シスターウルフの恋人 3/17
文字数 2,507文字
一週間後、ザルガス邸での作戦決行日を迎えた。時刻は日曜の午前八時半過ぎ。ザルガスの在宅は確認済だ。
ザルガス邸の裏手から続く深い森の中、ひっそりと隠れるようにして一台の黒い大型トラックが停車している。ザルガス邸からの距離は500メートルほどだ。
滅多に人通りのない狭い未舗装の林道脇の、小さな空き地とも呼べない空間に、生い茂る雑草をなぎ倒して停車するトラックの荷台には、黒塗りの大型コンテナが積まれている。艶消しの黒塗り塗装は電波を吸収するステルス塗装だ。
コンテナの内部の壁面は、幾つものモニターや通信機器などで埋め尽くされている。そのモニターに向かい、黒の上下の制服とヘッドセットを装着した二名のオペレーターが座り、手慣れた様子で装置の操作を行う。
この地までトラックを運んだ男は運転席を離れ車外でくつろいでいる。一段高い緩やかな傾斜地の倒木の上に座り、潰れて曲がった煙草を目を細めて
運転手は三十歳前後に見える長身で細身のくたびれた感じの男だ。三日ほど放置したような短い無精髭を生やしており、全体的に外見はだらしなく見える。だが、深く被ったハンチング帽から覗く周囲を警戒する眼光は時折鋭く光る。
男が着る胸と肘に補強用の皮が縫い込まれた茶色のジャケットの開いた胸元からは、ショルダーホルスターに納められた大型拳銃の使い込まれたグリップが覗く。
彼は運転手も兼ねたトラックの護衛であり、幾度もの死線を
この極細で強靭な糸はコンテナ内部へと引き込まれ、その反対側の先端部は延々とザルガス邸まで続き、邸内の庭木に隠れるようにして張られた数か所の蜘蛛の巣へと接続される。この糸は蜘蛛型獣人化兵の放った小型グモによる通信用のケーブルであり、蜘蛛の巣は高感度の送受信アンテナだ。極細でも大容量のデータ通信を可能とする。庭木や邸内に潜む小型グモと、エリスとアレンによるカメラ映像と通信を受信するためだ。
コンテナは中継局として使用される。蜘蛛の巣に偽装された受信アンテナで受け取ったデータは、細い糸を伝わりコンテナへと届く。それを暗号化し増幅させて研究所の会議室に設置された作戦本部まで送信するのだ。。
蜘蛛の糸による有線ケーブルを設置したのには理由がある。ザルガス邸から外部への電波通信を遮断するための、ドーム状のスクリーンが間もなく展開されるためだ。
エリスとアレンは乗ってきたトラックから森の中を徒歩で移動し、ザルガス邸の裏手から100メートルほど離れた地点の低木の茂みに潜んでいる。森林迷彩柄のフード付きのポンチョを着用して森と同化しているため、一見すると肉眼では識別できない。
「エリス、そろそろ作戦開始時刻だよ」
「うん、じゃあ獣人化するわね」
エリスはサバイバルブーツを脱いで素足になる。続けて迷彩ポンチョも脱いでブーツと一緒に茂みの中へ隠した。
白い素肌が美しい。彼女が身に着けているものは、首に
ネックレスは幅広の板状の金属片が隙間なく繋がり、そこに横長の長方形の大型ペンダントトップが装着される。ペンダントの中心には赤く輝く丸い宝石。その両側にやや小ぶりな青い宝石が埋め込まれている。
このネックレスは新型の感情抑制コントローラーだ。獣人化により野生の闘争本能が増大し過ぎるのを抑制する。獣人化処置を受けた直後は皆このコントローラーを身に着けるが、やがて自分自身の精神力で感情を制御できるようになると外す者も多い。
エリスの場合は元々の精神状態が不安定なため、より強力なタイプの制御コントローラーを身に着けている。
エリスの華奢な身体が変化する。世の中の若い女子の多くが憧れるであろうスリムで手足が長い八頭身のプロポーション。そのか細い身体がめきめきと異様な音を発して膨れ上がる。肩幅が広くなり、手足の個々の筋肉の境がくっきりと識別できるほどに隆起し膨張する。胸部と腹部の筋肉も数倍分厚くなる。
幼さの残る顔も変化する。鼻と口が前方へとせり出し、口腔内に鋭い牙の列が覗き、尖った耳が頭部上方へと移動する。そして全身に余す所なく獣毛が生え揃い、ふさふさとした尻尾も生成され狼型獣人へと変貌を遂げる。
この変化はDNAに人間の遺伝子情報とは別に組み込まれた、狼の遺伝子情報の設計図によるものだ。意志の力で人間体の細胞の連結が解除され、瞬時に狼の強化細胞へと置換され連結される。外部から確認できる変化に留まらず、身体内部の骨格と内蔵、神経組織や血管の太さと血流量などの細部に至るまでが変化する。
「とても素敵だよエリス。美しさと力強さを感じる。神々しいほどだ」
「本当? この姿、怖くない?」
「怖くなんかあるもんか。どんな時でも君は素敵で美しいよ」
そう言いながらアレンはエリスの背中を撫でる。柔らかな狼の獣毛に覆われた背中に手を埋め優しく撫でる。
「エリス、頼みがある」
アレンは真剣な表情でエリスに告げる。
「なに?」
「この作戦が終わって部屋に戻ったら、思いっきり全身をもふもふさせて欲しいんだ」
「えっ! ……んもー、こんな時に何言ってんのよーっ」
「あははっ」
エリスのふさふさした尻尾が激しく左右に振られている。先程まで尻尾は下を向き両足の間に挟まれていた。彼女は作戦前のプレッシャーで緊張していたのだ。それを和らげるためのアレンのジョークだった。(半分本気かもしれないが)