48 タイムリミット

文字数 1,566文字

 花穂は焦っていた。いつ来るのか分からない『その』時に。
 さすがに命を奪われるようなことは起きないだろうが、奏斗と引き裂かれる可能性はある。だから、早くこれを渡さなければならない。
 自分たちを応援してくれる人たちは、それなりにいるだろう。
 けれども『SOS』の声が届かなければ気づいては貰えないのだ。

 せめてどんな結末になるのかわかるなら、回避法を考える余裕もあるだろう。花穂は和馬からの手紙を奏斗に届けるべく、自宅マンションへ向かっていた。嫌な予感がしたのは、どこでだろう?

 花穂は郵便局の前で車を停めるとスマホをバッグから取り出す。
 手紙を確実に届ける手段はいくつかある。奏斗にここへ来てもらうことが手っ取り早いが、その間に何かあっても困るだろう。

 今自分には三つの選択がある。
 一つ、信頼のおける先輩に託すこと。ただ、この場合は奏斗の手に渡るまでにそれなりの時間がかかりそうだ。
 二つ、奏斗の元カノであり自分とも懇意にしてくれている大川結菜に託すこと。自分は彼女の自宅住所を知っている。ただし、彼女もマークされていることには変わりない。
 三つ目は奏斗の妹に託すことだ。彼女なら深入りせずに本人へ渡してくれることだろう。

「どうしよう」
 花穂はハンドルに突っ伏す。
 不穏な空気を感じ取ったのは些細な出来事がきっかけだった。今日は実家に戻ったのだが、久々に義弟が帰宅したというのに父が家にいなかったのである。
 平日なのだから仕事でいないことは不思議ではない。花穂の父は社長なのだから、忙しいのは当然だ。
 だが、それが違和感なのである。

──パパは、実子と義理の息子に対して同じように接する努力をしていた。

 父が義母と再婚した時、義弟の和馬は高校三年生だった。小さい子供ではないからこそ、ちゃんと父親で居たかったのだと思う。もっとも、高校三年と言えば年齢的に法の下、成人となっていてもおかしくはない。
 だが親子と言うのはそんな簡単に、成人したから縁が切れるという関係ではない。仲良くしたいと考えていたなら尚更。

 そんな父が、久々に実家に顔を出した和馬のために一時的にでも顔を出さないのは変である。ちょうど、同じように家を出て久々に帰宅した娘もいるというのだから。

──結菜ちゃんの時も実家に帰った時だった。
 パパは会いに来なかったのではない。
 来られなかったと考えるのがしっくりくる。

「決めたわ。確実に届く手段を選ぶべきね」
 このまますんなり自宅マンションへ戻れる気がしなかった花穂は手紙を誰に託すか決め、住所を書き込むとメモに事情をしたため同封した。車を降りると郵便局の中に入っていき、速達でと頼む。
「とりあえず、これで良いわね」
 受付を通すとホッと一息つく。恐らく最悪の事態は回避できたはずだ。義弟の和馬には自分に何かあったら、奏斗に事情を話して欲しいと告げてある。
 あの人ならきっとわたしの想いを受け取って何とかしてくれるだろう。
 花穂は車に乗るべく郵便局を出ることにした。何故、戦場へでも出向くような気分になるのだろうか?

 そんなことを思いながら車のドアに手をかけた花穂は、聞き慣れた電子音に手を止める。それはバッグの中からしていた。見なくても分かる、どう考えてもスマホの着信音。
 奏斗からかと思ったが、彼がいきなり通話を選択することは稀である。
 この状況でかけてくるのは……一人しか思い当たらない。

──そうよね。通常、用事があるなら”正確性”を優先したメッセの方が確実だし。通話を選択するのは”急用”の場合だわ。

 花穂は車に乗り込み鍵を閉めるとスマホを取り出し画面を見つめた。そこには予想通りの人物の名が表示されている。覚悟を決め通話にすると耳にあてる花穂。
「どうしたの? パパ」
 いつも通りに発したはずの声は確かに震えていた。
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