54 一人の朝

文字数 1,628文字

「As a Japanese person, I would like to know your impression of this country. How do you feel?」
「I've heard about it, but it doesn't smell good」
「odor?」
 花穂は質問に対して曖昧に頷いた。
 相手は眉を寄せ、本当に? というジェスチャーをする。
 滞在先の家主の妻との会話だ。
 
 某大型動画サイトで事前に学んではいたが、確かに表現しがたい匂いがあった。外国人観光客が日本に来て日本特有と感じるのは匂いと騒音についてらしい。
 日本人は電車などの公共の場において、静かに過ごす民族である。そう言った場所で若い世代が大声で話しているのを見たり、酔っ払いのマナーの悪さを見て嫌な気分になるのが一般的。
 賑やかと煩いには一定の線引きがあるに違いない。

 そして匂い。日本人は他人が不快になるほど匂いを発することを嫌う。どちらかと言うと無臭が好まれ、仮に柔軟剤の類でも強いにおいを発すれば嫌がられる。
 匂いを打ち消す香水の類よりも、匂いを消す効果のあるデオドラント系が好まれるのも日本独特なのかもしれない。
 日本は清潔な匂いがすると表現する外国人観光客もいたくらいだ。
 そしてもう一つ。
 日本人はお洒落に感じる。それは他人の目を気にし過ぎであると同等でもあるとは思う。しかしそれだけではなく、洗濯環境が整っているのも日本。
 仮に高い服を購入しても数度で傷んでしまうのであれば、安い服を消耗品として着る方がずっといいだろう。

──まともにお洒落もできないとなると……。
 何もすることがないわね。

 日本と海外のONとOFFの考え方は違うようだ。
 日本では大きく内と外という感じだが、某国では普段はダサい恰好をしていてもデートではきまっていると言った風に。
 服を着ているだけマシと言っていた人もいたが、それには思い当たることもある。某ミュージシャンはいつも上半身裸だったなと。
 どっちが良い悪いではなく、合う合わないなのだろうと思った。

──わたしはやっぱり日本が良いわね。

 ブランド信者が多く、服にかける金がエンゲル係数を超える人々が多い国であっても。
 花穂は自分に割り当てられた部屋でぼんやりと窓の外を眺める。白の窓枠、外の景色はまるで絵画を見ているよう。
 耳にあてたヘッドフォンからは、よく車内で聴いていた曲が流れていた。
 窓の外からノートPCのモニターに視線を移せば、そこにはあるSNSのページが映し出されている。

──奏斗は和馬に連絡を取ったかしら。

 そもそもその旨を記した手紙が奏斗の手に渡ったのか確かめる手段すらない。
 例えば日本人と繋がるためのSNSのアカウントを取るとする。自分である証明をするにはそれなりに身バレ覚悟の情報の提示が必要となるだろう。とは言え現在の状況を踏まえると、身バレする情報を提示したSNSのアカウントを取ることには危険が伴う。だから自分から誰かに繋がることは難しい。
 当然、相手も不審人物からのDMなど受け取らないだろう。

 あの日の選択が間違っているとは思っていない。懇意にしている先輩の【大里愛花】なら必ず安全に手紙を奏斗に渡してくれるはずだ。そう信じている。
 【美月愛美】からの禁止事項は一つ。
 こちらから奏斗へ連絡を取ること。
 つまり、向こうからならばOKということ。

 本来なら奏斗からの連絡も禁止にしたかったのだろうが、それが出来ない理由が美月愛美にはある。
 いい気味だと花穂は思った。
 どんなに自分の元に戻ることがないと分かっていても、奏斗から断絶されることを彼女は恐れている。嫌われることを恐れているのだ。
 あれから一週間以上が経つ。勘の良い奏斗なら気づいて愛花に連絡を取ってくれているに違いない。
 『退屈ね』と思っていると不意に部屋のドアがノックされたのであった。
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