夫婦喧嘩は、サキュバスでも食えない

文字数 2,241文字

最近、人間の彼氏が出来てぇ、一緒に暮らしてるんですよ
もう、毎日ラブラブでぇ
サキュバスの妹分であるリリアンの、そんなノロケ話に、すっかり、うんざりしていた愛倫(アイリン)

まったく……

あーあ

慎さんが来てくれて、あたしに愛を囁いてくれたりしないもんかねぇ……

愛倫(アイリン)が、そんな寂しいことを言っていると、ちょうど、移民局の守屋(もりや)慎之介(しんのすけ)が、喫茶店を訪ねて来る。

こんにちは
慎さん!

ちょうど今、慎さんが来てくれやしないかなんて、思ってたとこなんだよ

さすが慎さん、以心伝心ってやつかね、これは
こんにちは
あっ……

愛倫(アイリン)は、慎之介が一緒に、サキュバス仲間の『ミルリン』を連れて来ていることに気づくと、瞬時にいろいろと察する。

すまないねぇ、うちの()が、また、迷惑かけちまって……

えぇぇっ! なんでわかったんですかぁぁ?

あぁ、やっぱりなのかい……

はは……
 
なんで、わかったのかなぁ……
彼女の名前はミルリン。

愛倫(アイリン)達と共に、人間世界に移民して来たサキュバスは、数百人を下らないが、その中でも一、二を争う、生粋のゆるふわ天然系サキュバス。

それ故に、やらかしも後を絶たない。

(ほが)らかなのは性格だけではなく、二つの胸のふくらみもかなり朗らかで、たゆんたゆん、ばいんばいんだと、移民者達の間でも、(もっぱ)らの噂だ。

それで、あんた、何をやらかしたんだい?
えーと、ですねぇ……
ことの次第は、こういうことらしい。

数百人以上のサキュバス移民者達は、日本全国に散っており、人間達に迷惑を掛けないように、各々が生活しているのだが。

その晩ミルリンは溢れる正義感(実はお腹が空いていただけ)で、性犯罪をやらかしそうな男がいないか、蝙蝠の姿で夜空を飛び回っていた。

ムムムッ!?
あっちから、何やらヤバそうな匂いが
ミルリンは、その匂いの元へと急行する。
そこは、住宅街にあるマンション、五階の一室。
なんでお前は、いっつも、いっつも、そうなんだっ!!
す、すいません……
(夫婦喧嘩かしら?)

ミルリンは、こっそりベランダに忍び込んで、カーテンの隙間から部屋の中を覗き込む。

おいっ!! わかってんのかっ!!

ビシッ!!
きゃぁっ

旦那だと思われる男が、大声で怒鳴りながら、妻だと思われる女を殴っている。

それを見て、思わず声を上げてしまったミルリンだったが、部屋の中の人間達は、修羅場で、それに気づくどころではなかったようだ。

ウゥッ……

女は泣きながら何かを訴えるが、男はますます逆上し、エスカレートして、女に殴る蹴るの暴行を加える。

ふざけんなよっ!! おいっ!

ビシッ!!
キャアッ!
(ビクッ!
舐めんなよっ!!
ドスッ!!
アァッ!
(ビクッ!
ミルリンは、その光景を見て、いたたまれなくなり、なんとか、女を助けてあげられないものかと思い出す。
ど、どうしたらいいのかしら……

窓のドアに手をやると、偶然にも鍵は掛かっていない。

な、なんとかして、助けてあげないと

どうしようかと迷っていると、室内の男が興奮し過ぎたのか、今まで殴っていた女に、性的暴行まで加えようとしはじめる。

フゥゥゥッ
ヤッ、ヤッ
『今がチャンス!』
暴力では、男の人には勝てないけど
エロいことなら、チャンスはあるわ

その状況で真剣にそう思ったミルリンは、それだけで相当残念な子であるのだが、さらにDV男を止めるべく、ベランダの窓を開け、部屋の中へと入って行く。

!?
!?
なっ、なんだっ! お前はっ!
うふふ……

女に向けられた性欲を自分に向けさせ、その隙に女に逃げてもらおうと思ったミルリン。

サキュバスの魅了、誘惑を最大限に活かし、DV男をあっという間にメロメロにさせる。

あたしと、いいことしましょう?
おっ、おうっ、そうだなっ
さぁ、今の内に逃げて

その間に逃げてもらおうと思っていたはずなのだが、予想外なことに、ミルリンは女から罵声を浴びた。

なんだいっ! 
この女はっ!?
えぇぇっ、 なんでかなぁぁっ?
その意外な行動に、きょとんとしてるミルリンに、女はさらに罵声を浴びせる。
このっ、泥棒猫めっ!
そして、泥棒猫という言葉に、ついつい反応してしまう。

えぇぇっ、私、猫なんかじゃないよぉぉぉ?

猫じゃなくてぇ、どちらかと言うと、蝙蝠かなぁぁ

ほらぁっ!
ここでめでたく通報される。

ここまでで、いくつ法に触れているでしょうか?

あーあーあー

まるでクイズでも出すかの口調で尋ねる慎之介に、耳を塞いで聴こえないフリをしている愛倫(アイリン)

男女感のいざこざは、民事なのでともかく
そ、そ、そうなのかい?
覗きと不法侵入、この二つは間違いありませんね

覗きと不法侵入って、それだけ聞くと、ただの変態みたいですね

あながち間違っていないので、しょうがないですけど

とりあえず、今回は、警察で事情聴取を受け、移民局の慎之介が身元引受人となり、その足でこの店に来たということだった。

こちらの世界では

『夫婦喧嘩は犬も食わない』と、昔から言うらしいですからね

えー、あたし、犬じゃあないもんっ、猫でもないけどっ
どんな世でも不可思議なのは男女の仲。

端からどんな風に思われようとも、当人同士にしかわからないということはよくある。

そしてこのミルリンの事件、あっという間に他のサキュバス達にも広まり

やっだぁ、何それえ
超ウケるんですけどぉ

みんな面白がって、まるで笑い話や小話のように伝承するので、移民サキュバスの間では、後世まで語り継がれていくことになる。

『夫婦喧嘩は、サキュバスでも食えない』
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色