12 選ぶことのできない理由

文字数 1,571文字

「どうかしたの?」
 待ち合わせ場所の場所でぼんやりしていると、近づいてきた彼女が不思議そうに奏斗の腕に手をかけた。
「寝不足?」
「いや、考え事してた」
 笑顔を作ってみせると、(なに)で来たの? と問われる。
「バスでのんびり」
と答えれば、
「バス!」
と驚いた声を上げる。
「そんな驚く?」
「乗ったことないわね」
「花穂はお嬢様だからな」
 彼女の腰に両腕を回し、抱き寄せる奏斗。

「嫌味なこと言うわね」
「花穂は幼稚園からK学だろ? スクールバスとかは?」
 彼女は奏斗の腕に手をかけると、
「いいえ。中等部までは母が。高等部の時は父の秘書が送迎してくれてたの」
 彼女、花穂の両親は高等部の入学式前に離婚したのだという。
「それでグレて、男を侍らしてたのか?」
「違うわよ」
 もう! と奏斗の胸を軽くグーで叩く彼女。
「エスコートしてくれる男性は必要でしょう?」
「俺もその一人か」
 奏斗が笑いながらそう尋ねると、
「もう。今日はなんなの? 嫌なことばかり言う。意地悪ね」
と頬を膨らませ、上目遣いでこちらを恨みがましそうに見つめる花穂。

「そう?」
 小首を傾げてそう問えば、何かあったの? と心配そうな表情に変わる。
 自分はきっと甘えているだけなのだろう。
「彼女と喧嘩でもした?」
「いや」

『自分の手で幸せにしたいのは誰なのか、じっくり考えることだ』
 圭一に言われたことを思い出し、花穂の頬を手の甲でさらりと撫でた。
 自分はズルいのだ。明確な答えを持っているはずなのに、踏み出せない。

──もう少しでいいから。

「最近の奏斗、変よ」
「どの辺が?」
 どの辺って、と胸に添えられた手。
 抱きしめさせてはくれない、その抵抗する姿をかわいいなと思う。
「甘えるし、ヤキモチ妬くし?」
 何故疑問形なのだろうか。
「ダメなの?」
「ダメじゃないけれど……調子が狂うわ」
「今日、泊って行ってもいい? 映画の話でもしようよ」

『そういうことをしなければならない友人関係なんて、長くは続かないぞ』
 再び圭一に言われた言葉が頭をよぎる。
 今は恋人ではない、友人なのだ。体の関係を持つ方がどうかしている。
 わかってはいるのに。

「まだ観てもないのに? 泊るのは……いいわよ」
 彼女は可笑しそうに笑う。
「口元を隠すのって、日本人特有らしいよ」
 口元に人差し指をあて、笑っていた花穂が驚いた顔をする。
「そうなの。でも、口の中を見せるのは恥ずかしいわ」
「まあ、俺も見慣れてないから怖いかな」
「え?!」 
 どういうこと? というように眉を寄せる花穂の手を取り、
「行こうか」
と歩き出したが、
「奏斗、駐車場あっち」
と逆方向を指さす彼女。
「ああ、そっち」
「どこ行く気なの?」
「ん?」
「笑ってごまかさないでよ」
 彼女が殴るふりをして拳を振り上げるのを奏斗は優しい気持ちで見つめていた。

 いつかは終わるだろう、日常。
 終わらせたくない日常。
 気づかなければどんなに幸せだっただろう。

 でも、このままでは誰も幸せにはならない。
 不幸にしているのは他の誰でもなく、自分。
 何度、このまま逃げてしまいたいと思ったことか。

『どちらかが選べないなら、どっちも好きじゃないのよ』
 花穂に言われた言葉を反芻する。
 好きじゃない……のだろうか?
 それはしっくりこない。

 【愛美】を放っておけない自分がいる。
 彼女をあんな風にしてしまったのは自分だから。
 責任を取るべきだと思う。

 【結菜】のことは一緒にいて楽しいと思う。
 気も合うし、何よりも一緒にいて飽きない。
 それに巻き込んでしまったのは自分。
 だから突き離すのは間違っていると思う。

──ああ、そうか。
 俺は責任を感じているだけなんだ。
 二人に対して。

 選べないのではない。二人に対して責任を負うべきだと思っているから、こんな中途半端な関係を続けている……ということなのだろう。

──最低だな、俺は。
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