16 運命はこの手に

文字数 1,637文字

「え? は?」
 それは当然の反応だと思う。
 花穂のマンションの部屋まで迎えに来た奏斗は、花穂から申告されたことを聞いてこちらを二度見した。
「結菜に会った?」
「うん、それでね。なつかれて……」
「連絡先を交換した?!
「そうなの」
「ちょ……え? なんで?」
 激しく動揺する彼を上目遣いで見つめながら、
「成り行き?」
と言葉を発する花穂。

「なにがどうしたらそうなるの」
 額に手をあてる奏斗。
「結菜ちゃん、いい子ね」
 花穂の言葉に”そうだな”とため息をつく彼。やはり余計なことをしてしまっただろうか。
 奏斗はあきらめたように壁に寄りかかると、
「結菜は素直だし可愛いから……きっと俺じゃなくても相手はいくらでもいる」
「なによ、そんな言い方」
「愛美は美人だし、自分をしっかり持っているから俺がいなくても大丈夫……だと思う」
 切なげに寄せられた眉。何か心境の変化があったのだろうか。
 その先を聞きたくなかった花穂は、
「わたしは性格が悪いとでも言いたいの?」
とあえて挑発的な言葉を投げる。
 だが彼はその挑発には乗らなかった。

 花穂に腕を伸ばすと腰を引き寄せ、
「花穂は……」
「え?」
 それは幻聴だったのだろうか。
 耳元で小さく囁かれた言葉。
「今……」
「嫌?」

──『俺が幸せにするから』って言った?
 幻聴じゃないの……?
 それとも冗談?

「まだ学生だし、すぐにとはいかないけれど。もっとも、その前にしなきゃならないこともあるしな」
「ちょ……待ってよ、奏斗。冗談言ってる?」
「なんでこんな冗談言わなきゃならんの」
 ”本気なんだが?”
と抱きしめられ思考が停止する。

「それって、わたしに好きな人がいるから闘争心が疼いてとかじゃないの?」
「は?」
 素のトーン。”何言ってんの? あんた”と言う視線が痛い。
 こっちだってこんな”棚ぼた”状況、現実だなんて思えないのだ。
 二股かけてるモテ男が、突然自分を選ぶだなんてこと。
 好きだなんて言ったことはないし、好かれるようなこともした覚えはない。ずっと諦めながら傍にいたというのに。

「じゃあ、聞くけど」
 本当は聞きたくはないという気持ちの伝わってくる言い方だ。
「花穂の好きな人って?」
「それは」
 花穂は奏斗のシャツを掴む。
 確かに第三の選択を提示しようとした自分はいる。しかし提示はしなかったはずだ。今はしなくて良かったと思っている。
 『大川結菜』は良い子だ。奏斗のことで悩んでいることをたくさん聞いた。
 彼のことがどれほど好きなのか痛いほど伝わってきたのに。
「結菜ちゃんは良い子よ? 奏斗のことがすごく好きなの」
「知ってる」

 酷い人だと思った。
 知っていて別れるつもりでいるのだ。
 もし自分も好きだといえば、その別れは決定的になるだろう。

『奏斗くんと一緒にいるとすごく幸せな気持ちになるんです。似たもの同士だから、わかってあげられることも多いと思うし。もちろんわかってくれることも多い。ずっと一緒にいたいなって思うの』
 邪気のない笑顔で笑う結菜。
 彼女の幸せをこの手で奪うことができるだろうか?
 そんな残酷なことが。

 奏斗はじっと花穂を見つめていたが、小さくため息をつくと、
「俺が結菜を選ぶことが花穂の望みなのか?」
と問われる。
 何も答えられなかった。
 答えられるわけがない。
 結菜を応援したい気持ちはある。だがYESと答えたら、彼は永遠に自分のもとを去るだろう。

「友人に『自分の手で幸せにしたいのは誰なのか、じっくり考えることだ』って言われた。よく考えたよ。何故選べないのか、答えも出た」
 ”俺は二人に対し、責任を感じているだけなんだよ”と彼は続けて。
「花穂はどうなんだ?」
と問う。
 だがどう返していいのかわからなかった。
 瞬きをしたのち、俯く花穂。
「俺はね、花穂といると自然体でいられる。居心地がいいから一緒にいたいと思う」

 ”俺じゃ、ダメなの?”
 それは、切ない問いかけ。
 花穂が黙ったままなのを見て、
「もう、いいよ」
と言って彼は部屋を出て行ったのだった。
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