シスターウルフの恋人 17/17

文字数 2,019文字




 エリスは崩壊した防護壁の残骸を踏みしめながら内部に侵入する。破壊された壁の細かな破片が未だに落下している。
「そんな、馬鹿な……」
 狼狽(うろた)えた表情のザルガス。彼はそれでも素早くスーツの内側に手を突っ込むと、大型の軍用拳銃を抜き出した。
 至近距離から連射するザルガス。室内に連続した発射音が木霊(こだま)する。空中に弾き出された金色の空薬莢が乱舞して床に落下し、小さな金属音を幾つも放つ。
 エリスに当たった銃弾は、彼女の岩のような強靭な筋肉に全て弾かれた。弾かれた銃弾は破片を飛ばして天井や壁にめり込み、棚に置かれた高価な調度品の数々を粉々に粉砕した。
「この化け物めっ!」
 エリスは瞬間移動かと思えるほどの速度でザルガスの目前まで一瞬で到達すると、大型拳銃ごとザルガスの右手を掴んだ。
 驚異的な速度で回復途中のエリスの右手だが、まだ半分以上の骨が露出している。皮膚と筋肉組織が(おのれ)の正常な居場所を求めて表面でのたうち蠢く。
 エリスは一気にその手に力を込めた。ザルガスの手の骨が砕ける音が響き渡る。握られていた拳銃は歪んでスライドが吹き飛び、内部の銃身とスプリング、細かなパーツ類が宙を飛ぶ。
 絶叫を上げるザルガスの顔面をエリスが巨大な手で鷲掴みにした。鋭い爪が皮膚に喰い込む。
「ま、待て。私を殺すな。いや、殺さないでくれっ。私はいずれは銀河連邦で最高の地位を手にする人間だ。殺してはいかんっ!」
 ザルガスは粉砕された右手を強く押さえながら、激痛に歪む顔で叫んだ。
 燃え盛る赤い眼光、鬼の形相で冷ややかに見つめるエリス。
「ダ・マ・レ」
「金か? 金なら私の全財産を進呈しよう。だから――」
 ザルガスの頭部が爆発したように弾け飛び、鮮血が太く激しいシャワーのように噴出する。血に煙る室内。天井と壁に脳漿が飛び散り、べったりと張り付きずり落ちる。頭髪が絡みつく血まみれの頭骨が散乱する。激しく吹き上がり、天井にまで到達していた大量の赤い血の雨がぽたぽたと降り注ぎ続けている。
 辺り一面は血の海となった。崩れ落ちたザルガスの遺体。頭部を失ったその身体が血の海の中に浮かぶ。

 動かなくなったザルガスを(しばら)く無言でじっと見つめるエリス。ふいに何かを思い出したように振り向いた。
「ア……レン」
 歩み出すエリスの身体が急激に小さくなる。歩を進めるごとに全身の体毛は徐々に薄れてゆき、最終的に小柄で華奢な、透き通るような白い肌を持つ裸身の少女へと変貌した。
 だがその歩みはふらつき、どこか頼り無げだ。目は(うつ)ろで焦点が合っていない。表情は乏しく無機質だ。
 彼女は感情抑制コントローラーを失ってしまった。精神は(いちじる)しく不安定な状態となっている。

 アレンの元に辿り着き、しゃがみ込んだ膝の上に、そっと優しく彼の頭を乗せるエリス。黒ずみ始め、固まりかけたアレンの粘つく血糊がエリスの白い裸身に赤黒くこびり付く。
 アレンの背に突き立つ槍を抜こうとするが、人間体に戻ったエリスにはそれを果たせない。
 アレンの身体を更に上方に引き上げるエリス。力を失った彼の身体は思った以上に重い。彼女は、まだ(わず)かに温もりの残るアレンの唇に自分の唇を重ねた。血の味がする。
 エリスの目からは自然にとめどなく涙が(あふ)れ、頬を伝い、アレンのもう二度と動かぬ身体にこぼれ落ち続ける。
「アレン、アレン、アレン…………」
 アレンの顔を自分の胸に(うず)め、強く固く抱きしめた。
 溢れ出る涙を流す虚ろな瞳は宙を彷徨(さまよ)い続ける。
 だが、その目はある一点で止まった。それをじっと見つめるエリス。そしてアレンの腰に手を伸ばす。

 (つか)み取ったのは小型の通信機だ。

 エリスがすっと立ち上がった。胸に抱いていたアレンの身体が床に落ち、頭部が固い床に激突して鈍い音を立てる。
 立ち上がったエリスの裸身の前面は、擦れたようにアレンの血がこびり付き、(まだら)に赤黒く染まっている。
 通信機のスイッチを入れ、部屋の出口に向かってゆっくりとした歩調で歩き出した。
「あ、所長ですか? はい、作戦は終わりました」
 通信は研究所の作戦本部に居る所長のライネルに繋がっている。
「予定通りの後始末をお願いしていいですか?」
 作戦終了後は蜘蛛型と蝙蝠型、土竜型の獣人化兵での、証拠をなるべく消し去るための工作が行われる事になっている。最終的には鋼鉄をも焼き尽くす、数万度の高熱を発する『アルティメット・ナパーム』を使用して屋敷全体を灰にする。消火はほぼ不可能だ。人体などは痕跡も残らない。


「あと、冷凍保存中のアレンのクローンのスペア、大至急解凍していただけますか? あ、はい。保存していた今朝までのアレンの記憶のインストールも。はい、よろしくお願いします」
 通信を終了したエリスは、アレンの亡骸を二度と振り返る事も無く部屋の出口を抜け出て行った。その足取りは軽やかだ。

 薄い狂気を宿した笑顔のエリスは、とても楽しそうに呟く。
「うふふっ、早くアレンに会いたいなー」



【END】



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