1 花穂と彼の妹、風花

文字数 1,637文字

【Side:花穂】

 優しい旋律が部屋を満たす。失恋ソングのように感じるその曲は、決して恋愛を歌っているわけではない。どちらかというと……親からの愛を受けられなかった子が諦めて旅立つような、そんな内容の曲。

 奏斗の手が、頬に触れる。
 花穂は彼の瞳を見つめながら、以前彼の妹が放った言葉を思い出す。

『また女なの……。男に走ったかと思ったら。お兄ちゃん、懲りないね!』
 怒っているわけでもなく、呆れているわけでもなく、極めて明るく彼女はそう言った。
 奏斗が妹と仲のいいことはなんとなくわかっていたが、実際会ってみると予想とは少し違う。大好きな兄を取られてご立腹……と思いきや、一言そう投げただけで自室に行ってしまった。
 肩を竦める奏斗。妹の毒舌は今に始まったことではないようだ。

 その後、妹の風花と話す機会があった。
 話してみると、とても良い子という印象を持つ。
『花穂さんはお兄ちゃんのこと好きなの?』
『え、ええ』
 彼女は聞いた話を本人に言うタイプに見えなかった。そのせいか、花穂は素直に返答をしたのである。
 すると、
『変わってるね』
と言われてしまった。

 彼女は飲み物のストローに口をつけ、一つため息をつく。
 花穂は黙ってそれを見ていた。
 天気のいい日、花穂は彼女をカフェテラスに誘ったのである。

『花穂さんは、お兄ちゃんのどこが好きなの? まあ見た目は良いし、声も良いとは思うけれど』
 容姿に関しては彼女も認めているのだと思った。
 妹に甘い兄だ。性格についても評価が高いと思っていたが、
『あんな噂流される人だよ? 否定もしないし。一緒にいても幸せにはなれそうにない』
 兄のことに興味のなさそうな彼女が、噂のことを知っていたのは意外。
 当時、奏斗は花穂の義弟と交際していたが、その前に他校の美少女と交際していたらしい。別れてから塾を辞め、遊び歩くようになった彼はある女子生徒に告白をされ、断ったところ遊び人という噂を流されてしまう。
 誰とでも寝るような男という意味合いだ。
『お兄ちゃん、愛美さんとは清い交際だったらしいけれど』
 風花は頬杖をつき、つまらなそうにそう言った。

 何故自分にこんな話をするのかとても気になる。
 彼女はあまり家庭のことを外で話すタイプではないことは調査済み。当時の彼女は風紀委員に所属しており、正義感が強いのかと思ったらそうでもなかった。
『愛美さんと結婚すると思ったんだけどなあ……』
 それほどに奏斗が相手に夢中だったということだろうか。
 クールでそんなに感情を表に出す方ではない彼が、女性に対し一所懸命な様子を想像してみたがどうもピンと来なかった。

『どんな子だったの?』
 夢中になるほどの相手だ、興味が湧くのも無理はないだろう。
『写真あるよ、見る?』
 彼女はスマホを操作すると一枚の写真を表示してこちらに押しやった。
 そこに映っていたのは可憐な美少女。スタイルも良い。花穂が思わず、自分の胸に手をやったほど。
『可愛い子ね。それなのに、清い交際?』
 花穂さん余裕だねえと彼女は笑うと、
『お兄ちゃんはそう言ってたよ』
と再び頬杖をつく。

 あの日は、彼女が好きだという黒猫シリーズのぬいぐるみをバッグからだし、お礼だと言って渡すと、
『きゃあああああ! ありがとう。花穂さん大好き!』
と懐かれたのだ。
 そんな経緯もあって、奏斗と別れた後も妹の風花とは交流がある。そのことを奏斗は知らない。

 つい最近も彼女とはやり取りをした。
『花穂さんって、まだお兄ちゃんのこと好きなの? 変わってるね』
と言われた。
 彼女の胸には花穂からのプレゼント、黒猫シリーズの新作のぬいぐるみが抱かれている。
『今は新しい彼女もいるみたいだよ』
 風花は大切な情報源。写真を見せて貰うと、いかにもギャルという金髪ツインテールの美少女が映っていた。
『でも、風花は花穂さん応援してあげる』
 どうやら賄賂は効果絶大のようだが、花穂はとても複雑な気持ちになったのだった。

──奏斗の好みのタイプって一体……?
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