感情に理由は後からついてくる?

文字数 1,520文字

「あたしおかあさんだから」が「炎上」した理由を、

ある人は、「働く女性を侮辱しているから」と言ったり、

ある人は、「理想の母親像を押し付けているから」と言ったり、

ある人は、「子どもに負担を強いているから」と言ったり、と、

バラバラなのはなぜなんでしょうか。

たぶん、そういうのって、「感情を説明するために後から見出された理由」なんじゃないかしら。
感情の後に理由?
ほら、エスと超自我のせめぎ合いの話をしたけど、あれは理解しやすくするために擬人化していただけで、普段は「エスが叫びたがってるんだ。」とか自分で思ったりはしないわけよ。
それはまあ、そうですね。
でもヒトも生き物だから、外界から何らかのストレスを受けると、身体は興奮するわ。心拍数が上がって、汗をかいて、涙も出るかもしれない。
そういえば、なんでストレスを受けると興奮するんでしょうか?
敵と戦ったり、逃げたりするには、瞬時に身体を大きく動かす必要があるからね。生物の進化の仕組みの中で、子孫を残していく上では、ストレスに対して興奮することが有利に働いたってこと。
うーん……でも、今の私たちは文明の中に生きてるから、戦ったり逃げたりとの関係がよくわからないんですが……。
そうね。だから、人間にとって身体の興奮の「地位」も変わっていったみたい。

アメリカにスタンレー・シャクターという社会心理学者がいたんだけど、彼はジェローム・シンガーと一緒に情動……つまり感情の動きを研究していて、「情動には二つの要因がある」と主張したの。

二つの要因、ですか?
ええ。噛み砕いて言うと、

「自分の身体が興奮していることを認知する」ことと、

「その興奮の原因となるものが何かを認知する」ことの二段階よ。

どちらも意識して行っていることではないから、意志でどうこうできるものではないわ。

こう、具体例があるといいんですが。
恋の吊り橋実験って知ってる?
あっ、聞いたことあります。なんか、不安定な吊り橋で異性を口説くと成功しやすい……みたいな話ですよね。
実験内容を読むとわりと違うみたいなんだけど、この実験のポイントは、「不安定な吊り橋を渡ることで身体が興奮・緊張するのと、魅力的な人に出会うことで身体が興奮・緊張するのとは、生理的興奮という点ではさしたる違いはない」ってことよ。

そして、「なぜ身体が興奮しているのか」、そこにどんな理由を見出すかで、情動の内容が決まってくるのだ、という考え方をシャクターたちはしたわけね。

同じドキドキするのでも、それが揺れる吊り橋のせいだと認知すれば「怖い」という感情になって、魅力的な人の前にいるせいだと認知すれば「恋」という感情になる、ということですね。
どうかしら、この考え方で最初の久恵里ちゃんの疑問に答えられそうだと思うんだけど。
えっと……

まず、歌からストレスを受けて、身体が興奮するってことでいいんでしょうか。

そうね。筋肉がこわばったり、心拍数が上がったりする。

物語の共感の力に影響されたりとか、母親と子の関係の複雑さとか、そういったものが興奮のスタート地点にはあるんだろうけど、それは自分では意識できないわけ。

だから、自分を興奮させたものはなんだろう、とその理由を求めてしまうんですね。
で、歌詞の中、それと自分の中に、その理由を見出そうとする。

ポジティブな理由を見出したら、「感動した」ことになるし、

ネガティブな理由だったら、「不快にさせられた」ということになる。

でも、どれも後付けの理由だから、皆が皆同じ理由にはならない。

それで、炎上した理由について、バラバラの意見が出てきてしまうんですね。
唯一の正解かと聞かれると自信はないけど、こう考えれば理解しやすいという説明はできたと思うわ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

久恵里(くえり)

主に質問する側

せんせい(先生)

主に答える側

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色