「嫌なら見るな・買うな」は通用しない?
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しかも、huluの他の動画を見たい人も、見たくない動画に(ほんのわずかではあるけれども)お金を払ってしまっていることになるわ。
だから、「嫌なら見るな・買うな」を貫くなら、huluのすべてのサービスを諦めなければならない。
「買うけど見ない」という選択をしたとしても、その見たくない動画にお金……つまり存続のためのエネルギーを支払ってしまっていることになる。
「嫌なら見るな・買うな」を実践するために、huluそのものをボイコットする人が増えたら、大損になるものね。その危険を避けたかったんじゃないかしら。ビジネス的に。
あと、クレーム対応のコストが賄えない、というのもありそうね。これもビジネス的理由。
CDとしてリリースされると、権利などの特別な問題がない限りは、ラジオのリクエストで流されることも多くなるわ。それに、近所の幼稚園や小学校の行事でスピーカーから流れることもあるかもしれない。完全に避けるのはとても困難なのよ。
あの曲に共感できる人というのは、今まで会話で考えてきたような「危うさ」を危うさとして認識できていない人でもある。この曲は自分の感情に快く響いたから、他の人にもそうだろう、と短絡的に考えてしまって、不用意に他人に聞かせようとするかもしれない。
私が恐れるのはそういう事態よ。