一人の被害者と、大勢の屍人(しびと)

文字数 1,649文字

妹の復讐を果たそうとしている男の前に、突如、姿を現した愛倫(アイリン)
あんた
バイクから、何か聞こえたりしないかい?
あんた、どうしてそれを!?
まさか、あんたにも聞こえるのか?
あんたにも、聞こえてるんだね
あぁ、走っていると、バイクから変な異音が聞こえて来る
そうかい
まぁ、こっちの人間じゃあ
それが限界なのかもしれないねえ
分からないのも、無理はないのかね

まぁ、でも、あんたは、ちゃんと聞いておいた方がいいよ

これは、あんたへのメッセージなんだから

おいっ、一体、どういうことだっ?
あたしには、ハッキリと
女の声に聞こえてるんだけどね
女!?
まあ、仕方ないね
特別サービスだよ
見せてあげようじゃないか
彼女も、それを望んでいるしね……
愛倫(アイリン)はそう言って、男が乗るバイクに手をかざす。
兄さん……
!!
すると、男の目にもはっきり分かるぐらいに、視覚化された霊体が浮かび上がる。
そ、そんな……
ハ、ハンナッ!!
それは、男の双子の妹、ハンナの姿。
兄さん、もうやめて……
復讐なんてことは、もうやめて……
そんなこと、出来るものかっ!
あたしは、もういいの……
もう、死んでしまったのだから……
だから、せめて……
兄さんだけでも、幸せに生きて……
あんな奴ら、絶対に許せるものかっ!
お願い……もうやめて……
ハンナの霊体は、幻のように儚く、今すぐにでもかき消えてしまいそうだ。
この娘の霊も、これ以上は、この世にとどまることが出来ないようだよ
これが限界みたいだね

さよなら……兄さん……

ハ、ハンナッ!!
男の目の前から、露と消えていく妹の姿。
あんたのことを心配した、妹さんの霊が

成仏出来ずに、このバイクに取り憑いてたんだよ

そして、あんたにメッセージを送り続けていた
おそらく、ずっと、あんたの復讐を、やめさせようとしていたんだろうね
……ハンナ
あんた、どうするんだい?
これでもまだ、復讐を続ける気なのかい?
…………
なぁ、サキュバスのねえさんよ
俺は思うんだよ……
人が一人殺されるってのは
大勢の人間を、屍人(しびと)にしちまうんだってな
殺された人間はもちろんだけど
殺された人間の家族もさ
死んぬんだよ、心が
本当なら、殺した人間、加害者も

社会的に死ぬし、心も死ぬ筈なんだ

まともな人間ならな
もっと言えば
加害者の家族だって、社会的に死ぬし

罪の意識があれば、心が死んじまう筈なんだよ

だけどよ……

あいつらは、まるで何事もなかったみたいに

今も、普通に生きて、暮らしてるんだよ

ハンナの命を奪ったことを、なんとも思っちゃいねえ

普通に、面白おかしく生きてんだよ

そんなの、許せる訳がねえじゃねえかよ

それは、殺された妹さんの仇討ちなのかい?

それとも、死んじまった、自分の心の復讐なのかい?

両方だよ……
俺たちは双子で
あいつは、俺の半身だった
だから、あいつが殺された時
俺も一緒に死んじまったんだよ
あたしはねえ
別に、あんたを、止めようと思ってる訳じゃあないんだよ

こう見えても、あたしだって、闇の眷属だからね

人間には、どうしても止められない、怒りや憎しみがあるってのは、よく分かってるんだよ

底なし沼のような、先の無い、深い絶望があるってこともね
…………
ただね……

あんた、それで、本当に後悔しないのかい?

あぁ……
心配してもらったのにすまないが
俺は誓ったんだ

必ず復讐する、ハンナの仇を討つってな

そうかい……

じゃあ、もうこれ以上、あたしは何も言わないよ

…………
あぁ、そうだ……
サキュバスのねえさん
ありがとうよ

ハンナとは……

別れを惜しむことも、出来てなかった
ある日、突然、殺されて
いきなり、俺の前から、居なくなっちまったんだからな
こんな風に、ハンナと、別れの挨拶が出来るなんて、思ってもなかったよ

もう一度だけでも、ハンナに会えてよかった……

きっと、あいつは……ハンナは、天国に逝くんだろうが
人を殺しちまった俺は、天国には逝けそうにもないからな
正真正銘、さっきのが、最後の別れだ
……礼を言うよ
あぁ
そりゃ、よかったじゃあないかい
ブォン、ブォン、ブォーン!
じゃあな、サキュバスのねえさん
…………
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