シスターウルフの恋人 6/17

文字数 2,388文字




 壁際の芝生が浮き上がる。二つに割れて上方に跳ね上がった大地に、長方形の開口部が出現した。穴の中から細長い二連銃身を備えた黒い砲塔が円筒形の支柱に支えられてせり上がる。数メートル離れた地点からもう一基。
 地上に現れた二基の砲塔は素早く旋回してエリスに照準を合わせ、赤い高出力のパルスレーザーを放った。
 彼女は瞬時に後方に飛び退く。芝生と共に一瞬で大地が融解し蒸発して深い穴を穿(うが)った。
 エリスの動きに合わせ、更に砲塔からの連続射撃が続く。自動追尾機能による射撃だ。
 彼女は前後左右に飛び退き駆け抜ける。緑の美しい芝生の大地に真っ黒な着弾痕が蜂の巣のように増えてゆく。

 エリスはレーザーを目で見て避けているわけではない。光の速さのレーザーを肉眼で捉えるなどという事は、いくら獣人化兵と言えども不可能だ。驚異的な動体視力で銃身の角度と動きを捉え、野生の感とでも言うべき第六感と合わせてレーザーを回避している。

 エリスは腰に装着されているケースの下方に手をやる。レバーを素早く操作して二個の小さな鉄球を手に取った。直径11ミリ重さ5.5グラムほどの鉄球だ。
 その二つの鉄球を握りしめ、走りながら親指で強く弾く。鉄球は空気を切り裂く鋭い音を発し、空気との摩擦で半ば灼熱化して二基の砲塔を貫いた。
 鉄球は砲塔内部のレーザー発振器を破壊し、大電力供給装置を誘爆させた。
 二基の砲塔は同時に爆発炎上し、一基は四散し、もう一基は支柱から空高く吹き飛び落下した。落下した砲塔は大地に銃身を深々と突き刺し、斜めに傾いて沈黙した。破壊された砲塔からは黒々とした黒煙が立ち昇り続けている。
 鉄球はエリスの中・遠距離用の武器だ。原始的なただの鉄の玉にすぎないが、獣人化兵が使用すれば驚異的な破壊力を秘めた武器となる。


 屋敷の陰から三頭の犬が現れ、芝を蹴散らしエリスに向かって疾走して来る。
 ただの犬ではない。高い戦闘力を付加された軍用サイボーグ犬、ドーベン・ハウンド三型だ。全身がダークブルーの超硬金属で覆われ、スピードとパワーに秀でている。最大の武器は鋭い牙を持つ顎だ。太い鉄柱も一撃で噛み砕く。

「あら、かわいいワンちゃん」
 どこからどう見ても狂暴そうな外観のサイボーグ犬たちがエリスの周囲を取り囲む。
「お手」
 一頭が唸り声を上げながらエリスが差し出した右手の手首までを、その強靭な顎で飲み込む。
「あれ? 芸を教わってないのかしら?」
 芸は教えられている。敵を倒すという芸を。
 残り二頭が一斉にエリスに襲い掛かる。一頭が首筋に、もう一頭が右脇腹にその鋭い牙を突き立てる。
「こんなにじゃれつくなんて、人懐っこい犬たちねー。カワイイっ」
「エリス、その犬たちはじゃれついてるんじゃなくて、君を倒そうとしているんだよ」
「え? そうなの?」
 感情コントローラーの微調整が必要だ。
 コントローラーの二つの青い小さな宝石が点滅を開始する。点滅が激しくなる。研究所からの遠隔操作でデータを更新しているのだ。

 エリスの顔つきが変わる。少し険しい表情になる。
「そう、この犬たちは敵。わたしを倒そうとしている。敵は破壊する」
 噛みついた犬ごと右腕を振り上げた。
「伏せっ」
 地面に力任せに叩きつける。
 大地は陥没し、犬はプレス機で圧縮されたように平らに潰れる。手足や内臓部品、オイルと体液が爆発的に飛び散る。
 身体を左に振る。反動で右脇腹に噛みつく犬の身体が正面に来た。
「ハウスっ」
 重い裏拳を犬の身体に叩き込む。折れた牙を空中に撒き散らしながら猛スピード飛んだ犬は、屋敷の壁に激突して貼り付き、一頭目の犬と同様に潰れてスクラップとなった。レンガ造りの壁にはクレーター状のひび割れが走り、飛び散った赤黒い液体が壁伝いにゆっくりと垂れ落ちる。


 エリスの足元に球形の物体が転がってきた。手榴弾だと認識するよりも早くそれは爆発した。彼女は首筋に喰らい付く犬諸共爆風で数メートル吹き飛ばされる。手榴弾の鋭い破片を受けて犬の表面装甲からは多数の金属音が鳴り響く。
 地面はえぐれたが土埃は立たない。えぐれた土の表面は水分を含みしっとりとしている。専属庭師により毎日欠かさず芝生への散水がなされているためだ。

 手榴弾を投げつけた傭兵は好機とみて銃を構え突進して来る。エリスが起き上がるそぶりを見せた瞬間、頭部に数発の弾丸が撃ち込まれた。走りながらの射撃にもかかわらず精度は高い。やや遅れてベルト給弾式の分隊支援火器の軽機関銃を持った、もう一人の傭兵も追従して来る。軽機関銃とは言っても破壊力の大きな大口径の軽機関銃だ。こちらも散発的な射撃を繰り返す。地に倒れた動かない標的相手だとはいえ、ほぼ全弾がエリスにヒットしている。

 一気に立ち上がるエリス。全身に浴びせ続けられる銃弾に対してまるで(ひる)むそぶりを見せない。
 なおも首筋に喰らい付いているサイボーグ犬。エリスは右手でその頭部を掴んだ。左手は硬い装甲に守られた犬の背中へ。
 犬の表面の装甲が音を立てて(きし)む。硬い装甲に彼女の指先がメキメキと音を立てめり込んでゆく。犬の声帯が苦鳴を絞り出す。手足を激しくばたつかせ、もがき、掻きむしる。
 エリスは強引に喉元から犬を引き剥がした。折れた複数の牙が陽光に(きら)めき弾け飛ぶ。
「飼い犬は狼に勝てないのよ」
 感情の(こも)らない低い声音で呟くエリス。その呟きはサイボーグ犬に対してのものか、それとも雇われた傭兵に対してのものか――。

 一気に犬の首をねじ切る。骨と強化フレームが折れる一瞬の鈍く鋭い破砕音。筋組織が断ち切られ、引き千切られる湿った断裂音。
 電気ケーブルと動力チューブが垂れ下がる犬の胴から、激しく噴き出す赤黒い血とオイル。それをそのまま全身に浴び続けるエリス。辺りに立ちこめる濃密な血臭。愉悦の表情。眼は赤く燃え、口角を歪め、どす黒い微笑を(たた)える。



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