歌の歌詞として批評すると?(レトリック編)

文字数 2,632文字

ああ~この「流行りのファッション」での凛のターンがたまらないのよね~……スミレがボーカルだからそっちに注意が向きがちだけど、すると視界の端で思いがけない動きをしているという、心憎い振り付けだわ……。
せんせい、何見てるんですか? あ、これ「アイカツ!」ですよね。へえ~意外。
ほら久恵里ちゃんも見やっせ見やっせ!
あ、はい(何弁……?)

「LOVE GAME」ってタイトルなんですね。なんというかハードロックみたいな、かっこいい曲ですね。

アイドルとは何か、と考えると論争になっちゃうから避けるけど。アイドルソングって「アイドルが歌うための曲」ということだけが条件だから、実は色んな表現方法を試せる分野なのよね。アニメソングにも似たことが言えるわ。

でも、この歌詞、なんか変じゃない?

え、どこがですか?
「行方はどっち? happy or bad」っていうけど、happyの対義語はbadじゃないわ。
そう言われると確かに……thesaurus.comでhappyの対義語を調べると、unhappyとかsadとかが出てきますね。なのになんでbadなんでしょうか?
色んな理由があるだろうけど、ここをbadにすることの効果に2つ気づいたわ。

まず、音声学的な、つまり発音するときの口の形に要点がある。happyの[p]とbadの[b]は、どちらも両唇破裂音という仲間なの。

両唇破裂音?
閉じた唇をふるわせて出す音という意味ね。これに対してsadの[s]は無声歯茎摩擦音といって、舌と上の歯茎の間に息を流すことで出る音。

久恵里ちゃん、ちょっとhappy or badとhappy or sadを歌い比べてみて。

えー恥ずかしいのに……。

はっぴーおあっばー~。

はっぴーおあっさー~。

これでいいですか?

前回考えた、緊張と弛緩という感覚でいうとどうかしら?
badのほうが、緊張というか、力が入る気がします。
そうね。そして、この曲の中では、happyの反対は、sadよりももっと力の入る言葉である必要があったのよ。この曲のタイトルは「LOVE GAME」だけど、どういう意味だっけ?
ラブゲームって、テニスで一方の選手が一点も取れなかった試合のことだけど……単語を分けて考えれば、「恋愛遊戯」とも訳せますね。
そう。二つの意味……ダブルミーニングがある。ということは、この恋愛遊戯は、33-4のような半端な得点を許さない、完全勝利か完全敗北しかない戦いだと読み取れるわけよ。
(なんでや! 阪神関係ないやろ!)


実際、「絶対譲れないLOVE GAME」「負けられないLOVE GAME」と言っているわけで。そうした試合に臨むとき、その結末としてhappyの反対にsadを置いたのでは、なんだか力不足に思えないかしら。そういう理由があるんじゃないかと思うわ。
う~ん……考えすぎな気がしませんか?
こういう、「考えるためのきっかけ」を与えてくれるから、良い歌詞なのよ。

ところで、久恵里ちゃんはもう気づいた?

何にですか?
この曲、「あたしおかあさんだから」と作曲者同じ。
へえ~。
!?
そんな週刊少年マガジンみたいに驚かなくても……。
だ、だって全然ちがうじゃないですか!
そりゃあプロの作曲家だもの、クライアントの要望に応えるために色々な引出しを持っているものよ。

それでも、ここまで「カッコイイ」曲に仕上がったからには、作詞家との協業がうまくいっていたのだろうと推察はできるわね。

確かに、音数も統一がとれていますね。
そのへんはもう基本中の基本。もっと色々なことに注意が向けられているわ。例えばサビの、

「こっち向いて よそみはイヤ じらさないで 私だけ見つめて」

なんだけど。これ意味合いとしては同じことを繰り返してるだけよね?

それはそうですけど……でも言葉が違います。
ええ、感情はぶれないけど、言葉が違うから、映像のカットバックのような感覚をおぼえるわね。

これは類義累積(または同語回避)といって、歴とした言葉の技……レトリックの一つなのよ。

別のところにある、「そらさないで視線」というのも仲間ですね。
ね。色んな言い方があるものよね。

先に紹介したダブルミーニングもレトリックの一つだし、何より、「恋愛をゲームに喩えている」この曲全体がメタファー(隠喩)というレトリックを構成しているわ。

レトリックの宝石箱やー。
それもレトリックなんだなあ。
でも、なぜ歌詞にレトリックがあるといいんですか?
レトリックがあるほうがいい、とは必ずしも言えないんだけど。レトリックの仕組みや働きを知って、意識的に使いこなせるというのは、その作詞家が「言葉のプロらしく」あるために重要なのよ。これは前々回紹介したゲッカヨ編集長の作詞本の110ページに書かれていることね。
ふーん……でも、レトリックって、小さい子とかには難しいんじゃないですか?
「アイカツ!」のターゲットセグメントは女子小学生よ。アイカツおじさんもいるけど。
あっ……。
それに、童謡にもレトリックはふんだんに使われているわ。

筆者が幼稚園児のころ家にあったレコードに、「ヘリコプター」(三越左千夫作詞)という曲が入っていたそうなんだけど、この歌詞の

「そらをたたいてかけあしだ」「くものシュークリームたべにいくの」

あたりは見事なレトリックね。(なお、具体的に何の技法に当てはまるかは、読者への宿題とします)

もうちょっとなじみのある例はありませんか?
忘れちゃいけないのは「アンパンマンのマーチ」(やなせたかし作詞)ね。

冒頭に「胸の傷がいたんでも」と出てくるけど、これはアンパンマンの胸部に外傷があるという意味ではないし、「熱いこころ燃える」も何かが燃焼しているわけではない。人格のないはずの「愛と勇気」が「ともだち」になる。「なんのために生まれてなにをして生きるのか」という「問い」の形を持っている。

……。
ノッポさんのいう「小さい人」は、大人よりもずっと多くのことをわかろうとしている。やなせたかしさんも、「幼児というのはですね、お話の、この本当の部分がね、なぜか分かってしまうの。」とテレビのインタビューで答えていたわ。だからこそ子ども騙しはしない、大事なことを省略しないという決意があの歌詞の中に生きているのよ。
はあー。

あっ、もう2,541字になっちゃいましたけど、「あたしおかあさんだから」の話を全然してませんでした。いいんでしょうか?

何言ってるの? もう十分語ったでしょ。
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登場人物紹介

久恵里(くえり)

主に質問する側

せんせい(先生)

主に答える側

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