歌の歌詞として批評すると?(繰り返し編)

文字数 2,451文字

ここでちょっと肩の力を抜いて、「あたしおかあさんだから」を歌の歌詞として捉えたとき、どんな評価をすることになるか考えてみましょう。
え、せんせい、音楽批評なんてできるんですか?
自分の力だけではできる気がしないから、先達の力を借りるわ。これよ。
GekkayoプロデュースJ-POP作詞術のウラ技☆オモテ技」?

せんせい、なぜこのような本を……。

筆者の趣味よ。

かつてゲッカヨという音楽雑誌があって、その編集長が書いた本だから、批評の仕方のお手本になるはずよ。

えっと、J-POPについての本ですよね?

「あたしおかあさんだから」って、J-POPなんでしょうか?

J-POPとは何か、ということを語り出すと論争になりそうだから、本に頼りましょう。

11ページ。「ポップスというのは流行歌のことです。ポピュラリティ(人気)のある音楽のことなので、実はジャンルにはとらわれない区切りです。」

つまり日本の大衆音楽であればJ-POPと呼んでいいんじゃないかしら。

すると、「だんご3兄弟」なんかもJ-POPなんですね。

ところで「大衆音楽」といいますが、大衆音楽じゃない音楽ってなんですか?

大衆音楽の対義語は芸術音楽よ。ジョン・ケージの「4分33秒」なんかがそうね。ただ、芸術音楽の技法が大衆音楽に取り入れられたりとかもあるから、明確な線引きはできないでしょうね。
わかりました。それで、J-POPの歌詞の批評を始めるわけですね。
そうね。まず、「キラーフレーズ」という考え方を紹介しましょう。
キラーって……砲台から飛んでくるアレですか?
いやあのね……英語のkillerには「決定打」といった意味もあるから、キラーフレーズは、「多くのリスナーの心に刺さる決定的なフレーズ」くらいの意味よ。メロディと一体となって、その曲を聴こうという態度にリスナーを引きずり込むような言葉ね。
どんな言葉がキラーフレーズになるんですか?
それが簡単にわかれば苦労はしないんだけど、ある程度の傾向はあるみたいね。

「サビか歌い出しに現れることが多い」「難解な表現をしない」「意外性がある」「共感しやすい」といったところ。

わかるようなわからないような……具体例はありませんか?
実際の曲の批評も沢山書かれているんだけど、中でもゴールデンボンバーの「女々しくて」が面白そうだから紹介するね。

編集長が指摘するこの曲のキラーフレーズは、「女々しくて辛いよ」。

あ、それは納得です。
身も蓋もない言い方をするけど、この曲って寝取られ男の歌なのよね。彼女を失い嫉妬にかられてそれでも愛されたいんだよって悔しさと悲しみと自己嫌悪が「女々しくて」の5音に凝縮されている。

さてここでクイズ。この曲は何回「女々しくて」と言っているでしょうか?

え……15回くらいですか?
30回よ。(筆者調べ)
「あたしおかあさんだから」は14回だったのに!
30回も言われてるけど、「もうええわ!」とは中々思わないのよね。

素早く勢いよく発音していてリズム感があるし、メロディーも「ラララソラ」で一定だから、この言葉自体が曲全体のリズムを作り出しているように聞こえる。

キラーフレーズは、その曲全体の性格を決めるんですね。
もう一曲、同じ言葉を繰り返す曲を紹介しておきましょう。DREAMS COME TRUEの「何度でも」。

ただ編集長は「J-POPシーンの金字塔グループならではの珠玉の名歌詞」と評しているわ。気安く真似をしていいものではなさそうね。

「何度でも」は「何度でも」を何度?
実は意外と少なくて9回。(筆者調べ)

でも、「きみの名前 声が」のメロディーが「ミファソ」だけでできていたりとか、小さい単位のメロディーを繰り返し使うから、言葉だけよりずっと繰り返しを感じるわね。

これも、キラーフレーズとメロディーが協力し合っているんですね。
そうね。さて、他の曲はこれくらいにして、キラーフレーズと繰り返しに注目して、「あたしおかあさんだから」を見てみましょう。

「あたしおかあさんだから」のキラーフレーズは?

そりゃあ、「あたしおかあさんだから」でしょう。
「サビか歌い出しに現れることが多い」「難解な表現をしない」についてはクリアね。

「意外性がある」ここに第一の困難があるわね。当たり前すぎて、面白みがないのよ。

「共感しやすい」についての問題は、これまで論じてきたことだから、繰り返さないことにするわ。

「あたしおかあさんだけど」とか、替え歌が流行ったのは、意外性の欠如を埋めるためだったのかもしれませんね。
そうかもね。じゃあ、「あたしおかあさんだから」というフレーズは、どれくらいの長さで発音されてるのかしら。
えっと……(右手で三拍子をとりながら)4小節です。弱起なのですこしずれますが。
4小節ってかなりの長さよね。「女々しくて」が1.5拍だから……8回分だわ。
つまり、

1あたしおかあさんだから=8女々しくて

……と

新しい単位は作らなくていいわよ。

さて、次はメロディーに注目してみましょう。

「あたしおかあさんだから」という同じフレーズに、

「レミド ラドファミレドド」

「ファソラ ファラドシラソ ミソ」

「ファソラ ファラドシラソ# レド」

「レミド ラドファミレドミ」

……4種類もメロディーがついちゃってるわね。

キラーフレーズのはずなのに、曲の中心を作るというより、曲の流れに合わせるために捻じ曲げられてしまっている、ということでしょうか。
なるほど、そういう見方もできるか。

ともあれ、曲のリズム感を作らないような形で同じ言葉を繰り返す歌詞は、とても稚拙に聞こえてしまうのよ。

ラップとかの技法を除けば、一曲に含められる音数は300がせいぜいだから、同じ言葉ばかり使ってしまうのは、すごくもったいない。

「あたしおかあさんだから」が11音で、14回だと154音……。
リスナーは、時間、つまり生命の一部を支払って曲を聴いてくれている。そこに、歌詞の半分をコピペで埋めた曲を流すということの意味は、よくよく反省されるべきでしょうね。
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登場人物紹介

久恵里(くえり)

主に質問する側

せんせい(先生)

主に答える側

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