24 複雑な関係から始まった二人の過去

文字数 1,613文字

 意味わからないよと嘆く奏斗の耳に指先で触れると、彼はびくりと肩をすくめた。
「奏斗は耳が弱い」
「わかってるなら、悪戯するなよ」
「ねえ、奏斗は?」
 彼の胸に手を滑らせ甘えるように頬を寄せると、
「好きだよ」
と耳元で甘い囁き。
 だが直ぐにため息をつき、
「二股かけといて何いってんだ、この最低男って思われてるかも知れないけど」
と自虐的だ。

「何も言ってないじゃないの」
「そうだけど」
「いつからそんなひねくれた男になったのよ」
「以前は素直だったのにって? すみませんね、ひねくれてて」
 視線を逸らす彼。
 拗ねているのだろうか。きっと投げやりな自分自身にすら苛立ちを感じているのだろう。
「素直なヤツが好きなの?」
 視線を床に落としたまま。
 だが花穂は、そんな彼の態度を面倒だとは思わなかった。

「なんなの? ヤキモチ?」
 奏斗の顔を覗き込んで。
 普段は誰に対してもクールに振る舞う、そんな彼が自分には拗ねて甘えるのかと思うと……何故か欲情した。
「……ヤキモチ」
「そんなヤキモチ妬かなくても、わたしが欲しいのは奏斗だけなんだけどな」
「な、なに?」
 赤くなって狼狽える彼の後ろの壁に片手をつくと、
「ドキドキした?」
と問う。
「した」
 彼の両腕が再び花穂の腰に巻きつく。
「早くわたしのものになっちゃえば良いのに」
 じっとその瞳を見つめ悪戯っぽく笑うと、ちゅっと口づけられた。

「ねえ、奏斗」
「うん?」
「わたしはね、そのままのあなたが好きなの」
 奏斗の瞳が揺れる。花穂の言葉の意味を考えているのだろう。
「変わっても、変わらなくても奏斗は奏斗なの」
 ”言っている意味、わかる?”と問いかけながら、彼の心臓の辺りに優しく手を添えた。
「あなただから好きなの。以前と違ってもいい。でも人の本質って変わらないのよ?」

 人の考えは経験によって変わっていく。言動もまたしかり。
 しかし性格というのはそう簡単に変わるものではない。
 例えば几帳面な人が大雑把な言動をすれば、自分が保てないくらい疲れ切っているということ。
 悲観的な人は簡単に楽観的にはなれない。楽観的に見せることはできても。
 ならば何故、悲観的な人が『楽観的に見せようとするのか?』重要なのはそこにある。理解とはそこから始まるものだ。

「奏斗が以前と違うなら、それは状況が違うから。そしてわたしへの気持ちが違うから」
 ”ねえ、そうでしょう?”というように、花穂は少し首を傾げる。
 奏斗の手が胸に置かれた花穂の手に重ねられた。
「初めは、”岸倉先生が解放されたら、和馬が幸せになる”からって思っていた」

 和馬とは花穂の義弟。
 岸倉とはその義弟のもう一人の相手。
 
 奏斗は元カノ『愛美』と別れたのち、遊び歩くようになる。それまでは見た目は派手だが品行方正な生徒と言っても過言ではなかった。
 愛美と別れたことを知ったある女子生徒が奏斗につき合おうと言って振られたことをきっかけにして、恨みを買い『遊び人』という噂を流された。
 それがすべての発端だったのである。
 奏斗はそれに対し否定も肯定もしなかったが、噂とは面白おかしく広がるもの。大部分の人間は本気にはしていなかったと思われる。
 そんな状況の中で依然として変わらない態度で接してくれていたのが『教師二年目の岸倉』だった。

 義弟には奏斗が贔屓をされているように感じていたのだろう。
 親が再婚し、義姉である花穂に性的な悪戯をされており、そのことで病んでいた時期だった。花穂はそのことについては今は反省をしている。
 奏斗も自分と同じ側の『かわいそうな人間』だと思っていたのに、岸倉に特別扱いされていると思い込み嫉妬した。
 そのことが発端となり、奏斗をはめるつもりがいつの間にか惹かれ合ってしまったのだ。

 岸倉は花穂にとっては大学のOB。以前、交際を申し込んだら雑に断られ、恨みを抱いていた相手。岸倉は和馬に気があった。その弱みに付け込んで、恋人のフリを頼んだのである。
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