、あんたの最愛の女は、リーゼって言うのかい?

……ああ

……リーゼと私は、幼馴染でね

……いつも二人で一緒に居て

……私は、リーゼのことが、好きで好きで、たまらなかったんだ

……
だが、リーゼの家は貧しくてね

まだ幼い弟や妹が、沢山いたし

それで、彼女が14歳になった頃
口減らしの意味も兼ねて、彼女は、奴隷商人に売られてしまったんだ……

私は、それからというもの、必死になって、金と権力を手に入れてね

リーゼのことを、ずっと探し続けていたんだよ

……だが、結局、リーゼはもう死んでしまっていた

変態貴族達の、過酷な玩具にされて、すぐに体を壊してしまったらしくてね

用済みになったリーゼは、今度は、売春宿に売り飛ばされて

そこで、病気をうつされて、死んでいったそうだよ

彼女が売られてから、わずか3年も経たないうちにね

そうかい

このクソみたいな世界じゃあ、よくある不幸な話だよ

だから、私は、二度とリーゼのような不幸な娘を出すまいと

この世界を変えるために、出来る限りのことをしようと、心に決めたんだよ

ただ、そのためには、どうしても、更なる金や権力が必要だったんだ……

……確かに、賄賂や汚職をはじめとする、悪事にも手を染めたがね

今まさに売られて行こうとする女子供を助けるには、いろいろと金が必要だったんだ

……それでも、あんたは、増税はしなかった

……ああ

領民から徴収する金や食糧を増やしてしまっては、貧困層が拡大するばかりだからね

それでは、さすがに、本末転倒になってしまう
あんたを、襲撃させた真犯人は

あんたのことが目障りになった、奴隷商人達じゃあないかって話もある

まぁ、本当に、嫌になるような、クソみたいな世界だね

ウゥッ……リーゼ……

……おっと

あんたに残された時間は、後わずかだったね

こんなお喋りしている場合じゃあなかったよ

……やっと、やっと

……リーゼに会えるのかっ

ああ
夢の中で、あんたの最愛の女と、幸せな時を過ごしながら
そのまま逝くといいよ
……ああ、リーゼ
……会いたかった
……ずっと、ずっと、会いたかったんだ
あんたが逝くまで、あたしがそばに居て
幸せな夢を見させてあげるよ
……リーゼ、リーゼ
 
____
随分と、幸せそうな、死に顔じゃあないか
バタンッ

領主様、おはようございます……

おや、この家の使用人かい?

随分と、遅かったじゃあないか

えっ!?
このまま、独りぼっちにしちまうのも、可哀想だと思ってね
ずっと、誰かが来るのを、待ってたんだよ

お陰で、すっかり夜が明けちまったじゃあないか

あたしは、昼間は、あまり得意じゃあないんだから、勘弁しておくれよ

??

しかし、まぁ
よくこんな、重症の人間を、長時間、放っておいたもんだね

りょっ、りょっ、領主様っ!

領主様っ!!

もう、この男なら、とっくに、逝っちまったよ

あ、あなたは、誰?

あたしかい?

まぁ、あたしは、通りすがりのサキュバスだよ

サキュバス!!

じゃあ、あなたが、領主様を殺したのねっ!?

やれやれ

なんで、人間ってえのは、いつも、こうなんだろうね

まったく、こちらの話を聞く気がないじゃあないか

このっ、人殺しっ!!

まぁ、いいさ

こういのは、いつものことだからね
もう今更、どうもこうもないさ

とにかく、あたしは、これで失礼するから

その男、ちゃんと、丁重に、葬ってやるんだよっ?

待てっ!人殺しっ!!

じゃあね
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