5 花穂の本音

文字数 1,583文字

【Side:花穂】

──何考えてんのよ、もう。

 今は交際していた頃とは違う。
 期間限定の恋人同士で、あっさり終わったのだ。
 そして、一年何事もなく過ぎた。

 彼を始めて知ったのは大学の先輩の話の中である。彼女の妹の同級生が酷い噂を立てられているが、本人は我関せずといったように飄々としているのと言うのだ。
 派手な容姿のイケメンで、元々人気はあったが恋人がいたため行動に出る者はいなかった。
 恋人と別れ、毎日友人と遊び歩くようになったとか。それがどうして、派手に女遊びをしていると噂を流されたのか。
 花穂は興味を持ち、その先輩に写真はないのか? と問うた。
 すると、
「所持しておりますが、見ないほうが良いと思いましてよ?」
と言われてしまう。
「どうしてですか?」
「うーん……後悔すると思いますの」

 噂ではイケメンだというではないか。見て後悔するとは、どういうことなのか。
 どうしても見たいと懇願すると、
「自己責任でしてよ」
と言いながらスマホをこちらに向けた。
 確かに後悔はしたと思う。

──あれは、一目惚れって言うのよね。

 あのあと父が再婚し、義弟できた。まさか噂の彼とクラスメイトだとは思わなかったが。
 その後、自分をフったOBが義弟とただならぬ関係になっていることを知り、そこに彼が関わっていることを知った。

──あんなあっさり代わりを引き受けるなんて、思わなかった。

 隣を歩く奏斗を見上げる。なんであの頃よりも複雑な事態になっているのか分からない。
 正直、諦めるために付き合ったのだ。
 中身を知れば嫌いになれるかも知れないと思ってもいた。

 だが、つき合ってみてわかった。
 奏斗は、理想通り。どんどん惹かれていく自分がいた。
 この交際には期間がある。
 だからそれを出すことはできなかった。

──好きの一言でも言えばよかったのかしら?

 明らかに彼は病んでいる。
 本人は気づいてないようだが。

 襲ってもいいだなんて、どうかしている。彼は少なくともそんなことを言う人ではなかった。

──わたしが、そうしてしまったのかも知れない。

 彼は他に好いた相手がいたのに、自分と何度も身体を重ねたのである。
 別れて一年後に、二股をかけるような彼をみて思う。
 こんなことになるならば、側にいれば良かったと。

 奏斗が好きだったのは花穂の義弟。元カノと別れてボロボロになっていた奏斗を救ったのは彼だった。
 追い打ちをかけたのは自分。身勝手なことをした自覚はある。

 駐車場までくると、鍵を車に向けドアロックを外す。
 手を繋いだまま運転席のドアに立つと、彼がじっとこちらを見つめていた。

 彼と交際していた間は恐らく、夢のような時間だったと思う。

「奏斗、ダメだって」
 口づけされそうになって彼の胸を押しのけようとすると、両手首を掴まれ動きを封じられてしまう。
「なんで?」
「なんでって……」
 さっきは自分からしたくせにとでも言いたげな顔をする。
「花穂はズルいよ。いつだって俺を振り回すくせに」
 切なげに眉を寄せる奏斗。

──期待してしまうからやめてほしいだけなのに。

 花穂は抵抗をやめ、目を閉じた。途端に口づけられる。
「んん……ッ」
 本当にどうしてしまったと言うのだろうか。
「んもっ……いい加減に……」
 何度もしつこく唇を奪われ、さすがの花穂も我慢の限界を感じた。
 この男は人の気も知らないでと、イラッとする。
本当(ほんと)、襲うわよ」
 怒りを含んだ花穂の言葉に奏斗が小さく笑う。
「いいよ。しようよ、花穂」
 花穂は一瞬泣き出しそうな顔をした奏斗に息を飲む。そのまま抱きしめられて、そっとその背中に腕を回した。

 泣きたいのを耐える。
 自分には彼は救えないのだ。
 壊すことはできても。

──わたしは無力。
 愛した男に何もしてあげられはしない。

「そばにいてよ、花穂」
「そんなふうに縋るのはズルイわ」
 断われるわけなんてないのに。
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